食肉確保
目的の食用肉になる魔物はこの大陸中ならどこにでも生息する広範な生き物らしいので、俺たちはとりあえず、その高台を目指して歩いてみることにした。ただ草原で魔物を倒すのも面白くないし、せっかくの自然なのだから楽しもうという理由だ。
ということで街から離れて草原地帯に入ると、草の背丈が膝の高さくらいになってくる。その草を踏みしめながら風を感じつつ進んでいると、少し離れたところに久々に見たイノシシ型で全身にトゲトゲの針を持つ魔物、バボイラモを見つけた。
主要三種肉の中に入っていないので、残念ではあるが、俺たちの食肉として取っておくことができるので狩ってみることにした。俺がランタンを取り出して奇跡を行使しようとすると、ノエラが控えめに待ったをかけた。彼女が俺の行動を制止するのは珍しいな。
「あの、サムさん。ここは私に任せてもらえませんか?」
「いいよ。とうとうノエラも血に飢えたか……」
「ち、違いますよ!」
「やだな、冗談だって。精霊魔法の練習の成果を発揮したいとかか?」
「それもありますが、ここは街から近い草原ですから、サムさんの奇跡を誰かに見られる可能性があると思って」
「ノエラ様、素晴らしいお心遣いですね。私も彼女の仰る通り、街の皆さまが慣れるまでは、奇跡を目撃されることを警戒された方がよろしいかと思いますよ」
アンヘルも参戦してきて諭される。あの一件で俺も懲りた。その通りかもしれない。
「そうだな、そうしておくよ。ノエラの精霊魔法も見てみたいし、あの魔物は任せた」
「はい!」
ノエラは俺に元気よく返事すると、その直後に精霊たちに呼びかけて集中し始めた。彼女が集中し始めると、手の平から土色の光が溢れだす。そうして少ししてから、ノエラは詠唱を始めた。
『悠久の大地よ。猛り、堅き意志を示して!』
ノエラの詠唱が終わった直後、のっしのっしと草原を進んでいたバボイラモの真下の地面が大きく隆起する。精霊たちの力によって突き上げられた石柱に巻き込まれて、魔物の胴体は宙に打ち上げられる。
俺から見て数メートルは高く飛んだ魔物は、崩れた石柱と同じように地面に落下した。当たり所が悪かったのか、バボイラモはそれきり動かなくなった。どうやら無事に倒せたようだ。
「やるなあ、ノエラ。一撃で倒せたみたいだぞ」
「上手くいって良かったです」
その後俺は、ノエラの体で隠してもらいながら【闇の領域】を使ってバボイラモの肉を仕舞った。やっぱりコソコソしないといけないのがもどかしいが、皆に俺が悪い神官じゃないと認知してもらうまでの辛抱だ。
とりあえず昼食分の肉は確保したので、そこからさらに高台の方に進もうとするが、ノエラが首を傾げていた。
「どうした?」
「いえ、どうしてバボイラモがここにいたのかなと気になってしまって」
「仰る通り、確かに妙ですね。バボイラモは本来森の中に生息する生き物ですから」
「反対方向の森から出てきたってことか? 単純に逸れたんじゃないのか」
「そう、かもしれませんね。私がバボイラモの生態を詳しく知らなかっただけかもしれません」
「アンヘルも知らなかったみたいだぞ」
「うっ。魔物が逸れることくらいは知っておりましたとも。かなり希ですけどもね」
「へえ」
なんとも疑わしいが、気にすることでもないので先に進む。高台までもう少しというところで、今度は鳥型の魔物のイボンが飛び回っていることに気付いた。食用肉になる魔物をようやく見つけたな。
「サムさん、この松明に火を点けて持っていてもらえますか?」
「あ、ああ。わかった」
ノエラが先ほど雑貨店で買った松明を差し出してくる。これは明かりを確保するためではなく、精霊の力を確保するためだそうで、雑貨店で買った小さな鞄に入れていたようだ。火を灯してそれを持つと、ノエラはその松明に語りかけるように詠唱する。
『原初の炎、煌々と火の粉を散らして魂を燃やして!』
松明の炎が小さな炎弾となってイボンに向かって飛んでいく。空中を旋回する相手ではあるが、精霊の導きで炎の弾は相手を追跡して襲いかかる。逃げきれずに炎に焼かれた鳥の魔物は、羽を燃やされて地面に墜落した。
シュウシュウと煙を上げながら、イボンはばたばたと逃げようとするが、翼を焼かれてはそれも叶わない。肉を傷めないよう調整したらしくその一撃でイボンが倒れることはなかったが、そのおかげでほとんど肉を傷めずに採取することができた。
霊力を消費して少し疲労の色を見せたノエラを労いつつ、俺たちは一旦休憩する。日も大分高くなって気温も上がり、草原が熱を持ってポカポカと温まる。
この辺りは温暖な地域なので、年中似たような気候らしい。半袖でも長袖でもどちらでも良さそうな過ごしやすい気温なのはありがたいが、四季を感じ辛いのは少々寂しいところだ。




