理解の輪
「なるほど、だからそれほどの神力をお持ちなのですね。……わかりました。今までのお話から総合的に考えますと、少なくともあなたは全くの出鱈目を言っているわけではないと言えそうです」
神力の強さ自体は俺自身の問題らしいけど、それは黙っておこう。説明できないのに疑問を増やしても仕方ない。そう思って力のことを黙っていると、ブランドが急に話に割り込んで来る。
「待ってください! こいつの言っていることを信じるんですか!?」
「ブランド。荒唐無稽な話に感じるのは理解できますが、嘘と断定する要素がないのもまた事実。それに月とカロヌガン様のことについても、詳しく調査をしていくうちに真偽がわかるはずです。先入観で物事を決めつけてはいけません。わたくしの言っていることがわかりますね?」
「……はい」
「ではサム様、貴重なお話をどうもありがとうございました。ノエラさんもわざわざお時間を取らせていただいて申し訳ありませんでした」
「構わないよ。また何かあったら呼んでくれ」
「私も、大丈夫です。時間のことも気になさらないでください。私はただ何もせず話を聞いているだけでしたから……」
用が済んだようなので、俺とノエラは神殿の部屋から出ようとすると、何かを思い出したかのように表情を変えたセレーヌに呼び止められる。
「最後にお一つだけ。あなたがこの街に来た目的はなんですか?」
この街ということであれば、ノエラを近くの街に送り届けるというのが一番の理由だった。だがそんなことを言う必要があるとは思えないな。
そっちは伝えずにもう一つの方の目的を素直に伝えるとしよう。もしかしたら協力してくれるかもしれない。
「マサマンディオスの名前を“善い”意味で人々に広めるためだ。そうすることでマサマンディオスに力を取り戻してもらって、月の暴走を何とかしようと思ってる」
「そうですか。わかりました」
それからセレーヌは特に何か言うでもなく外まで俺たちを案内してくれて、そこで俺たちは彼女と別れた。
それにしても、ブランドのせいで面倒なことに巻き込まれてしまった。街の人たちにも邪神の神官であることが広まってしまったし、本当に酷い目にあったな。
俺は深い溜め息を吐きながら空を見上げると、もう日が傾いてもうすぐ沈みそうになっている。とんだ邪魔が入ったせいでノエラとのデートの時間も削れてしまった。これから雑貨店に向かっても遅すぎるだろうな。
この時間だと店は閉店しているか、すぐに閉店してしまうのは目に見えている。腹立たしいがどうにもならないので、ノエラと俺はトボトボと宿屋に向かって歩き出すしかなかった。
俺たちが宿に向かう途中、ときどき嫌な目線を感じることがあった。人々が娯楽に飢えているこの世界でスキャンダルのような面白い情報は広まるのも早い。
邪神の神官なんてのは噂の格好の的になるようで、コソコソと話している人たちが何度かこちらの方を見るのが確認できる。今【闇の感知】を使ったら酷いことになりそうだな。
俺一人がこんな被害に遭うのならともかく、ノエラもその対象となっているのが苦しいところだ。彼女は後ろ指を指されて何か言われるような筋合いはないのに、こんな仕打ちはあんまりだ。
何度かそういう人たちとすれ違い、ムカムカしてきた頃。さらに前方に俺たちを見てコソコソ話をし始めた集団を見つける。虫の居所が悪い俺は睨んでやろうかと一瞬思ったが、そんなことをしたら逆効果だろうと思い直した。
そうやって葛藤しながら歩いていると、次第に会話が聞こえてくる。
「あいつは邪神の神官らしいぞ」
「本当か? 確かに嫌なオーラを纏ってるな」
「お前にそんなのが分かるのか?」
「ただの勘だよ。あいつは悪そうな顔をしてるってだけさ」
「ははは――」
そうやって下賤な笑いが起こる中で、誰かが必死に声を荒げた。
「おい! お前らそんなことを言うな。あの方はお前らなんかよりも遥かに偉大なお方なんだ」
みんなが俺を悪く言う中で、一人だけ味方をしてくれている人がいる。おかしいな、一体誰が……。
「どうしたんだよゼブル。お前も昨日は邪神が何だのって騒ぎ立ててたじゃないか」
「あれは、俺が間違っていたんだ! あの方は病気だった俺の娘を救ってくださって……それから……と、とにかく、頼むからあの方のことを悪く言わないでくれ……!」
ゼブル? なんか聞いたことあるような、ないような……。あ、そうだ。思い出した。確かキーラの父親がそんな名前だったな――。
そんなあやふやな俺の思考はすぐ傍からきた声に遮られた。
「神官様、本当に申し訳ありませんでした。娘を純粋な善意で治療してくださったのに、邪神の神官だからとそのお心を疑ってしまい……。さらにはあんな失礼な態度までとって……その上っ……」
いつの間にかゼブルは俺の前に来ている。夕日に照らされたその頬からは、光って伝う涙が次々と止めどなく零れ落ち始めた。その滴は地面に一つ、また一つと後悔の念を零した。
感極まって静かに涙を流し、ゼブルは必死に許しを乞うてくれている。その姿を見て俺は、この人は時間はかかったけど、ちゃんと俺の心をわかってくれたんだと、そう感じた。しかもみんなが見ているこんな道端で謝ってくれて……。
「神官様のお隣のあなたにも、本当に申し訳ないことをしました。娘に花束を渡してくださったのはあなただそうですね。娘はこれ以上ないほどに、あの花束を大切にしていました。私が言っても決して手放さないくらいに」
「そう、でしたか。私が作った……あの花束を」
ノエラは穏やかな声でそう呟きながら、温かい目をして胸に手を当てている。きっとキーラのことを思い出しているのだろう。
「あなた方には許されないことをしてしまいました。人生で一番大切なものを……娘を、救ってくださったのに」
「ゼブルさん、もういいよ。こうして人前で恥を忍んで謝ってくれたんだ。それだけで十分すぎるほどの償いをしてくれたと俺は思ってる。ノエラもそう思うだろ?」
「はい。娘さんのことを思う気持ちの強さが引き金になってしまったということも、ちゃんと、わかっていますから」
「あ、ありがとうございますっ……!」
ゼブルはとうとう足を折って、俺たちに向けて祈るように手を組んだ。俺がそれを止めようとしている間も、道行く人たちはそんな俺たちのやり取りをずっと眺めているようだった。
しかし誰一人として、俺たちのことを馬鹿にしたり、忌避したりなんてすることはなくなっていた――。




