慈愛の証明
「ますはもう一度確認ですが、あなたは邪神の神官であり、昨夜キーラさんを治療したと主張された方で間違いありませんね?」
「ああ。それで間違いないよ」
「そうですか。実は昨夜、キーラさんとその両親、ゼブルさんとマーサさんはわたくしたちの神殿に再度訪ねてきて、キーラさんが邪神の神官に呪われたかもしれないと言ってきたのです」
「そ、そうだったのか……」
うわあ。知らぬ間にえらいことになってるわ。
「それでその後、キーラさんの体を奇跡で調べさせていただいたところ、病は完全に治療されており、別段呪い等もかかっておりませんでした」
「そうだろうな。俺は治療しただけだから」
「はい。それについては疑う余地もございません。ですがわからないのはその動機です。仮にも邪神の神官と仰っている方がなぜ善行を行っているのか……」
「キーラの両親にも話してあるが、どうせそのあたりのことは碌に説明してないだろうから、俺からもう一度説明するよ。まず俺が仕えているのはマサマンディオスっていう元々は光の神だった邪神だ」
「五十年ほど前、人々を大虐殺して地獄に行ったとされるマサマンディオスその神ですね?」
「そうだ。でも実際はマサマンディオスは虐殺なんかしてない。カロヌガンっていう知略の神にハメられてそうなっただけだ。虐殺もカロヌガンがしもべを使ってやらせたって話だぞ」
「そうなのですか……? 俄かには信じがたいお話ですが、まずはあなたのお話をすべてお聞きすることにしましょう」
「話がわかるようで助かる。それが証拠に最近月が明るくなっていて、その影響で魔物が強くなってるはずだ。普通の光の神なら人間を危険に晒すようなことはせずに、力を抑えるはずだと思わないか?」
「確かに以前と比べると、昨今の魔物はやや強力になっているように感じますね」
「そういうことだ。それで俺がキーラの治療をした動機だが、単純に彼女を助けてあげたかったからだ。俺は人間を滅ぼそうとか世界を支配しようとかそんなことを望んでる人間じゃないし、誰かを助けたいと思うのは普通のことだと言って分かってもらえるか?」
「ええ。とりあえず、あなたの言いたいことはわかりました」
「でも納得できないって感じか。聞きたいことがあるなら何でも答えるぞ」
「ではお言葉に甘えて。まずキーラさんを治療したと仰いましたけど、一体どうやって? 先日わたくしが診察を行った段階では、それほど簡単に治るような病ではなかったはずです。わたくしの奇跡でも治療するには及ばず、大司教様でさえ、治療に数時間はかけた上で持てる神力をすべて使い、やっと治療ができるかどうかの重病でした。それを儀式に向かない宿の一角で治療するなど、正直に言ってあまりにも現実味が……」
「そうは言っても普通に奇跡で治療しただけだぞ。力の調節には苦労したが、そこまで大変でもなかったし」
「……な、何か裏があるのでは……いえ、そんなことを言っても詮無きことですね。できればそのお力を今証明していただきたいのですが可能ですか?」
「そこまで言うならわかったよ。キーラと同じくらいか、それ以上の誰かを治療してみせればいいんだな?」
「ええ。大司教様でも治療が困難な患者が一人だけこの神殿内におります。その方を……治療していただけますか?」
「わかった」
まずはセレーヌから出た最初の疑問を解消するため、俺とノエラ、それからセレーヌとブランドは神殿内の一室にいた重病患者の部屋にやってくる。
小さな窓とベッドが置かれた簡素な部屋。そこに十代半ばくらいの金髪の青年が横たわっている。
顔は青ざめ、体も震えているが、その震えそのものがか弱くて小さく、今にも命の灯が消えかかっているように見える。一体どんな病なんだか知らないが、これは深刻そうだ。
「この方は重度の心臓病で、大司教様でも治療が難航しています。できるだけ手は尽くしているのですが……」
セレーヌはその先のことは何も言わないが、彼はもう長くないのだろう。邪神の神官と言っている俺に治療させるくらいだから、後がない患者ということに違いない。
でもこの青年を治療することができれば、少しは俺の話を信じてくれるはず。俺はそう思ってセレーヌに視線を送った。
「やるだけやってみるよ」
俺はそう宣言して腰から邪光ランタンを取り外す。そしてそこに信仰の火を点けると、俺の後ろにいるセレーヌが僅かに動揺したのがわかった。きっとこの紫の炎のせいだろう。
でも俺は構わず奇跡を行使する。俺の力を証明するためだなんて、そんな動機でこの青年の治療に当たるなんて申し訳ない気持ちしかない。だけど……絶対に治療してやるからな!




