慈愛の神官たち
人様が必死に隠していること、というかまだ大っぴらにしてほしくないことをそれなりの大音量で口走った男。誰ですかあなたは。そしてなんてことしてくれるんだ!
俺は徐々に俺と神の名を広めたかったのであって、いきなり邪神なんて言ったら刺激が強すぎるでしょうが!
ノエラも俺の腕に掴まって怖がっているし、いきなり何なんだこの男は!? 頭の中で軽くパニックになりながら、俺は何とか神官の男に返事をする。
「ここで話すのは気が引けるんだけど……別場所にしないか?」
「なぜだ? 人様に顔向けできないようなことをしてるからか?」
「はあ? なんのことを言ってるかわからないけど、そんなことはしてないぞ」
「ふん。邪神の神官のくせによく言うな」
俺たちが口論まがいなことをしていると、新たに一人の女性神官が後に続いてやって来る。腰まである長い銀色の髪に、それをまとめる銀のサークレット。そして高等な緑の司祭服を纏った凛々しい感じのお姉さんは、俺たちの口論の場に辿り着くと真っ先に男の神官を窘める。
「平民街の一角にも拘らず一体何事ですか。よほどの事情があるのでしょうね?」
「この男は邪神の神官です。詳しいお話は昨夜したでしょう? あの親子の話に出ていた張本人ですよ」
「なるほど、この方が。ですがいきなりその態度は失礼でしょう。恥を知りなさい」
「……すみません」
口では謝ってはいるものの、男には反省の色が全然見えない。口元が曲がっているのが良い証拠だ。
それよりもコイツ、あの親子と言ったか。もしかして宿屋で治療した親子のことかな。……ああ、だから邪神の神官だってバレてるのか。
「旅の神官様、この者が大変失礼致しました。しかしながら、こちらとしましても邪神の神官と名乗る方を放っておくわけには参りません。どうかお話を聞かせてはいただけないでしょうか?」
「ああ、はい。話ならいくらでもするけど、あなたたちは誰?」
「そうでしたわ! 申し遅れました、わたくし慈愛の神カウォンガワ様に仕えております司教のセレーヌ・ミアネステと申します。そしてこちらが神官のブランドです」
ブランドは軽く胸に手を当てて礼をするが、顔が俺を睨んだままだ。全く、いきなり絡んできた上にその態度かよ。神官のくせにこの不届き者がっ!
「俺は今は邪神になってるマサマンディオスに仕える神官のサム。こっちは精霊使いのノエラな」
「よろしくお願いします」
「サムさんにノエラさんですね。まずはわたくしたちの神殿にご案内しますのでこちらへどうぞ」
俺たちは銀の髪のお姉さん、もといセレーヌに連れられて、平民街から上の方にある神殿街に向かった。
邪神と言う単語を何度か聞かれたせいか、平民たちの目線は尊敬が混じったものからチクチク痛いヤツになっており、これではさながら犯罪者たちを連行する綺麗な司教様って感じの絵面になっている。辛い。
そうして苦痛の街歩きを披露すること数十分、神殿と名の付く大きな白い建物に到着した。神殿街には三つほど神殿があったが、中でもその存在が大きそうなのは目の前にあるこの神殿だ。
純白の立派な柱に支えられた大きな建物は、緑色の線で彫られたレリーフで細かく装飾されている。さらに中央の屋根の上には大きな紋章が描かれていて、それも緑の衣服を纏った神秘的な女性が描かれていた。
俺は荘厳な景色に目を奪われていたが、セレーヌとブランドに押し込まれるような形で神殿の中に案内される。中も神秘的で蝋燭の明るい炎が白い壁を照らしているが、それを眺めている暇もなく奥の部屋に通された。
ちなみに悪魔姿のアンヘルは、神聖な場所の神殿に入っても途中で弾かれたり、翼が焼かれたりすることはなかった。元天使はセーフらしいな。
少々お待ちくださいとセレーヌはブランドを置いて、俺たちをテーブルと椅子だけがある部屋に取り残し出て行く。何だか尋問室みたいで居心地が……。
さっきまで口げんかまがいなことをしていた男と同じ部屋になっているし、相当気まずい空気の中、俺は何だか面倒になってくつろぐことにした。そこにあった椅子に座ってテーブルに腕を乗っけて組む。
ノエラにも心配しないでと声をかけてから同じように椅子に座らせて、どんな調理器具が必要か話を振った。その俺たちの会話を聞きながらも、ブランドは一応空気を読んで黙っている。
そうして少し待っていると、セレーヌが戻ってきた。司教と言っていたから割と立場が上の人なんだろうし、大司教や他の神官に事情を話していたのだろう。彼女はふうっと自分を落ち着かせるように息を吐いてから俺に話を聞いた。




