騒動の影
そんな嬉しいノエラからの提案もありつつ、俺たちは宿に戻って食事の手配をお願いした。宿のおじさんはもうすっかり俺たちには変に取り繕うことをしなくなったが、本音を話してくれるのはむしろ嬉しかった。迷惑な客が戻ってきやがったなんて茶化されたりしたな。
それから食事を取ってまたまた買い物パートだ。調理器具も買いたいが、より優先度の高い衣服の購入を先に済ませる。俺もノエラも華美な服が欲しいわけじゃなくてあまり目立たなくて動きやすい服を求めているので、貴族や有力者が集まりやすい繁華街から外れて、庶民が多く住む住民街の方に行った。
繁華街は街の左手前だったが、住民街は右手前にあるから比較的近かった。住民街の方に来ると、流石に人通りが多くなって、いろんな人とすれ違う。労働者風の逞しい男性や、子供をあやしながら進んでいる母親らしき女性とその夫。十代前半くらいの若い世代もちらほら散見され、みんな走り回って街中で遊んでいるようだ。
外は魔物が出るから、流石に門から外には出ないようだが、噴水の方向に行ったのが目に入る。あれはオブジェとしての役割だけじゃなくて、子供の娯楽としても一役買っているようだ。バシャバシャ水をかけあって楽しそうにしている。まあみっともないって言われて止めさせられてはいるけどな!
そんな中で司祭衣を纏っていると露骨に道を空けられたり、僅かに頭を下げられたりと偉くなったような気分を味わえる。悪い気はしないけど、俺はそんな柄じゃないので、早く一般ピープルに戻りたいところだ。
人ごみにさらわれたら大変なのでさりげなくノエラに腕を差し出すと、彼女はそれを取って傍に来てくれる。ああ、素直で可愛いな。それでいて清楚系美人なのが彼女の魅力だ。
そんな隣にいる美人を自慢して回りたくなるのを抑えつつ、俺は平民がよく利用する服屋の前にやってくる。繁華街の店々には劣るが、大都市なだけあって市民向けの店も決してボロではない。住宅の中に埋め込まれたような感じで建てられたその店に俺とノエラは入っていった。
店主は優しげに微笑む白髪のおばあさん。でもこの世界では珍しく腰は曲がっていないし、動きもシャンとしている。どこぞの森のババアとは大違いだな。
「いらっしゃいませ。まあ、大変だわ! 神官様でいらっしゃいますか? このような店にいらっしゃるなんて光栄ですが、ご希望に添えるかどうか……」
「いやいや、俺は貴族とかそういうのじゃないから安心してくれ。俺とこの美人さんにシンプルな服を見繕ってもらいたいんだが頼めるか?」
「ええ、もちろんお任せください。まずは採寸からでよろしいでしょうか?」
「ああ、よろしく頼むよ」
「サムさん……美人だなんて、からかわないで……」
「本心だぞ。自覚がないかもしれないが」
照れるノエラをよそに、おばあさんに揃って採寸をしてもらい、俺とノエラ二人分の衣服をそれぞれ見繕ってもらう。俺は正直衣服には興味がないが、ノエラにも見てもらって似合っていると言ってもらったものを買った。上下合わせて三セット買ったからこれで困らないだろう。ちなみに靴は奇跡で何とかなるので購入しなかった。
ノエラについては俺が厳しく審査して、平民の服ながらも確実に似合うものをチョイスした。まずは淡いブルーの生地に袖元がレースのようにシュッとなった服。これはノエラの痩せた体型をむしろ引き立たせてくれる良い服だ。袖以外は普通の服だが、その簡素な美が良い感じだ。
もう一着は赤いリボンが襟元にあしらってある白い服。まるでお伽噺の主人公のような衣装だが、外国人風の顔立ちの彼女は完璧に着こなしている。
最後は紫に染められているしっかりとした生地の服。これはノエラの上品さを映えさせる色味だ。うむ、素晴らしい。それに合わせて、ベージュのフレアスカートのようなものを一着、それから動きやすそうな仕立てのパンツを二枚買った。
どちらもベージュと薄緑の合わせやすい色。きっとい感じにノエラの美しさを際立たせてくれるだろう。靴は意外にも履き心地が良いとノエラが言っていた木靴を購入した。
デザインも服に合わせたものを買ったので、バランスは取れているだろう。そんな風にして服を買いあさっていたら、おばあさんは本当に嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。
これらの服はおばあさんが縫ったものもいくつか含まれているそうで、センスが良いと俺が何気なしに口にした言葉にも喜んでくれたようだ。ところで俺たちの接客中にもお客さんは来ていたが、こちらの方が長くかかってしまい、結局二組も他の客を見送ることになった。
その代わりにいい買い物ができたな。合計支払金額はギトナ金貨四枚とサイラリム金貨七枚、それからパタス銀貨四枚と最後にギトナ銀貨五枚の計四万七千四百五十円だ。次の予定もあるのでそれをささっと支払って颯爽と店を出る。
そうして平民街の雑貨屋に向けて歩いていると、前方にいる人たちが俺に対してと同じく誰かに道を空けている。さり気なく皆が道の端に避けると、その中央の人物が俺からよく見えた。
その男は神官のようだが、緑を基調とした司祭衣を着ている。腰には銀で作られた聖杯を提げていて、それで奇跡を行使するようだ。
俺は何となくぼうっとその人を見ていたのだが、何故か俺の方に一直線に向かってきているように感じる。そのまま様子を見ていると、その男は確実に俺の方を睨んだ。
あれれ? 今俺のこと絶対睨んだよね? 初対面の人間に睨まれるようなこと、何かしたかな……。
俺に用がありそうなので立ち止まって彼のことを待つと、とうとうその男は俺の前に立ってこう告げた。
「お前、サムとかいう邪神の神官で間違いないな?」




