道具屋
武器屋でのやり取りにはそこまでの時間はかからなかったため、雑貨屋との約束の時間まではまだ余裕がある。かといってそんなに長いことはないし、中途半端な時間になってしまった。
うーん。こういうときは道具屋だな。もし色々と買うにしても用途が決まっているから悩むこともないだろう。
ノエラに相談すると快諾してくれたので、街の奥まったところにある道具屋に向かった。
この辺り一帯では珍しくすべて木造の建物で、逆に浮いているが譲れないこだわりのようなものを感じる。質素だから木造なのではなく、木の質感を重視して建ててあるのだろう。
光沢を放った木の扉を開けて中に入ると、優しい草の香り、それからちょっと刺激のあるようなピリッとした匂いもした。その原因はどうやら香辛料のようで、専門店には劣るものの、スパイスや調味料なんかも売っているようだ。
一通り回ってみようかと思ったのだが、その前にノエラが飛びついた品があった。それは香料関係の棚だ。花の控えめな香りから柑橘のようなフルーティーな香りまで色んな匂いの香料が置かれている。
女性の店員もノエラの様子が微笑ましかったのか、商品の陳列をしながらも彼女のことを温かい目で見守っている。
「ノエラ、気に入ったものがあったか?」
「あ、はい。この青い香料、しつこくなくていい匂いなんです」
「ほほう」
確かにほんのりと爽やかな香りがする。ノエラの好みはこういうのなのか。控えめなのに美人系な彼女には文句なく似合いそうだ。まあ可愛いときも多いけどな。
そんな感じで俺たちがその香りを確かめていると、珍しく傍を飛んでいたアンヘルが口を開いた。
「これはマパトゥラ草という植物から作られた香料のようですね。ノエラ様にはぴったりな香料かと思いますよ」
「アンヘルが街中で話しかけてくるなんて珍しいな。どうしたんだ?」
「ノエラ様の気に入ったものですから、是非ともお伝えしたくなりまして」
「アンヘルさん、ありがとうございます。物知りなんですね」
「私も元天使ですからね。この世界のことについてはある程度詳しいですよ」
「頼もしいな。たまにはこうやって話しかけてくれるのもいいもんだな」
「そうですか? いつ誰に会話を見られるかわからないので普段は控えているのですが」
「ああ、そうだな。でもノエラと居れば話を全部聞かれない限りどうにでもなりそうだ」
「そうでございますね。私も話せるときは話したいと思います」
久々だったアンヘルの会話への参戦に盛り上がっている最中、店員が商品の陳列を終わらせたみたいだ。丁度良かったので、俺はそのまま店員に話しかけた。
「店員さん、この香料はいくらだ?」
「サムさん!?」
「せっかくだから買っていこう」
「そんな、悪いですよ。サムさんには沢山借金があるんですから返せなくなってしまいます」
「借金? 何のこと? あ、店員さん、これいくらだっけ?」
「こちらの香料は一瓶サイラリム金貨二枚です」
「そうか。じゃあこれでよろしく」
俺はサイラリム金貨二枚を店員に渡す。この小瓶の香料に二千円はやや高めだけど、この世界にしてみれば普通だろう。それに沢山収入があったからこれくらいはなんでもないな。
「ご購入ありがとうございます。他の商品もご覧になりますか?」
「いや、今日はここまでにしておくよ。約束していることがあるから行かないといけないからさ。また来たらよろしくな」
「ええ。またのお越しをお待ちしております」
微笑んだ店員から小瓶を受け取り、そのまま俺たちは店を出た。しかし欲しいものが手に入ったのに、ノエラは不満げな顔でこちらを見ている。
「サムさん、私にいくら借金させるつもりなんですか……?」
「んあ? 借金なんてそんなことさせるつもりはないけど、どういうこと?」
「この街の通行証と税金、それから宿代のことですよ!」
「あー。別にノエラは払わなくてもいいよ。ご覧の通り、おかげさまで金には余裕があるからさ」
「そういう問題では……とにかくもう私の分まで散財するのはやめてください……」
「あはは。気にしなくてもいいのに。ノエラはそういうところ律義だからな。じゃあ服を揃えたらやめにするよ」
「服、ですか? 確かに必要ですが……」
「だろ? まあそんなに気になるなら後でゆっくり返してくれればいいよ。四力統治塔で依頼を受けたら報酬は折半するつもりだし、それでなんとかなるだろ?」
「……わかりました。今は甘えさせてもらいますが、後で絶対に返させてもらいます」
「わかったよ。それまでずっと一緒にいてくれな?」
「は、はい!」
これは何が何でも衣服に高い金額かけてやらないとな!
……なーんて冗談だ。踏み倒されても別にいいんだ。彼女はそんなことしないと思うけど、今まで辛い目にあってきた分、何不自由ない思いをさせてあげたい。
幸いそのくらいの財力は確保できてるから、ここで出し渋ったら男が廃るってものだよな。