救いの手
こうしていきなり治療するだのなんだの言っているが、もちろん勝算がないわけじゃない。紋章に聞いたらちゃんと病気の治療もできる奇跡があるのは確認済みだし、俺の神力もそんなに弱い訳じゃない。
怪我の治療だけならやったことはあるが、それもそこまで神力を消費しなかった。全力で当たればきっと治せると思うんだよな。
というわけで俺は少女を連れて二階へ上がり、自室に戻った。彼女を気遣いながらそっとベッドに座らせて、俺もそれに向かい合うように屈む。
これで少女の方が少し目線が高いくらいだから、威圧感とかはないだろう。俺の隣にはノエラも控えてくれているし、少女を安心させることもなんとかできそうだ。
……悪魔の見た目のアンヘルは近くにいるけどね。例の如く見えてはいないだろうけど。
「早速だけど始めるよ。キーラは楽にしていてくれればいいからね」
「う、ん」
俺は腰から邪光ランタンを取り外して信仰の火を灯した。光の神の炎とは違って俺のは紫色の禍々しい炎。だけど、そんなのは問題じゃない。
いつもとは違って相手は人間。しっかりと集中して奇跡を行使しないとな。
【邪者の知見】
淡い紫の炎が彼女の体を煌々と照らしていく。それによって俺に病の詳しい情報が伝わってくる。
ふむふむ。彼女は肺の病気持ちだな。手応えでわかったが、これはなかなか重症のようだ。でも……これなら俺にも治せる! 半分くらいは神力を持っていかれそうだが確実にイケるな。
「ありがとう。君を治せそうだ。お父さんとお母さんに話をしてくるね。ノエラ、この子を頼んでもいいか?」
「治せるんですか!? ……あ、いえ。キーラちゃんのことは任せてください」
「んじゃ行ってくるね」
妙に驚いていたノエラを置いて、俺は部屋を後にし一階に戻る。割と大口を叩いていた感があったけど治せそうでよかった。
早く安心させてあげたくて早足になるが、一応紋章に治療の相場を聞いてみる。……いや高っ。これ一般人には払える金額じゃないんじゃないか?
「待たせたな。問題なく治療できそうだぞ」
「なんと! それは本当に嬉しい! いやしかし、金額はおいくらになるでしょうか……」
父親は治療ができると聞いて全身から喜びを溢れさせているが、同時に金額の心配がふつふつと滲み出てもいる。母親の方は本当に治療できるとは思っていなかったみたいで、目に涙を溜めていた。
話ではキーラを治すためだけに街を転々としてきたらしいし、無理もないよな。きっと何人かの治癒師を当たって断られたに違いない。
「まずはどのくらいの金額なら出せそうか聞いてもいいか?」
「……はい。精一杯お支払するつもりですが、パタス金貨三枚ほどしか……も、申し訳ございません! 非常識な金額ですのでやはり諦めるしか――」
「それならパタス金貨二枚でいいよ」
そう言った途端、父親は最初に声をかけたときよりも目を見開いて口もポカーンと開けてしまった。母親もいつの間にか溜めていた涙をどこかにやっている。
治療の相場は最少の軽い病気でパタス金貨五枚、つまり五十万円くらいで、重い病気だとその十五倍のパタス金貨七十五枚くらいは必要になる。今回のケースだとなかなか重たい病気だったから恐らくパタス金貨五十枚くらい、つまり五百万円が相場だろう。
だがしかし俺は別に金には困っていない。最初に売った魔物の素材分だけでもまだまだあるし、森で狩った魔物の素材もまだたくさんある。
だからこの額を提案しただけなのだが、さすがに安すぎかな。パタス金貨五十枚のところを今回は金貨二枚。つまり相場の九十六パーセントオフなわけで、相手からしてみれば意味が分からないかもしれない。
出血大サービスどころか血だまりで死にかけているレベルだ。後悔はしていないが、怪しまれたら困るから反応を見ようと思うのだが……。
「そ、それは……何か他に条件があるのですか? いや、ないはずがない。娘のために何でも致しますが命だけはっ……」
あー……これはマズったな。とうとう父親までも泣きだしてしまったよ。そういうつもりじゃ全くなかったんだけど。あっ、それはダメッ! 土下座は止めて!
宿屋のおじさんが怪訝な目でこっちを見てるから! 給仕の人たちも何だこいつらって感じで視線が痛いから!
そうやって取り乱した父親だけで精一杯なのに、母親までも参戦してきてもう滅茶苦茶だ。
「私も夫と子供のために何でもしますが、娘にはまだ私たちが必要です。どうか御慈悲を――」
「二人とも頼むから土下座なんてしないでくれ。そして何か誤解してないか? 俺は別に何かしてほしくて高くない金額を提示したわけじゃないぞ。ただ金には困ってないから無理なく払ってもらえる金額だけもらおうかと思ってるだけであって……」
土下座をやめさせてそう説明すると、父親は心底安堵した声色で叫んだ。
「ああっ。なんと聖人に近しいお方でしょうか! 感謝致します神官様」
二人ともどもまたしても土下座の姿勢を取ろうとするので慌てて止める。さすがのアンヘルも父親が聖人と言ったあたりで吹き出しそうになっているし、実際俺もそうだ。
聖人ってあなた……。俺の肩書とはあまりにも遠すぎて、もはや嫌みにも聞こえちゃう感じだからな?
「本当に気にしないでくれて大丈夫だから。まずは娘さんの治療をさせてもらうよ」
「はい! 引き続きどうかよろしくお願い致します!」
俺は両親を振り切って二階に上がる。途中で宿のおじさんが何やら目線を向けて来るが、苦笑いで無様に躱してやった。




