大都市の宿
やっとたどり着いた大都市ダロイの街は、綺麗で清潔な街という印象だった。磨かれたようになめらかな石造りの地面に、街に巡らされた水路。
その水路は住宅や店などがある地面の一段下に流れており、入ってすぐの場所には大きな噴水もある。噴水の中心には何かの像が堂々と置かれ、それの土台部分から外側に向けて飛沫を上げている。
不思議な作りの噴水からさらに前方に進めば小さな橋が架かった通路があり、そこで上を見上げると大きな城のようなものと、高くそびえる塔が遠くに見えた。あれが王城か何かなのかもしれない。
初めてのこの世界の綺麗な街並みに見とれてしまいそうになるが、まずは宿の確保をしなければ。何をとってもまずは寝泊まりできる場所を探すのが最優先だ。
そうは言っても入り口付近にも幾つか宿はありそうな感じだし、大都市だけあって広いから恐らく街の設備は充実しているだろうけどな。とりあえず手始めに、ノエラと一緒に一番近い宿屋に入ってみる。
旅人の客が入りやすい立地に立っているためかかなり上等な宿のようで、客の入りもよく奥の食事処は賑わっている。空きがないか受付に行って確かめようと思ったのだが、俺が話しかける前に宿は満員だと女将さんに告げられた。
これだけ繁盛しているなら当然なような気もするが残念だ。食事だけなら何とかなると言われたが、宿の確保が優先なのでそこは断り、二件目を探す。
ちなみに女将さんに彼女さんかと聞かれてノエラは慌てて俺の手を放してしまった。そうですと答えてみたかったが仕方あるまい。
街の景色はどこも綺麗なのでついついこのまま彷徨うように観光でもしたいと思ってしまうのだが、それは明日にでも回さないといけない。
一軒目の宿から左側の通路を進み、繁華街となっている区画に出た。武器屋、防具屋、道具屋と魔物のいる世界では当然存在しているだろう店に、宿もある。しかしそんなに人が集まっているかと問われると微妙な感じで、むしろ物静かだ。
四力でなければ魔物を完全には倒せないこともあって、一般人にはあまり馴染みのない区画なのかもしれない。そこの宿に入って確認すると、さっきの宿ほどではないにしろ内装は綺麗だし、食事処もきちんとした場所がある。
俺は再び受付に行き、宿の空きを確認する。するとそこの宿の男性店主はかなり歓迎してくれて、本当に嬉しそうにしてくれた。四十代くらいで渋い感じのおじさんだ。
「本当にありがとうございます。この辺りは旅人の方以外は来ませんので、食事だけの方の客足も少なくて」
「静かめの方がいいのでむしろ助かるよ。なあノエラ」
「はい」
「お連れの方も可愛らしくて羨ましいですね。お部屋はどうされますか?」
「二人分でとりあえず一週間くらいでお願いできるか?」
「かしこまりました。こちらにサインをお願いします。朝食と夕食込みで代金はお一人様一日あたりサイラリム金貨九枚です」
「これでよしっと。じゃあ二人分七泊でパタス金貨一枚、ギトナ金貨二枚、サイラリム金貨六枚だな」
俺は腰巾着からそれぞれの金貨を取り出して渡した。三種類の金貨を区別するのにも慣れたもんだ。
「どうもありがとうございます。ではこちらから本日の朝食分の代金をお返しします。それでこちらがお部屋の鍵になります。場所はあちらの階段を上がって右側の通路を進んでいただきますとおわかりになるかと思います」
「どうもな」
「あ、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ。夕食の時間にお待ちしております」
手続きを終えた俺はノエラに鍵を渡し、それぞれ部屋の確認をした。中は簡素ではあるが不自由は全くなさそうで、浴室トイレもきちんと完備され、清潔に保たれている。
ここも魔術による温水の確保が為されていて、シャンプー、リンス、歯磨き粉まで全部用意してある。値段は一日九千円程度だから、この部屋の規模なら結構良心的だな。
一通り部屋の確認が終わったら、ノエラの部屋の戸を叩く。ちょっと順番が違うかもしれないが、話しておかなきゃならないことがあるからな。そうするとノエラはすぐに出てきた。
何だかうれしそうな顔をしつつもそれを隠そうとしているようだ。ははん。さては一時的にでも自分の部屋を確保できてはしゃいでいるな。