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邪神に仕える大司教、善行を繰り返す  作者: 逸れの二時
悲しみとの決別
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逃げ着いた先 ☆ノエラ視点

 私は……長い間囚われていた気がする。毎日毎日辛い家事や雑用をさせられて、何か上手くいかないことがあると家族たちから一斉に怒鳴られる。


 いつも私の話し相手になってくれていたのは精霊たちで……でも精霊たちと話しているのを見つかったら、余計に待遇は悪くなった。いつだって罵声を浴びせられ、寝る間も惜しんで働かされる。


 日を追うごとに私は、どんどんすり減っていく。絶望に沈む日々。そんなときだった。


 不思議な人懐こい顔立ちをした男の人が、家を抜け出した私の手を取った。


「逃げよう!」


 これは……夢? 囚われていた檻を抜け出せば、周りにいた精霊たちが楽しそうにはしゃぐ。辛いところから逃げ出してもう二度と戻らなくていいんだろうか。私は無邪気な精霊たちのように、どこまでも自由になれるのだろうか。


 気恥ずかしくて男の人に声をかけたら、彼は私の手をそっと放す。あっ。待って。置いて……いかないで! 


 私はそこで目を覚ました。ここは……暖かい場所? ふと横を見れば、頭から枝を生やした木々の精霊たちがベッドの横のサイドテーブルでくつろいでいる。見覚えのないところ。ここは一体?


「目が覚めたか。全く、人様の家の前でいきなり倒れおって。近頃の若いもんはだらしがないのう」


 向こうの部屋で何か作業をしていた老婆がこちらにやってくる。私に向けた小言を言いながらも、彼女の顔は笑っていた。そうだった。私はこの人を訪ねてそれから……気を失ってしまったんだ。


「これを飲むと良い。気分が落ち着くじゃろう」


 差し出されたのは茶色の液体。香りは独特だけど、嫌な匂いじゃない。私はそれを受け取って全部飲み干した。少し苦いけど、風味はやわらかいからまだ飲みやすい。


「どれ、腹が空いておるだろう。あやつが持ってきたバボイラモの肉がある。そこで待っておれ」


 そう言って老婆はまた奥の部屋に行ってしまった。それを見て、私は実感する。


 ああ。私は……本当にあそこから逃げ出してきてしまったんだ。大丈夫だろうか。誰かが追ってくるんじゃ……。


 それに……そう、あの人。あの人はどこに行ったんだろう。私を置いてどこかへ行ってしまったんだろうか。


 そんな風に戸惑っていると、何やら白いモコモコの精霊が私の服を引っ張っているのに気付いた。見た目は四足歩行で長いたてがみがあって、それから足の速いあの動物みたいだけど、その体の部分は完全に白い綿だ。この子は一体何の精霊なんだろう。


 何となく触れてみたくて私が手を差し出すと、その精霊は私の手の平に躊躇なく乗っかって、その場でコテンと倒れた。手に微かな柔らかさを感じる。これは綿の精霊……かな? 


 寂しそうに私の顔を見上げるこの子は、どうやら遊んでほしいみたいで、起き上がっては倒れてを繰り返して私の反応を見ている。気の引き方が可愛くて、つい微笑んだ私に、老婆が暖かいスープを持ってやってきた。


 顔を上げたら、いつの間にかすごくおいしそうな良い匂いが辺りを包み込んでいた。


「ほれ。自分で食べられるか?」


「あ……はい」


 私は持ってきてもらったお盆を受け取って、パマロを手に取った。そうしたら一気にお腹が空いてきて、老婆が見ているのも気にしないままスープを飲んだ。


 お肉も野菜も細かく刻んであって、弱った体でも食べられるようにしっかり煮込んである。……温かい。こんな風に温かいものを食べたのはいつぶりだろう、すごく――美味しい。


「これこれ、泣くことはないじゃろう。そんなに口に合わんかったか?」


「ちが……います。美味しい……美味しいです」


「そうかいそうかい。落ち着いてゆっくりお食べ。体を労わってな」


 そんな言葉をかけられて、私はもっと激しく泣いてしまった。それでも食事をする手は止まらなくて、もうぐちゃぐちゃだった。


 私がお盆を手にしたことで落っこちていたモコモコの精霊は、今度は私の膝で盛り上がった布団の上で、さっきと同じようにパタリと倒れていた。


 それからゆっくりとスープを飲んで、私はお盆を老婆に返した。そうしたら彼女はそれを向こうの部屋の棚に片付けて、代わりに椅子を持ってくる。


 私の前にその椅子を置いた彼女は、ポスンとそこに腰かけた。私と話したいのだろう。


「具合はどうじゃ? 良くなったか?」


「はい。……あの……ご迷惑をおかけしました」


「それで、何があった?」


 私は無意識に布団の端っこを握ってしまった。話さなきゃ。この人にも迷惑をかけてしまったから。


「話したくないことも当然あるじゃろう。むしろ全部がそうかもしれんな。じゃが、ここに来た目的だけはどうしても聞いておきたいのう。ワシが助けになると、そう思ったんじゃろう?」


「はい。私は……いなくてはいけない場所から逃げてきました。戻るつもりだったけど……でも、辛くて……。あの人に、助けてもらって。最初はあなた会えばどうにかなるんじゃないかって……そう思っていました」


「ふむ」


「でも、途中からは……精霊使いとして……自由になりたい……そう思って」


「ああ」


「あなたに、精霊魔法について教えてもらいたくて来ました。わがままなお願いだということはわかっています……でもどうか……私に精霊魔法をきちんと教えてもらえませんか?」


「なるほど。そういうことじゃったか」


 老婆はそう言いながら、口元にシワを作って言葉を探しているように見えた。断られるかもしれない。そうしたら――。


「良いぞ。ワシが直々に精霊魔法を教えてやろう。その代わりと言ってはなんじゃが……ワシの話し相手になっておくれ。お前さんが一人で成長できるようになるまでで良い。人里はうるさ過ぎるが、森は森で静かすぎるからのう」


 私は――全身で安堵した。


「そんなことで、いいんですか?」


「ああ。お前さんには大したことではないかもしれんが、ワシにとってはそうではないということじゃよ」


「そう……ですか」


「ワシはシビルじゃ。お前さんの名前は?」


「ノエラです」


「そうか。ノエラよ、よろしくのう」


「……こちらこそ。シビルさん」


 こうして私は精霊使いとして一歩を踏み出した。


「ところで、あの人はどこに?」


「ああ、あの神官様か。今頃ワシの頼んだ仕事を片付けているじゃろう。なあに、すぐに戻って来るじゃろ」


 シビルさんはそう言いつつ、いたずらに笑った。


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