森の魔女
それからまたしばらくして、ようやく目的地についたらしい。彼女が立ち止まった先には大きなツリーハウスのようなものがある。
ここら一帯は大きな広場のように広がっていて、小動物たちが寝転んだり飛び跳ねたり、とにかくいろいろと自由に過ごしていた。小動物と一口に言ってもいろんな種類の動物がいるようだ。元の世界の生き物とは見た目が微妙に違うけどな。
「ここが目的地か?」
「……はい。確かここに」
彼女がその先を言う前に、ツリーハウスの高い場所にある扉から一人の老婆がのっそりと出てきた。
扉の内側から漏れ出している光に当てられた老婆は、長い木の杖をついて、草を編んだ髪飾りのようなものをバサリとした前髪に巻きつけている。パッと見で魔女だと思われそうな見た目だ。
「クワゴたちがずいぶん騒がしいと思ったら、なんじゃ外の人間か。しかもワシの精霊魔法を抜けて来るとはなかなかやりおるのう」
老婆は心底愉快そうに、蛇行したツリーハウスの階段を下りてくる。俺とノエラは何となく緊張しながら、彼女が下りて来るのを待った。
老婆がフサフサの草の地面に足をつき、そしてノエラの前にそっと立つ。ゆっくりとやってきたその魔女は、やがて意味ありげにニッコリと微笑んだ。
「お前は精霊使いじゃな。ワシに用があって来たか」
「はい。精霊たちから聞きました。森の奥深くに住む魔女は、とても優しいお方できっと助けてくださると……」
「ほう。精霊たちがそんなことをな。イッヒッヒ。あながち間違っとらんかもしれんが、助けるとは具体的にどうしてほしいんじゃ」
「わ、私を――」
ノエラはすべてを言い切る前に、ふらりと体を揺らして力なく地面に倒れてしまった。村でこけたときとは違って、今度は意識がないようだ。
「ノエラ、どうした!?」
俺は焦って彼女に駆け寄るが、老婆がそれを制止する。そしてノエラの額に手をかざして、撫でるように動かした。
その動作の最中に、手の平から薄緑の光が溢れる。何かの魔法を使っているようだ。
「単なる力の使い過ぎみたいじゃな。ベッドに運んで休ませるとしよう。ほれ、手伝っとくれ」
「わかった」
俺はノエラの体を抱きかかえて、ツリーハウスの階段を駆け上がる。抱きかかえて改めてわかったが、ノエラは本当に細い体だ。
無駄に湾曲した長い階段でも全然負担を感じないくらい軽い。きっとまともに食事を取れていなかったに違いない。可哀そうに。
俺は入って奥の部屋に置いてあったベッドを見つけて彼女をそっと下ろし、それから心配のあまり思わず顔を覗き込んでしまった。
長い睫。女性らしい綺麗な顔つき。それらが酷く苦しそうに歪んでいて、途端に切なくなった。
「大丈夫じゃ。この森にいればすぐによくなる」
「そ、そうか」
「じゃ、話の続きはお前から聞かせてもらおうかのう」
老婆は冗談めかしつつ、どこかいぶかし気な目線を向けてきた。でも残念ながら、そんな顔をされても俺にはやましいことなど何もないんだよなあ。
「あー……とりあえずいきなり押しかけて申し訳なかった。事情を説明したいところだが、話が長くなりそうだからまずはそこの椅子に座ってもいいか? 疲れたんだ」
「ふむ。良いだろう」
温かみのあるツリーハウス中で、俺はノエラに会ってからの経緯を説明した。彼女自身が何者なのかとか、追手が誰なのかとか、はたまたその関係性すらもわからないのでかなり不完全な内容になってしまったが、老婆は口を挟まずに聞いてくれた。
ちなみに老婆の名前はシビル。この森に棲んでいる魔女で、精霊魔法を使って人が森の奥深くに入り込まないようにしているらしい。




