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邪神に仕える大司教、善行を繰り返す  作者: 逸れの二時
悲しみとの決別
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夜の森中

 森の中は暗いけど、妙に明るい月明かりのおかげで何とか進めている。草木が本当に邪魔だけど、危険だからなのか魔力家の人たちらしき人物はもう追って来ないみたいだ。


 きっと今頃魔術障壁を張り直しているに違いない。いやあ、焦った焦った。


「……あの……」


 走っていた状態からペースを落とすと、彼女が何か訴えかけてきた。……様子を見るにこれは手を離して だな。ちょっと名残惜しい気もするが、俺は大人しく手を離してあげる。


「もう安全だな。いや、魔物は来るかもだけど。それより大丈夫?」


「……はい」


「勢いでこんなところに来ちゃったけど、どうしような。もう戻れそうもないし野宿しかなさそうだけどさ」


「……あの、なんで私と……」


「え、ああ。なんで一緒に逃げたかって? それは……そうだな。何となくそうしたかったからかな。ところで君、名前は?」


「……ノエラ、です」


「ノエラね。いい名前だ」


 こういうときは何よりもどんよりと暗くならないことが大事だな。きっとこの子は傷付いてるだろうから慎重に緊張をほぐしてあげないと。


「とりあえず眠れる場所を探さないといけないよな。テントとかはないから、魔物に襲われないように木の上に登るかなー」


「……ご、ごめんなさい」


「いいって。むしろ迷惑じゃなかったか? 事情も分からないままあの人たちから逃げちゃったけどさ」


「それは……大丈夫です」


「そっか。なら何も問題ないな。それじゃ寝床探しをするとしようか」


 俺はそう言いながら最初に目覚めた洞窟に向かうことにした。あそこなら森の真っただ中よりも多少はマシだろうからな。


 でもそんな目論見は儚く散ってしまい、ノエラが急に俺の司祭衣の袖を引っ張った。何か言いたいことがあるらしい。


「私に……ついて来てもらえませんか?」


「え、どこか当てがあるってこと? いいよ、それならそこに行ってみようか」


「……どこに行くかとか……聞かないんですか?」


「聞かない。世の中には知らなくていいことなんていっぱいあるからな」


 きっとこの子に騙そうという意志はないだろう。【闇の感知(ダークセンス)】を使わずともそれくらいはわかる。


 アンヘルは何か言いたげにしているが、どうやら我慢してくれているようだ。確かに不用心かもしれないが、ここはこの子を信じるべきだと俺の勘が告げているんだ。男は度胸。なんちゃってな。


「……こっちです」


 彼女は森の先を見据えながら導かれるようにどんどん進んでいく。こんな森の中で一体何を目印にして進んでいるのか分からないが、彼女に迷っているような気配はない。


 段々と森の奥深くに入っていっているのか、植物の密集度が上がってきて、木の枝がそこかしこに伸びていて進みにくい。


 俺は一応長袖で身を守れるような服装をしているが、彼女は麻のような粗末な服で、靴も同じような素材のまともな靴ではなかったはずだ。


 それを思い出して必死に追いかけながら彼女の様子を注意深く観察すると、信じられないことが起きていることにようやく気付いた。


 なんと彼女の付近の枝たちが……まるで意思があるかのように彼女を避けて引っ込んでいるのだ。ノエラの体を傷つけないように守っているようにも見える。


 森の地形に苦戦する俺とは違って、簡単そうに進んでいたのにはこういうわけがあったのか。これも彼女の魔術か何かなのだろうか。興味深いな。


 それからどれくらい経っただろうか。黙々と進み続けていたのに、突然ノエラが立ち止まった。俺にはそこには何もないように見えるのだが、彼女には全く違うようだ。周りを真剣な眼差しで見渡している。


「どうかした? 着いたの?」


「いえ。……少し……待ってください」


 彼女は目を閉じて微かに顔を上げた。月明かりがノエラの顔をぼんやりと照らす。


 切れ長の眉。そこに少しかかるサラサラの髪が、ざわめき始めた風にさわさわと揺られた。


 俺には何が起きているかわからないまま、やがて彼女は小さく一言だけ呟く。


「お願い。私を入れて」


 すると目の前の景色が水面の揺れのように歪んで、違うものに変わっていく。変化した景色は森であることには変わりないが、明らかに雰囲気が違っている。


 今までは雑木林という感じだったのが、神秘的な森林という感じにすべて様変わりしている。周囲にはキラキラと光る欠片が舞って、森のあちこちで淡い光を放っている。


 緑の色もより鮮やかになって、月の光を浴びることを喜んでいるかの如く、木々たちが優しい葉の音を奏でていた。


 そしていつの間にか、フクロウのような声もそこかしこで木霊している。不思議だ。一瞬で全部の景色が変わってしまうなんてな。


 しかも、森は森でもこんなに趣が違うこともあるものなんだな。俺はこの変化に感動すら覚えていたが、彼女はふうっと一息ついてからさらに奥へと進んでいった。


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