報いの黒
「ま、まだそれだけの神力がっ!? この不届き者めが! もう良い。私が直々に叩き潰してくれる」
「……なんだか面倒なことに巻き込まれちゃったねオル。不思議ともう危機感は感じないけど」
「そうねミーナ。サム様だけで特に問題はなさそうだから見守っていましょう」
なんだか恐怖が消えて呆れた様子になっている依頼人二人。でも危機感を感じないくらいに圧倒的な戦いができているのなら、それは良いことだろう。
あとはこの神官たちをどう処理するかだな。殺してしまうわけにはいかないから無力化して放置が妥当かな……。ああ、面倒臭い。一人敵陣に向かってきた相手の神官はやる気だ。
俺は渋々そいつに相対するように前に出た。こっちは荷車と依頼人を守らなきゃならないが、そんなことはハンデにならないかもな。さっきの様子じゃ俺の神力や奇跡がどの程度のものかすら完全に把握できてなさそうだったし。
「私を怒らせてタダで済むと思うなよ。ここから地獄を見せてやる」
そう意気込みつつ、相手は金と鋼でできた鐘を掲げる。正直相手は見るからに弱そうなので、カロヌガン信者の実力の程を知るために奇跡を一回受けてみることにした。幸い依頼人やノエラには当たらない奇跡を使ってくれる様子だったからな。
【神聖なる光線】
太陽の光よりも遥かに眩しく輝く光の光線が一筋、俺に向かって放たれた。でもそれは俺の【邪悪なる守り】に簡単に防がれる。結界の手応えの感じからいってこれは――相当弱い。わけわからんぐらい弱い。そもそも光が一筋の時点で弱すぎる。
「あの……それ全力なのか?」
全く煽るつもりなどなくただ聞いただけだったのだが、その一言は相手には挑発もいいところだったらしく、相手は顔を真っ赤にしてキレだした。
「そ、そそそそんなわけないだろうが! 貴様など簡単に消し飛ばしてくれるわ!」
しかし飛んでくるのはどれも弱すぎる奇跡ばかり。【光輝の衝撃】はせいぜい大人を遠くに弾き飛ばすことができるかなくらいの威力だし、【神秘の豪炎】も光の炎の勢いは吹けば消えそうなくらいに弱い。
もちろん全部結界に阻まれて俺自身には届かないな。奇跡を撃ち尽くして疲れたのか、相手はハアハア言って息を切らし、肩を激しく揺らしている。もう神力が切れたか。
「お終いか? それは良かった。俺たちも暇じゃないんだ。もう行かなきゃならないから終わりにさせてもらうぞ」
俺はすぐさま新しい奇跡を行使する。今までは魔物相手だったりノエラの睡眠魔法があったりしたからこの奇跡は使わなかったが、今の状況にはピッタリだ。
【黒の消失】
黒い衝撃波のようなものが俺のランタンから振動のように広がっていく。それにあてられた神官たちはたちまち気を失い、バッタバッタと地面に倒れていった。その様はさながら疫病の流行のようで悍ましかったが、これで事態は収めたられたな。
「サムさん、これは……どうなったんですか?」
「ん? ああ、単純に気を失ってるだけだよ。腐っても人間だから殺せないしさ」
「そうですか。安心しました」
「君、本当にすんごい人だったんだね。こんな奇跡初めて見たよ」
「いきなり魔物に囲まれたときはどうなることかと思いましたが、何も心配いりませんでしたわね」
「いやー本当に申し訳ないな。俺たちが護衛を引き受けたばっかりに変なのに襲われちゃって」
「いや、いいよ。私たちには全然被害はなかったし、むしろ面白い奇跡を沢山みせてもらったよ」
「ええ。あのウングイたちを半壊させた奇跡は驚きましたが、感動すらしましたもの」
「そう言ってもらえるのはありがたいよ。こいつらはもう放っておこう。俺には到底敵わないってわかっただろうから起きてもしばらくは襲ってこないだろ。俺の神力も残ってて、ノエラの霊力も温存できてるからまた襲ってきてもどうにでもなるしな」
「わかった。そうしようか」
「ええ。このまま進みましょう」
「あの……この人たちは魔物に襲われないでしょうか?」
「正直襲われたら自業自得かなって思うんだけど、ノエラちゃんは優しいんだね」
ミーナに言われてノエラは曖昧な笑みを浮かべる。確かに気を失っている状態で襲われたら殺されるかもしれないが……。
「この方たちはサムさんと、それから場合によっては私たちも殺そうとしてきたようですから、慈悲をかける必要はないかと思います。ここで起こしてもきっと襲ってくるでしょうから、このままにしておくしかありませんわ」
「そう……ですよね」
「ごめんなノエラ。納得いかないかもしれないが、これも残念ながら現実だよ。どんなに分かり合おうとしても相手が聞く耳を持たなければどうにもならないこともある。他者を大切にしようという気持ちは大事だけど、自分たちのことも守らないとさ」
「……わかりました。先に進みましょう」
ノエラは自分に言い聞かせるように深く頷いて、荷車の後ろに戻った。厳しいようだが仕方がない。直々に襲ってきたリーダーらしきヤツはともかく、下っ端の神官が本当に俺に対して敵意を持っていたかはわからない。
しかしこの襲撃に加担していたことは事実だし、襲われたこっちがそこまで気をまわしてやる必要はないだろう。ということでここまで大人しくまっていたプライノたちを再度進ませて、俺たちは倒れた神官たちのいる場所を後にした。




