悪意の群れ
慣れているとはいってもここまでの状況は初めてのようで、ミーナとオルタヴィアは怯んでいる。武器は構えているが、手出しはまだできていない。一般人からしたらこの大量の魔物に囲まれて理性的な行動までとられたら恐怖しかないだろう。
でも俺はこんな状況のために雇われているんだ。きっちりと仕事はさせてもらおう。まずは景気付けに一発行くぞ。
【邪悪なる闇光】
今や恒例となった広範囲が対象となる奇跡。我ながらえげつない範囲の攻撃をかましてやった。辺り一帯の光を完全に遮断し、一瞬の内にすべてを闇に包み込む。
しかし聞こえたのは馴染みの重低音ではなく、何かが砕けるような細かい音だった。太陽の光が戻ってきたときには、魔物達は半壊しているが、まだそれなりの数が生きている。
竜を消し去るまではいかないが、人間を除いて魔物たちだけは全滅させるくらいの威力は出したつもりだった。でもやはり俺の予想通り、対策をされていたみたいだな。
「我が神の啓示にあった通り、恐ろしい威力だ。私たち全員でかけた防護の奇跡を簡単に破った上で致命傷を与えてくるとは……」
「やっぱりお前らカロヌガンの信者たちか。俺たちをつけ回して楽しいか?」
魔物たちの賢い行動、個体の巨大化、人間の悪意とここまで揃えば、俺だってこいつらが一枚噛んでいるだろうという予想はつく。俺の奇跡の分析もされていたみたいだけど、俺だってバルトサールの奇跡の効果くらいは覚えてる。
魔物の知能を引き上げて身体能力も強化する。俺の元光の奇跡にはなかったから、恐らくカロヌガン信者専用の奇跡に違いない。
「楽しいからこんなところまで来たわけはない。お前という危険な異分子を抹殺しに来たまでよ。大人しく命を差し出せば、そこの無関係な一般人くらいは逃がしてやろう」
周りにいる銀の司祭衣の神官たちの中で、一際目立つ鐘を持った男。そいつの不快感のある声で発せられた言葉にミーナもオルタヴィアも戦慄しているみたいだ。これは俺の撒いた種だ。この人たちに危害が加わるようなことは避けないとな。
「巻き込んですまない、ミーナ、オルタヴィア。こいつら俺が目当てで襲ってきてる。すぐに片付けるからちょっと待っててくれな」
「ほう。すぐに片付けるとは面白い冗談だな。それだけの奇跡を使ってまともに戦える神力などもう残っていないだろうに。その状態で簡単に倒せると思われているとは心外だ」
その会話の間にも周りの神官たちが生き残ったウングイの治療をしている。随分時間がかかっているが、いくら治療しても無意味だ。後衛のウングイのほとんどが息絶えていることから考えれば、どのくらいの力加減なら相手の結界を破りつつ倒せるかがわかるからな。
まあこいつらが結界を張り直す力を残してるとは思えないけど。現にウングイの治療も完全ではない。明らかに神力切れだな。
「どうする? 大人しく投了すればウングイたちに屠られて苦しむことはないが」
「誰が屠られるって? そっちこそ面白い冗談は止めてほしいもんだな」
俺はそう言って凄みつつ、火の灯った邪光ランタンを掲げ直す。これだけ数が減ったのなら、もはや神力の消費が大きい【邪悪なる闇光】を使うまでもない。
【暗黒の粛清】
残った十数匹に一気に闇の霞をけしかける。黒い靄に包まれたウングイたちは身動きを取ることもできずに闇に囚われて生命力を削り取られた。今回はキッチリと手ごたえがあり、討ち漏らしたウングイ全員をきれいに倒し切った。楽勝だな。
“我が大司教相手に神力切れを狙うなど……愚かの極みだ”
「全くでございますね。最近は奇跡もより強力になったことで、パルーサとしての役目も減ってしまいました」
“良いではないか。奇跡こそ神官の本領なり”
アンヘルとマサマンディオスが会話している間も、ウングイの治療に当たっていた神官たちが酷く無残な顔をしている。自分たちの努力があっという間になかったことにされた日にはそうなるわな。ご愁傷様。




