不運な転移
「冷たっ!」
突如襲いかかってきた冷たい雨の一撃を受けて、俺は慌てて目を覚ました。横になっていた体を起こして、雨が降ってきた頭上を素早く見上げる。
すると目線の先には、土色でデコボコとした天井が広がるばかり。……何これ? ここどこ? わけもわからず周りをキョロキョロと見渡してしまう俺。
湿った岩の地面に、穏やかにどこかに流れる水溜まりの水。池に近いその水溜りの先からは眩しい光が漏れてきていて、同時にその方向からの風を感じた。
なるほど、ここはどこかの洞窟のようだ。ということはさっき降ってきたのは雨じゃなくて、洞窟の天井に溜まっていた水滴だったんだ! 謎が解けたな!
……いや、そうじゃない。まず考えるべきは、なぜ俺はこんな洞窟にいるのかということだ。しかしそれからいくら考えてみても、今までのことを全く思い出せそうもなかった。
俺は仕事用のスーツを着たままこんなところで何していたんだろうか。酔っぱらってこんなところで寝てたとか? ……それにしたって冗談がキツすぎる。洞窟というものは街中にホイホイあるものじゃないのだ。
仮に酔っていたとしても、どこかの山奥にわざわざやってきて、洞窟の中で無防備にも眠ってしまうなど、一体どんな罰ゲームだと言うのか。
下手したら熊かなんかに襲われて逝ってた未来まで見える。恐ろしすぎて吐きそうだ。そんな想像に冷や汗をかきながら、とりあえず外に出るために立ち上がろうとした瞬間。どこからかズズンと重たい声が聞こえてきた。
“目が覚めたようだな、我がしもべよ”
ああ、変な声が聞こえる……。これは……そうだ、俺は夢を見ているんだ。うん。きっとそうに違いない。だってこの声、なんか耳からというよりも脳内に直接聞こえてくるんだもん。何だよ、脳内に直接って。そんなことあるわけ――。
“我は脳内に直接話しかけている。それとこれは夢ではない。先ほど目を覚ましたのではなかったのか我がしもべよ”
ヤバい。頭がパンクしそう。意味不明すぎる。
「あー……あんた誰? それと俺はしもべとかじゃないぞ?」
“我はマサマンディオス。この世界の神である。そして汝は間違いなく我がしもべである”
「へ、へえ……」
拝啓、お母さん。ついに俺、おかしくなりました……。何を間違ってしまったのかわかりませんが、もう元には戻れないかもしれません。今までありがとうございました。
“くだらないことを考えるでない。汝は別の世界からこの世界へと転移してきた存在。そして神である我の祝福を受けた者である。記憶を辿れば思い出すこともできよう”
記憶? ……あ、何となく思い出してきたかも。確か会社で散々嫌がらせをされた挙げ句、仕事を押し付けられて残業になったんだった。ムカついたけどかなり遅くまで残業して仕事を終わらせたから、早く休みたくて家まで車を走らせてたら――事故に遭った!
“気の毒だが汝は一度死に、我の祝福を受けてこの世界へとやってきたというわけだ。ここまでは理解したな?”
「あ、ああ。正直信じがたいけどな」
“今は信じられずとも、この世界にいれば自ずと真実であるということがわかってくるであろう。さて、汝の元の名は寒波星輝であったな”
そういえばそうだ。そんな名前だったわ。
“この世界ではサムと名乗るが良い”
「サム? ああ、寒波から取ってサムね」
“汝の名前はここでは珍しすぎるからな。さて、改めてサムよ。汝に命ずる。我が右腕となり、この世界に我が名を知らしめるが良い”
「え? 何それ。宗教勧誘しろってこと? 嫌だよそんなの」
“そんなのとは何だ。不敬である”
だって宗教勧誘なんて怪しすぎるじゃん。変な目で見られたく――イタッ! 痛たたたたっ! な、何だ? とんでもない頭痛がするんですけど!?
“我への不敬には天罰が下るのだ。覚えておくが良い”
つまり拒否権はないということか。おいおい、酷い神様だなって痛い! 痛いから! お願いだからやめて!
“全く……。少々不安であるが仕方ない。汝に我が使いの者と信仰の灯を授けよう。それらの力を借りてわが名を轟かせよ”
アサマンディオスとかいう神様がそう言った途端に、目の前の地面に黒い煙が渦巻いた。
一話を最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!
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