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人生ゲーム  作者: 八重
2章「青色の牢獄」
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友人

 一体どうして彼女がここにいるのだろうか。雪乃が漠然とそんなことを考えていると、雪乃を取り囲んでいた四人が次々に立ち上がる。凛の方へじりじりと近づいていく。凛は逃げることなく、まっすぐに美緒達を睨みつける。


 美緒が口を開き、何か言おうとしたその刹那、凛はいきなり雪乃の方へ突っ込んできた。四人の間をかいくぐり、地面に這いつくばる雪乃の手を掴む。

「ユキちゃん、立てる?」

 彼女は雪乃を助けるつもりらしい。突如現れた救世主の思いに応えようと、雪乃は身体に力を入れて立ち上がろうとする。すると、小柄な体躯に似合わない強い力で引っ張られる。


 呆気に取られている四人の間を、よろけながら掻い潜り、雪乃は凛に手を引かれるままに更衣室を飛び出した。美緒達の怒号が背中に浴びせられる。怒号を聞いて怯えたのか、一瞬凛が足を止める。更衣室から、四人が出てくるのが見える。


 今度は雪乃が凛の手を引いて走り出した。一目散に正門の方へ向かい、振り返ることなく正門を走り抜ける。学校を出ても、足は止めない。何度か転びそうになりながら、二人は町を駆け回った。どこに行けばいいのかもわからなかったが、とにかく足を動かし続けた。

 途中で公園を見つけて、二人はそこに駆け込んだ。遊具で遊んでいた子供たちが不安げな表情をしながら二人から距離をとる。


 辺りを見回したが、美緒達の姿はなかった。雪乃は安堵しながら、繋いだ手を放す。手はお互いの汗でぐっしょりと濡れてしまっていた。

 凛は、制服が汚れるのも構わずに、砂地に手と膝をついてゼエゼエと肩で息をした。頬は真っ赤に染まり首筋には汗が伝っている。文化部に所属している彼女にとっては、長距離を走ることは相当な負担だったのだろう。

「大丈夫?」

 雪乃が手を差し伸べると、凛はかすれた声で礼を言うと、雪乃の手を掴んで立ち上がる。そのまま雪乃は凛の手を引いて、公園の隅にあるベンチへ近づいて腰かける。


「こんなに、走ったの、久しぶり」

 途切れ途切れに凛は話す。彼女の呼吸は依然、荒いままだった。

 凛はカバンから水筒を取り出して、コップ状の蓋に麦茶を注ぐと雪乃の方へ差し出した。

「天野が先に飲んで」

 首を横に振りながら雪乃が言うと、彼女は微かに頬を緩めて麦茶を飲み干した。もう一度麦茶を注ぐと、改めて雪乃の方へ差し出す。雪乃はそれを受け取ると一気に飲み干した。もう夕方だというのに、麦茶はまだ冷たかった。氷を入れていたのかもしれない。


 礼を言って、凛にコップを返す。それを受け取って、水筒をカバンにしまうと、凛はおずおずと口を開いた。

「あのさ。さっきの、もしかして……」

 それだけ言って、凛は口を噤んだ。彼女は何かを堪える様に下唇を噛んでいる。

「虐め、みたいなやつ」

 凛が噤んだ言葉を汲んで、雪乃は言った。その後で、どうしようもなく惨めな気分になって、雪乃は俯いた。視界に入った自分の足元は、走り回ったせいで汚れてしまっていた。


「いつから?」

「夏休みが、始まって少しした頃から」

「そうなんだ」

 そう言うと、凛は押し黙った。沈黙が二人の間を包む。日は沈みかけ、公園に人影はない。先ほどまで遊んでいた子供たちも、いつの間にか姿を消していた。時折、スカートから出たお互いの足が微かに揺れる。


「そういえば、どうして天野がいるの?」

 先ほどから気になっていたことを雪乃が口にする。

「へ?」

 凛が首を傾げる。雪乃の質問の意図が伝わっていないようだった。

「どうして、更衣室に来たの?」

「ああ、そういうことか。ええっと、ちょっと前に、プールでユキちゃんの写真撮らせてもらったでしょう。あの写真を、文化祭の展示に出そうと思っていて、それで、ユキちゃんに許可を貰おうと思って更衣室の外で待っていたの。そしたら、中から大きな音がして、様子が変だったから」

「そんなの直接言わなくても連絡すればよかったのに。危ない目にあったらどうするの」

「だって、あんなことになっていたなんて知らなかったもの。それに私、ユキちゃんの連絡先知らない」

 そう言って凛はなぜか口を尖らせた。


 雪乃はポケットに入っていた携帯電話を取り出して、凛に彼女の電話番号を尋ねる。凛は、自分の携帯電話の番号を教えてくれた。その番号を打ち込んで発信し、呼び出し音が一回鳴ったのを確認して電話を切った。

「不在着信が残っていると思うから、それ登録しといて」

 そう言うと、凛は雪乃の方を向いて、ありがとう、と言って微笑んだ。別にお礼を言われるようなことをした覚えがない雪乃が戸惑っていると、ほころんだ凛の表情がパッと変わった。驚いたように目を見開いている。


「浴衣だ」

 凛が呟く。彼女の視線の先では、水色の生地に花柄があしらわれた浴衣に身を包んだ可愛らしい少女が、両親らしき二人の男女と手をつないで歩いている。

 美緒達が大声で話しながら、祭りに行く算段を立てていたのを雪乃は思い出した。

「今日、お祭りらしいよ」

「そっか。忘れていた。ねえ、ユキちゃんは誰かとお祭り行くの?」

 凛の問いかけに対して、雪乃は首を振った。

「じゃあ、一緒に行こうよ」

 そう言って、凛は微笑む。


 雪乃は黙って首を振った。それを見て、凛は残念そうな顔をする。

「水泳部の人たちも、行くらしいから。私は、行かない」

 そう言うと、凛はしばらく考え込むように神妙な顔つきをした後、突然、「いいこと考えた」と大きな声で言う。


 凛は雪乃の手を取ると、幼子のように雪乃の手をぐいぐいと引っ張る。雪乃は彼女に流されるまま、立ち上がり歩き始める。

 しばらく歩くと、祭りの喧騒と明るさが近づいてきた。雪乃の手を引いて、前を歩く小柄な少女の足取りは軽く、どこか楽しそうだった。


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