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プロローグ

 私、雨宮(あめみや)(ゆき)

 とある有名洋菓子店の敏腕パティシエールで、順風満帆な人生を送っていたはずだったんだけど……

 ある日、痴情が縺れて、――これまでの私の交際歴全部知られて「信じていたのに裏切りやがって! このあばずれが!」とビッチ扱いされて「なにおう! 刑務所にまたぶちこまれたいのか! ブツやってるの知ってるんだぞ!」てな感じで、大喧嘩、終いには死ねぇ! と隠し持っていた果物ナイフ持って突撃された。――交際相手の男性にぶっ刺されたの!

 パレットナイフで応戦したんだけど無理ゲーすぎた。そもそも勝つつもりなんてない。防御できればそれでよかった。

 ということで殺意のこもった滅多刺しで私の命は風前の灯火となってしまったってわけ!

 ホストでイケメンの彼とは親交が深く、一度付き合ってずっとキープしてて最近また付き合い始めた。

 彼は、学生時代に友人に暴力振るったとかでやらかして少年院にぶちこまれたり――ネットには本名が晒されている。さらにチンピラに転身してやらかして刑務所から出てきたりところを、私は他の男と付き合いながらも献身的に支えてあげたのにさぁ……、殴るわ蹴るわ暴言吐くわで酷かった。

 だけど、ずっとキープしてたから愛着あったし、ホストに成り上がるまで面倒みたから母性すら感じるし、それはいいの。

 でもさ、ようやく本格的に付き合ってみて数ヶ月でこれって、おかしいじゃん!!

 ――そして事態は進む。

 辛うじて意識は残ってたんだけど、――なお、地獄の苦しみ味わってます。狂ったように笑いながら彼氏が自分を中心にガソリン撒いて、火を着けて、店ごと焼却されそうだよ! 熱い! ふざけるな!!

 火だるまになった彼氏は、最後まで耳元で愛を囁いて……、逝ったってわけ!

 私が最後に考えたことは――どんな風に報道されるんだこれ!!


 だぁぁぁあああ――!!

 男なんて、嫌いだぁぁぁ――――!!




 というわけで、またしても女性として、異世界転生した私は、レズになります!!

 男子禁制の洋菓子店を築きあげてみせるわ!

 そして女の子とイチャイチャしてやるんだ!

 冗談交じりに、グッと決意を決めるものの、手が小さかった。私はこの世界ではまだまだ子供だったのだ。ガキの手だ。


「ビビアン、どうしたの?」


 と呼ぶのは、敬愛するこの世界での母親。美しい。


「なんでもないわ、お母様」


「お母様って……、うちは商家なのよ、貴族様みたいな呼び方はよしてね」


 いけない、うっかりお母様なんて呼んでしまったから困らせてしまったらしい。お母さんと呼ぶことにしなくては。はわわ。


「はい、お母さん」


 私は商家に生まれた長女らしい。

 というわけで家族は他にもいる。私、お母さんであるルイーズ、妹のメリッサ、養女? のガブリエルの計4人だ。クソ親父ことビル、クソ兄貴ことビリーの二人は家族じゃない。クソが!

 商人として実際のお店の運営をしているのは、嫁いだお母さんだ。クソ親父の命令により、馬車馬のように働いているけれど、仕事にはやりがいを感じていて、そのうちクソ親父から実権を乗っとるため、色々策を練っている最中とのこと。がんばれ!

 そう、実権はクソ親父にある。最悪だぁ……。がっくり。

 クソ親父は遊び人でギャンブルとお酒が大好き、発言が強姦魔(現場を抑えていないから実際は不明)のクソ兄貴もそのお供としてついて回っている。最低!

 うちの近辺で度々強姦事件が起こっているらしいけど、まさかね……。

 ともかく二人は滅多に家に姿をみせなかった。そのまま消えろ!

 たまに姿を見せる時はカリカリしていて、二人で連携して殴る、蹴る、罵声を浴びせるのクズムーブ。主に暴力担当がクソ親父。暴言担当がクソ兄貴。ふざけ!

 しかも私にだけ集中砲火。ひどい!

 クソ親父が殴るのは私。お母さんはそこそこ強いし、子供も私以外はまだ幼くいたぶるのは流石に気が引けたのか? そんなわけはない。ただうっかり殺してしまうのを恐れただけ。

 クソ兄貴が暴言を吐くのも私。一番、言葉の理解が出来ているからだろう。無駄な語彙力で罵ってくるし。

 そんなクソ二人に対して。

 おいこら、私はサンドバッグじゃないんだぞ!!

 と毎回思う。

 肉体的苦痛と精神的苦痛を受けて、羞恥心と屈辱の日々。

 でも新体験で楽しい……んなわけあるかぁ!

 興奮したけど、これ怒りだからマゾっ子じゃないからね!

 けれども一人立ち出来るくらいの歳までは我慢して……って、出来るかぁ!




 私は10歳になった。

 うちの商家は身内の賛同を得た母親が無事に乗っ取り、クソ親父とクソ兄貴はただのクズニートに成り下がった。それは元からか。

 そんなことも露知らず、クソ親父とクソ兄貴は悠々と帰ってきた。クソ食らえ。


「酒を出せ、酒を!」


「俺にはリナを寄越せ。犯させろ!」


 私はずかずかと上がり込んできた二人にむんずと腕を組み合わせ言い放ってやった。後ろにメリッサとガブリエルを庇っている。


「出ていって、二度と帰ってこないで!」


 言ったら、スカッとした。と思ったのもつかの間、顔を真っ赤にしたクソ親父が怒鳴り返してきた。


「クソガキがぁ!」


 クソ親父のキック!

 こんなんでも一応、世間体は気にしていて、顔は目立つからとお腹を蹴られる。

 ここはファンタジー世界なのでただの蹴りでも威力は元の世界の比ではなく、血反吐を吐きながら派手に吹っ飛び、転がった私は、背中を本棚に強かに打ち付けて、雪崩のように降ってくる本に埋もれる。あばばばば!


「ふぅ、スッキリした」


 実の子供蹴ってスッキリしないでもらいたい。

 とか思いつつ、なんとか抜け出し、ほうほうの体でメリッサを連れて逃げ出そうとメリッサを探すと、メリッサはクソ兄貴に掴みあげられていて、せめてもの抵抗か、その腕に必死に噛みついている。

 ガブリエルはその近くでおどおどしていた。血縁がごめん。


「ガブリエルたんならともかく、お前の涎なんかきたねえんだよ! カスが!」


 クソ兄貴のビンタ! パンッと渇いた音がしてメリッサは泣いてしまう。

 よくも、


「人を叩くって最高に気分がいいぜ! 親父の奴、いつも一人でこんな思いしてやがったのか! 真理の発見だ! もちろん女を無理やり犯すのも快感だが、これはこれでスカッとすんなぁ! かー、かっか!」


 よくも、妹を、メリッサを!

 怒りが込み上げ、火山が噴火するかのように私は激昂した。


「なにしとるんじゃい! クソ兄貴!」


 無我夢中だった。クソ兄貴を蹴り、倒れたところで、股間を踏みつける。最初は痛がっていたがグリグリやると表情に恍惚が浮かんできたので、足を引いた。悦ばせてどうする! と思ったら、クソ兄貴は悔しそうな顔をしていた。あれ、もしかしてこれ愉しいかも……。

 目覚めるSっ気。

 でも今はクソの処理だと頭を振る。

 続いて呆然としていたクソ親父を何度かぶん蹴ったら失神した。泡を吹いている。……とりあえず邪魔だったからそうしたんだけど、やりすぎたかな……。でも、どこを蹴れば意識を刈り取りやすいとか分からないしなぁ……。加減はしたつもりだけど……。

 てな感じで、なんだか罪悪感沸いてきたけど、あまり気にしないようにしよう。

 というわけで、再度唖然としていたクソ兄貴の股間を踏みながら、その顔を睨み付け、ぴしゃりと言ってやった。


「もう出ていく! こんなクソと家に居られるかってんだ!」


 そのまま私がメリッサとガブリエルを連れて家を出ようとすると、クソ兄貴が慌てた様子で私の足にすがり付いてきた。


「おい! 俺の将来の性処理の道具にして孕ませ袋は置いていけ!」


「なんだと!」


 聞き捨てならない発言だ。

 私は振り向いて、見下ろし、睨む。すがり付いているクソ兄貴の腕を振り払い、また思いっきり股間を踏みつけた。


「おい、クソ兄貴! それってガブのことかよ!」


「そうだ! 今でも金髪の美幼女だし、天使のような清楚な雰囲気がたまんねえな! 美味しそうに育つのが楽しみだぜ!」


 その頭を思いっきり蹴りつけてやった。クソ兄貴も失神。とんでもない有り様と化したこの場はなんか凄惨な殺人現場みたいだが、残念なことに二人とも生きている。……はずだ。

 ていうか、私も返り血浴びまくりじゃん。

 身体洗おっと。

 とりあえずメリッサとガブリエル連れて入浴。

 そして湯上がり早々に、お母さんの仕事場である執務室へ乱入する。

 私はお母さんに「クソと関わりたくないからメリッサとガブリエル連れて家出する!」って伝えた。

 お母さんは、一瞬ぽかーんとしたけれど、すぐに考え込む仕草を見せて、


「わかったわ。確かに距離をとった方が良さそうよね。娘にそんな決断をさせてしまって不甲斐なく思うわ。ビビアン、一人では大変でしょうから、メイドを一人同行させます。それとお父さんとビルを始末したら連絡するから連絡が着くようにこの国にしなさい。別荘があるわ」


 始末ってなんだろう。クソ親父はDVで、クソ兄貴は強姦罪で投獄とかかな。てかこの世界に、強姦とDV取り締まる法律とかあったっけ? あるよね?

 まあいっか。最悪、商家の財力で地下牢でも作って幽閉すれば。


「これ鍵ね」


 お母さんから鍵を受けとる。


「あ、そうだ。ガブリエルって結局何なの?」


「うーん。まあ言ってもいいかしらね。ビルが拾ってきたのよ。眉唾な話だけど、空から降ってきたそうよ。一応、親は探したのだけど、さっぱりでね。仕方ないから面倒みてあげてるの」


「そうなんだ」


 物分かりのいい私は、頷いて、ボソッと呟く。


「空から女の子が降ってきたとか絶対後で厄介ごとになるやつじゃん……」


「ん? なにか言ったかしら」


 いけね。と首を振る。


「ううん、なんでもない。教えてくれてどうもありがとう」


 聞きたいことは聞いたので、ひとまずお別れだ。


「じゃあね、お母さん。転移出来る魔法陣使えるくらい立派に……なれなくとも、偉い人とのコネ作って、そして大金稼げるようになるから」


 そう。この世界には、長距離を瞬間的に移動できる魔方陣があるらしい。ただし、大抵の場合国が管理しており、使用には地位や権力と結構なお金を要求されるとか。ちなみに、月額制もあるらしい。

 とりま出国。

 奥さまより渡されておりますので、とメイドのリナさんが出そうとしたけれど、格好つけて私が出す。服に縫い付け、隠し持っていた金銭で馬車を乗り継ぎ遠くの国へ渡る。後でまた金銭が縫い付けられていたのはリナさんの仕業だろう。

 というわけで王国での暮らしが始まった。資金はもちろん送ってくれるらしいけれど、それでも不安だった私は、妹とガブリエル、そして自分のために、金銭を稼ぐためを名目に志願し勇者様のパーティーに入れてもらう。裏の目的はもちろんコネ作りだ。もしかしてだけど、王族や貴族とのコネクションが作れるかもしれないじゃん。

 というわけで、「君ぃ、なかなかいい面構えしてるねぇ。パティシエール? へぇ、変わってるねぇ。ねえ、私のパーティーに所属するならさぁ。これを割ってみせてよぉ」と、勇者様に言われたので、素手でそれ――魔物の亀の甲羅。を割ったら「え、まさか!? ――マジかぁ! すごい! すごい! これを素手で割った人は始めてだよぉ!」と囃し立てられて、「よぅし、採用!」なんか採用されちった。

 え? 元パティシエールなんだから、お菓子作れ? きこえなーい。

 ファンタジーな世界だから、魔物と戦うのよ、郷に入れば郷に従えっていうしね。決して欲求を優先したわけでは……ある。ただこの世界では腕っぷしを付けておかないとヤバいという考えもあった。こっちでもパティシエールやるのもいいけどさ、迷惑な客がもし、めっちゃ強かったら下手したら死ぬよ?

 勇者様のパーティーは、勇者様が女性でパーティーの女性比率も高く、男が荷物持ちと自称力仕事担当(パーティー最弱)の一人しかいなく安心だと思った。

 実際、大丈夫だった。うまく立ち回り、現に3年は所属できている。武器は調理道具風の特注品だ。一番やる気が出るので。

 勇者様のパーティーは、勇者様が見込んだ少数精鋭なので、滅多にメンバーの入れ替えも起こらない。特に男がなかなかしぶとくずっと固定だ。

 魔王の兵力を結構潰したなぁ。そもそもの総数がわからないから、どんだけの被害を出せたかは不明だし、ぶっちゃけ、勇者様サイドも魔王サイドもゴキブリみたいなもので、しぶとい上に何度でも代替わりするって話だけどね。そして、それがこの世界の謎らしいけど解明される日は来ないだろう。

 「ビビアン、独断専行気味だよぉ」とか勇者様に小言を言われたりもしたけど、キルレで他のメンバーに嫉妬もされたりしたけど、お菓子作ったら皆が喜んでくれて楽しかった勇者様のパーティー。

 しかし――、

 ある日のこと。


「ペティナイフのようなもので悠々と道を塞ぐ大岩を切断するんじゃねえよ! 俺の立場がなくなる」


 でもお前、大岩切断できないじゃん。とは言わないお約束。


「それに、お前の作る菓子は甘すぎる!」


 まるで決め台詞を言ったかのように迫真の声で手を力強く握り締めている。

 続けて、


「なのに沢山食いたくなる美味しさときた。いくらでも作りやがるし、こんなん病気になるわ!」


 そう発言したパーティー唯一の男ダニエルはモテモテのハーレム状態でパーティー内での発言権が限りなく高かった。

 彼がそう意見すると、絶賛していた女どもも意見を翻す。なお表ではなく、裏で。

 その後すぐに裏来いやと呼び出された。


「ダニエルが言った通りよ! このままじゃあ、病気になるわ! 最近贅肉が増えて泣きたくなってるの!」


 それ自業自得だろぉ!


「まさか私たちをダニエルに幻滅させるための策略なの!? なんてずる賢い女なの!」


 はぁ!? あんな男、興味ねぇよ!


「泥棒猫にはお仕置きよ!」


 なんでそうなる!?

 勝手にヒートアップし出して、いよいよ叩かれた! いたいって!

 口の中が切れたな。と思ったそばから、即座に血の味。ペッぺと血を吐き出す。勇者様のパーティーの暴力ヤベー!

 クソ親父にも叩かれたこと……あるんだよなぁ!

 それを皮切りに振るわれる暴力。

 蹴られた! また蹴られた! さらに蹴られた!

 やっぱ、本職はクソ親父の蹴りとはレベルが違うなぁ!?

 しかし、なんでこうなる!?

 と思ったら、冷たい水をかけられた!

 ハエ女どもは陰湿で追い出すと決めたら私を徹底的に虐めてきた。避けることも出来たけれど、威力を殺すことに専念した。もちろんハエ女たちを虐めをする馬鹿への格下げを狙ってのことである。……なんて気丈なことを思ってみるけど、もう投げやりだったんだよね。いっそのこと、徹底的にやられてやろうって気にもなった。クソ親父の暴力にもずっと反抗してこなかったからなぁ、染み付いているのかねぇ……。断じて、シチュエーションに快楽を感じているわけではない。……たぶん。

 ともあれ、少しでも証拠が残れば追放されるのはハエ女たちの方だ。

 なぜか、ハエ女たちの中での私はダニエルを誑かそうとしたあばずれということになっている。

 おい待て、私まだ10代前半だぞ! 色恋とか……わっかんないなぁ。(冷や汗)

 まあ、中身足したら30代後半だがな!


「前から可愛げがない女だと思っていたのよ」


 そんなこと言われると、かなりショック!


「少し菓子が作れるからっていい気になるんじゃないわよ」


 だって、作れるんだもん!


「ちょっとばかし腕っぷしが強いからって調子に乗ってるわよね」


 調子には乗ってないんだよなぁ!

 口々に罵声を浴びせてきてお腹にパンチを食らって倒れたところを蹴られる。私はか弱い乙女? なのでなすすべなく頭を守っている。仕返しとか無理無理、私は元来喧嘩早い気質ではないし、それに魔物ならまだしも人間は蹴れんよ。親父と兄貴のクソ二人は状況が状況だったしなぁ。あと、勇者様が脳裏にちらつくからってのもあるね。下手に反撃して、幻滅されたくないんだよね。

 にしても女たちに虐められるのは前世も含めて初めての体験だ。イケメンとの交際とか、パティシエールとして成功したからとかで、色々僻まれることはあったけど、陰口程度の可愛いもので実際にかかってくるような者はなかなかいなかったしね。


「出来る癖に、抵抗しないで悲劇のヒロインにでもなったつもり?」


 じゃあ、そっちはヒロインを虐める悪役じゃんか!


「きっと暴力暴言振るわれて悦ぶ、ドが付く変態なんだわ!」


 ちゃうわ!


「焼きが必要ね! 火で炙ってやりなさい!」


「――それはやめろおおお!」


 たまらず、声を上げてしまった。

 前世の死に様のせいで火は苦手になったんだよ!


「あら、意外な弱点発見ね!」


 ウキウキするな!


「道理で冷製スイーツがやたら多いと思ったわ。火を避けてたのね!」


 そうだよ! けど少しずつ、克服してんだよ! 察しろ!


「そういえば火を使う奴が相手だとたとえ弱い奴でも、やたら慎重になってたような気がするわ。おかしいと思ってたのよ」


 おかしいのは集団リンチしてくるそっちじゃい!


「じゃあ、覚悟なさい」


 何を!?

 火が用意される。魔法で。火の玉一発、飛んできただけで、


「ひええ、おたすけー!」


 涙が出てきて、漏らしそうになった。

 慌てふためいて避ける私をゲラゲラ嘲笑うハエたち。


「だはは、だっさー」


「まさか泣くほどとは、面白い」


「いい気味よ」


 流石にムカッときた。


「こんなところ居られるか!」


 脱兎のごとくその場を逃げ出して、勇者様にパーティーからの離脱の意思を伝えにいく。

 私がひどい目に合っていたというのに、勇者様ときたら、


「……すぅすぅ」


 呑気にハンモックでうたた寝してるよ。私、人間関係詰んだんですけど。

 私は大きな声を出して告げる。


「勇者様、私、ビビアン、今日をもってパーティーから抜けさせていただきます!」


「えぇ!?」


 彼女はガバッと起きた。これが勇者の反応速度か。

 勇者様は私を見て、はっと息を飲んだ。

 だけど、訳を訊くよりも私を引き留めることを最優先にしたのか、


「待ってよぉ! ビビアンちゃんに抜けられたら、困るってぇ! 主に私が!」


 すがり付かれる。

 でも、


「私はもう決めましたから」


 とだけ言って、それ以上の会話は拒絶する。理由を教えるのも良いけれど、証拠がない上に、――私がボロボロなのは魔物が乱入してきたということにでもされ、言い逃れされてしまうと思った。――論戦になると多数決の前に破れ兼ねないし、勇者様以外の皆に嫌われている時点でどうしようもない。そもそももうそこまで関わりたくはなかった。

 だからこのまま黙して離脱するのだ。


「そんなぁ……」


 勇者様はショックを受けていた。思えば、彼女には結構気に入られている。一緒に風呂も入ったし。

 私はチクりと胸を痛めながらも、とんと押して勇者様を離れさせ、背を向けて、そのまま無言で立ち去った。

 そうして、あえなく私は勇者様のパーティーから離脱することに。

 私は思った。勇者様のパーティーには栄養士が必要だ。栄養バランスを整えないから、精神の均衡を保てなかったんだと思う。

 まあ所詮、ダニとハエか。

 あの後、知った話だけど――酒場でおじさんたちにリサーチした――ダニエルは相当なプレイボーイでよそに女が何人もいるらしい。それも選り好みしないからまだ10代前半である私のことすら狙っていたらしい。ストライクゾーンはかなり広めとのことだ。「勇者様のパーティーでその本性を潜めて大人しくしているのは、無論、勇者様のパーティーに居続けるためだ。女を誑かすために勇者様のパーティーという肩書きが欲しかったんだなあ。あいつはそういう奴だ」とのこと。

 よかった(よくないけど)、これで心置きなく貶せるね。ぶっちゃけダニエルにもちゃんとした悪役であって欲しかったから、調べたんだよね。私がそんなに悪くないって証明したかったのももちろんある。

 なお、勇者様は完全に白だった。立場を抜きにしても信頼に値する人物だしね。尊敬は……、まぁしてるよ? そういえば髪の毛も服装も下着も白だった。名前もハクビ様だ。いや、ところどころピンクも混じってたか。何も考えていなそうで何も考えていないとのことだ。強いていうなら平和と正義くらいは考えていてくれてるはずだと言う。うーん、睡眠と自由じゃないかなぁ……。

 なにはともあれ、勇者パーティーで研鑽を詰んだ私はこの世界で有数の実力者となったらしい。そんな風には見えないとはよく言われる。私もそう思う。

 勇者様のパーティーでの活動によりお金も結構溜まったし、私自身の人気も多少はある。転移魔方陣も王族とのコネでタダで使わせてもらえるようになった。懇意にさせてもらっている御方がいるのだ。

 時系列が前後するけど、勇者様のパーティーに所属していた頃から、お母さんも時折来るようになった。実家の経営も順調で、ついに私兵を編成したらしい。それでクソ二人を纏めて退治すればと言ったが、クソ親父とクソ兄貴は旗色の悪さを察したのか何なのか居なくなってしまったとのことだ。残念。

 なら妹二人を実家に帰そうかと提案したが、王国に留学させてしまおうということになって、結局お母さんを除く家族皆で別荘暮らし。メリッサとガブリエルのお世話はリナさんが頑張ってくれている。ただでさえ生気に乏しい印象のあるリナさんに頑張られると心苦しいけれど、そもそもうちが母子家庭のような有り様になって、お母さんが忙しく、リナさんへ負担の皺寄せがいってしまっているのは、誰のせいかといえばクズ親父のせいだ。なお、こちらの世界には、前世とはまた別の価値観があるので、家事をメイドに任せるというのも一つの常識のようなものらしい。それを踏まえて考えてもクズ親父とクズ兄貴のクズっぷりは目に余るけどね。

 一方、私はそもそも帰るつもりはない。こっちで生活が出来てしまっているからだ。もちろん学校にもちゃんと通っている。

 ようし、私の歳も13歳だし、そろそろお店を始めようかな。学業に専念するため、私はオーナーということにして、まずは店長候補を探そう。

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