旧校舎、再び
次の日。私服姿で集合することになったのだけど……生憎、僕は持ち合わせが少ないのだが────。
「大丈夫、かな?」
白のポンチョコートに袖の部分に小さな兎たちと兎の耳をイメージしたパーカー付き。
その下には薄いグレーのブラウスと白いスカートと黒のストッキングを履いて完成。
自分でも言うのもなんだけど、似合うかな?
部屋の中でくるりんと舞って見せても誰もいない。
「大丈夫だと思うんだけど」
とりあえず大丈夫かなと思い、急いで旧校舎に向かう。
入り口付近に辿り着くと、樹が先に来ていた。
何やらリュックサックを持ってきている様子。
「おはよう、樹。なんでリュックサック?」
「懐中電灯や予備の電池、あと他にも入っているんだが……表向きとして参考書と筆記用具が入ってるからリュックサックが最適だと思った」
「なるほど」
「それよりも、千乃。お前……ホントに男か? 俺が知る限りで一番可愛いよ」
「似合う?」
「超似合ってる」
樹がそういうのなら大丈夫かな、良かった。
一応用意は万全みたいだけど若干、声音がワクワクしている。
遊びじゃない、と理解しているのか少し不安。
「千乃は?」
「僕はチョコレートを」
「遠足じゃないんだぞ?」
樹がそれを言う?
昨日のことを想定して小包のチョコレートを。
それ以外に手袋や粗塩等、適当に。
────あと、例の黒い携帯も。
この黒い携帯のおかげで写真のことも気づけたわけだから、今日も何かあるんじゃないかと思って。
「……で、肝心の入り口なんだがどうにも開かなくて。策を練ってるわけだ」
ガラスを割れば器物損壊、勝手に入れば不法侵入。学校内の物を私物化するのも規則違反。
最悪の場合、退学は免れない。
「樹、ここから先は─────」
「先輩たち、何をやってるんですか?」
背後からの声に思わずビクッと驚く。
振り返ると黒縁眼鏡をかけた黒髪ショートの女子生徒が立っていた。
「え、えっと、その……」
なんとか誤魔化そうと策を練るが、焦って上手く思いつかない。
樹に視線を向けると、いつの間にか隣に来ていて抱き寄せられた。
「俺の彼女の妹が旧校舎に忘れ物したらしくて、もしかして一年?」
「はい。一年の川岸です。旧校舎内に筆記用具を忘れてしまうなど言語道断。丁度、先生方からお借りしてきましたのでどうぞ」
上手く誤魔化せたのか、すんなりと旧校舎の中へと入ることができた。
ちょっといきなり過ぎ、と小声で怒る。
もっと違う誤魔化し方もあったはずだろうに。
ガチャリッ……
そうこうしているうちに旧校舎の玄関が開いた。
……同時に、妙な異臭が鼻腔を刺激した。
どこか血生臭い、というよりも何かが腐って腐敗したかのような臭いに包まれている。
入り口周辺には何もない。どうやら、今日が山場だとそう感じた。
「妙ですね。昨日まではこんな臭いなんて」
「あっ、川岸さんって言ったっけ? 良かったら一緒に行動しないかな?」
「お断りします」
「な、なんで?」
「私はあくまでも忘れ物を取りに。先輩も同じなら同じ道で行けば早い話ですが、隣にいる方も一緒なので……速やかに戻ってきてください。不純異性交遊になりますので」
凄い剣幕だなぁ。将来、同じ職場で上司とかになってないようにお願いしたい。
で、でも、心配……あっ!
バックの中にしまっていた小包のチョコレートを渡す。
「……口止め料ですか?」
「違う違う! 開けてくれたお礼だよ。ほら、たまには糖分が必要でしょ?」
「……わかりました。では、有り難く頂戴します」
川岸さんは素直にそう言うとスタスタ、歩いていってしまった。
年下の、しかも女の子に嘘をつくのは申し訳ないと思うけど今度、何か奢ろう。
「……で、千乃。どうする?」
「うん……」
昨日は入り口から見て右側の二番目の教室を漁って調べていたら、あの女の子が出てきた。
なら、入り口周辺から調べれば何かわかるかも。
「学習室は入ったから、次はこの教室に入ろう」
「わかった」
入り口から数えて最初の教室を調べることに。
『用具室』と書かれた教室に入るや否や、埃を吸ってしまう。
「ゲホッゲホッ……すごいな、これ」
「暫く使ってなさすぎて、溜まって……ゲホッ」
右の袖口で口を抑えつつ、左手で仰ぎながら入っていく。
ロッカーが六つ、右角に横に並んでいて左手側には黒板と教卓がある。
室内はそれほど古く感じない。片付けられていない掃除用具や教卓の錆といい……年が入ってる。
お互いに手分けして探していると、教卓の中に一冊の本が入っていた。
タイトルは『初心者から始める占い本』。
ペラペラとページをめくっていく。多少、茶色くはなっているが読めないわけじゃない。
だが、読んでいても全くその意味すら理解できないのは男だからなのか。
やがて終盤に向かっていくと……何かが挟まれていたのに気づいた。ページの色と酷似はしているが、この一枚だけまだ新しい。
そっと、ゆっくり引き抜いて見ると……それは、誰かの日記だった。
『五月十二日・晴れ。
今日、私たちはやっと天国を手に入れた。
誰にも邪魔なんてされない。いじめもない。
だから、一緒に居てね……』
最後の文字だけ黒く塗り潰されていて上手く読めない。
「何か見つかったか……オオゥ、相変わらずお前の好奇心は凄いな」
「それはどういう意味?」
「凄いと怖いの両方だな」
「後で覚えてろ、樹」
軽口を叩きながらも、日記のページに目を凝らす。
この私たちっていうのは恐らく、写真の二人……友美子さんと桂香さん。
失踪事件、二人の少女の心中。
この二人のどちらかがあの女の子。
まだ確信に至れない僕と樹は『用具室』を後にした。