写真の少女
教室の扉を乱暴に開けて走り出す。
そう遠くない、入ってきたところより少し離れた場所に座り込んではいた。
慌てて三嶋さんに駆け寄ると酷く怯えた様子で抱きついてきた。
「三嶋さん! 何があったの!?」
「お、おんな、女の子が……っ……!?」
さっき来た道とは反対側を指差す三嶋さん。
その方向に目を凝らして見ると、薄暗い空間の中に誰かが立っているのが見えた。
『───ねェ───ない?』
微かに聞こえた声。
冷たい風がすぅっと身体に染み渡る。
「な、何がないの?」
『────し、ある───?』
ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ
素足なのか床に張り付く音が妙に生々しい。
音がだんだんと近づいてきてるのがわかる。
張り詰めた空気が肌に刺さって、本能的に警笛を鳴らしている。
ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ
『────か、し──ァる?』
近づくに連れて見えてきたのは、青白い女の子。
指先から爪先まで青白く血液の赤、というより血を抜かれた後の青さ。
肩まで伸びた黒髪にはやや白髪が混ざっていて顔は隠れているが、この距離でもはっきりわかるくらいにその目は────血走っていた。
「千乃! これ使えっ!」
後ろから遅れて来た樹の声が響く。
足元に転がってきた何かを拾い上げると、それはさっきの小包チョコだった。数は二つある。
まずは一つと手に持ち、女の子の足元目掛けて投げる。
『──ァぁっ、ォかシ、……ぁった……!』
飛びつくように拾い上げると器用に封を開けて、律儀にお行儀よく座って食べている。
一口一口を噛み締めて味わっている姿にもやけに不気味さを感じる。
その隙に三嶋さんを樹に任せて先に行ってもらう。
二つ目のチョコを持って立ち上がると女の子に向かって叫ぶ。
「ほらっ、あっちだよっ!」
僕と樹が通ってきた教室の廊下のほうへ力一杯投げた。
すると、真横を何かが紙一重とも思えるくらいに通り抜けて風が靡く。
直後、遅れてダッダッダッと遅れて音が続いた。
明らかに人間とは違う。
頭でわかっていたとはいえ、完全にこれで理解したかもしれない。
あれが────『うんめーさん』だということを。
「千乃!」
戻ってきた樹と共に、旧校舎の探索を後にした。
♢
旧校舎からなるべく落ち着ける場所まで離れた。
あのまま居ると、あの女の子が追いかけてくるかもしれない。
確信こそ持てなかったけど、そう納得せざるを得なかった。
道中、生徒や人がいないためか樹が話題を切り出した。
「今日はここまでだけど、偶然にも明日は創立記念日。なぁ、千乃?」
「えっ、どういうこと?」
「つまり、だ。……明日、旧校舎に行く」
唐突ではあるけれど……頷くしかない。
旧校舎で何かしらの情報と解決策を探さないと何もわからないままだともしかしたら……あんな風に白骨化に。
「三嶋さん、大丈夫?」
「……うん。ユキちゃん、ごめんね」
すっかり元気をなくしてしまった三嶋さん。
あの後からずっと怖がっている三嶋さんの手はどこか消えてしまいそうで……、
『────女の子は泣かせちゃいけないの』
もし、泣かせてしまったなら────
「────ユキちゃん?」
「大丈夫、怖い夢はもう終わり。安心して」
ギュッと三嶋さんの頭を胸に押し当てて抱きしめる。
頭をゆっくりと撫でて「大丈夫だよ」と言って落ち着かせる。
暫くして、ゆっくりと離れようとすると逆に力が入って離れてくれない。
「お姉ちゃ〜ん!」
「僕、男なんだけどなぁ」
それから三十分ほど三嶋さんは離れなかった。
♢
午後七時半。制服のまま一人用のソファーに腰掛ける。
那月はテレビをジーと見ているだけで何も呟かない。
「ねぇ、那月。何のテレビ見てるの?」
「────────」
無言。さっきからテレビを見て何かを呟いてはいるのだけれど、上手く聞き取れない。
話の話題もないためそこで会話は終了してしまう。
「はぁ……スマホで調べても載ってないか」
それらしいものをひたすらに調べていても、内容自体がほとんどデマの可能性がある。
一番手取り早い話、当事者の居る旧校舎。
……が、しかし、対策なしでいけば必ず終わる。
「どうすれば……」
プルルルッ、プルルルッ!
カバンの中で聞こえてきたのは、あの着信音。
コソッと取り出してみると相変わらず非通知、誰ともわからない相手。
だが、このまま出ないというのは落ち着かない。
「もしもし……」
ザーッ、ザザザ────ッ……
二回目のノイズ音。流石に二回目となると適応してしまっている自分が恐ろしい。
『…………しゃ、しん……み…………て……』
女の人の声だろうか。ノイズに混じって聞こえてきた声は前回よりも聞きやすかった。
写真、見て? 何かの手掛かり?
カバンの中身を漁っていると、旧校舎にあった写真をみつけた。
左の少女が活気的で、右の少女が内気な感じ。
後ろに写っているのはまだ古くない旧校舎。
それ以外にめぼしいもの……ん?
写真の後ろに薄らと文字が書かれていた。
『五月十九日。二人の思い出 友美子と桂香』
この写真に写る二人の少女の名前だろうか。
手書きでもわかる通り、書き方が女性特有のものと酷似してる。
持ち主がわざと置いていったわけでもないし……。
〜♪、〜♪、〜♪、〜♪
今度はスカートのポケットに入っていたスマホのほうから着信が入る。
……樹からだ。
「もしもし、樹?」
『おう、こっちでも色々と調べたんだけどイマイチ信用できない情報が多いな』
「……お手上げかな」
『……イヤ、そうとも言えない。ついさっきネット上で知り合った人から有益な情報をゲットした』
ゴソゴソと紙を探しているのが電話越しでもわかる。
あった! と声を上げると急に静かな声で喋り出した。
『旧校舎の失踪事件が起きる少し前……二人の少女が
心中したらしいんだ。だけど、見つかったのは一人だけ。もう一人は見つからなかったみたいだ』
となると、もしかしてこの写真は……。
樹にこのことを話すと、
『たぶん……その二人だ』
僕はただ二人の写真をまじまじと見つめた。