手を繋いで
向けられた包丁の持ち手を持って、明後日の方向へ投げ捨てる。
驚いた表情を浮かべる女の子に対して目を逸らさず、じっと見つめ返す。
「どうして、どうして殺さないの? 私は殺されるべきなの。それなのに、なんで? なんで?」
「確かに君は人を殺した。お父さんやお母さん、妹までも殺して赤の他人も巻き込んだ。とっても悪い子だよ。だけど────僕は、殺さない」
道を外してしまったが故に起きた。
父親が仮に妹より姉を選んでいたら逆の立場にもなり得るし、平等にしていてもいずれかは亀裂が入る。
もしかしたら、救われるはずだったのにそうなってしまうこともあるから。
『シホちゃん』が言っていたお姉ちゃんはきっとこの子のことだろう。
しっかり者で少々、荒いけどかっこよくてそれでいて綺麗で、僕にとって二番目のお姉ちゃん。
それにこの子は泣いてる。
ある人から教わったこと。
それは、女の子は泣かせちゃいけない。
本人が目の前にいるからある人は必要ないかな。
「もう、大丈夫だよ。これ以上、苦しむ必要も悲しむ必要もない。愛されてないなんてない。短い間だったけど、こう見えて君の家族だったから。大好きだよ、お姉ちゃん」
「私、悪い子だよ? 殺されるべき、なんだよ? だって、だってだって! 私は────」
「君は一人じゃないよ。もう、泣くこともない」
誰かに愛して欲しかったから。
誰かに知って欲しかったから。
誰かに許して欲しかったから。
────だから、僕が今度は助ける。
あの世界では良いこともあって、怖いこともあって仲が良い親友も、笑顔溢れる友達も出来た。
初めて人間として生活を送ってきてとても大切な思い出も出来た。
それに大好きなお姉ちゃんにまた会えたから。
ずっと大好きなお姉ちゃんに会いたかった。
会話も出来て、ギュッと抱きしめてくれた。
僕のことを考えてくれるけどその反面、繊細で傷つきやすくて。
それでも頑張ってくれて僕を探してくれた。
だから、今度は僕が頑張る番。
「いい、の? 私なんかと、一緒にいたらまた──」
「その時は僕が必ず止める。君がそうならないように僕が傍にいる。だから、もう泣かないでいいんだよ」
膝を地に着けて肩を抱き寄せる。
「大丈夫だよ」と何度も言い聞かせながらゆっくりと頭を撫でて、ぎゅっと抱きしめる。
もう一人じゃないから、もう泣かないで。
電話の人が言っていたのはこの子がまだ幼くて一人では立ち直れないから、誰かが消える必要がある。
僕なりの解釈だけど、寂しい気持ちはよくわかるから。
ゆっくりと離れると静かに女の子は言葉を零した。
「ありがとう」
目から流れる涙は悲しさではなく、嬉しさなのか。
優しい笑みを浮かべる顔には曇りの一つもない明るさには、迷いも感じない。
『黒兎』の面影もすっかり消えて今はもう普通の女の子。
道こそ間違えてしまったけれど来世ではきっと幸せな生活を送れると信じて。
「ありがとう、私を助けてくれて。実はここに来る前にシホちゃんっていう女の子がいたんだけど、その子が『これから会うお兄ちゃんはきっと助けてくれる』って教えてくれたの。今ならよくわかる」
「どういたしまして、かな? 僕はこれでも弟、だったからね。お姉ちゃんのことはわかってるつもり」
「ふふっ、おかしいなぁ。なんだか本当に大きな弟が居た感じがする。嬉しかった、ありがとう」
女の子の足元から徐々に光の結晶のようにサラサラと散っていく。
それは周りの景色も同じらしく風に吹かれるようにゆっくりと消えている。
「バイバイ、私はもう行かないといけないから」
「うん。わかった、気をつけてね」
「私はお姉ちゃんだからね! バイバイ、千乃」
刹那、記憶の姿と今の姿が重なって見えた。
小さな手を振って笑顔で消えていった女の子、もとい真冬お姉ちゃん。
景色も既に真っ白に変わってしまい、徐々に僕の右手も薄くなっているのが見てわかった。
初めてお礼を言われた気もするし、初めてあんなところを見た気もする。
これ以上は蛇足かな、それよりも後は────。
「──────ユキノ!」
「お姉ちゃん、どうしてここに?」
「『黒兎』が突然苦しみ出して消えたと思ったら、まさかこんなことになってるなんて。ユキノ、もしかして……ううん、聞かなくてもわかっちゃったよ」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。ここまで会いに来てくれたのに、またお別れしないといけな────」
顔を俯かせたまま抱きついてくる那月お姉ちゃん。
甘い柑橘系の匂いと血の匂いが混じっていて、抱きしめている腕は震えている。
背丈の差はそんなにないのに何故かお姉ちゃんの姿が大きく見える。
話の続きを喋ろうにも、耳元で聞こえる泣き声を必死で抑える嗚咽に喉から言葉が出てこない。
「……バカだよ。本当にバカ。一人で勝手に居なくなってまた一人で勝手に消えようとしてる。背丈や身体は小さいクセに私と同じ格好を着ようと見栄張って、傷ついても大丈夫って強がるし、勝手にお別れを告げようとしてる。でも────人のために涙も流せて気持ちに寄り添えるのは私が知っている限りで、右に出る者はないほど自慢の、大好きな弟だよ」
「お姉ちゃん、それ褒めてるの?」
「それくらい察してよ、ユキノ。……それに、ここに来たってこともなんとなくわかるでしょ?」
「え?」
抱きしめていた手が解けるとお姉ちゃんの両手は透明に透けていて、光に溶けている。
僕と同じように、お姉ちゃんも消えてる?
どうして、どうして!? お姉ちゃん!?
「ユキノ、約束したでしょ? どこにいても必ずユキノに会いに行く」
「でも、それとこれとは話が違う! ここにいたらお姉ちゃんまで消えちゃうよ! い、今なら、まだ間に合うかもしれない!」
「ううん、もう難しいかな。あっちで一人待つより、ユキノと一緒に居たほうがマシだよ」
「お姉ちゃんこそ、お姉ちゃんのほうこそバカだよ! どうして、約束を守るの!? お姉ちゃんが消えちゃうから、僕はこうしてここにいるのに。お姉ちゃんのほうがバカだ!」
「ユキノだってバカだよ! 私がユキノのためを思って消えようとしていたのに、どうしてそれをわかってくれないの!? ユキノが消えて欲しくないからなのに、わかってよ! ユキノのバカ!!」
「だったら、なんでいつもそうやって隠すの!? 僕のためを思ってくれるなら、せめて約束を破るぐらいで僕は怒らないよ。だって────!」
「そうしないとユキノは絶対に首を突っ込んできて、また怪我して大丈夫って強がる弟を黙って見ているお姉ちゃんがどこにいるの!? 弟を見捨てていられるほど私は薄情じゃないよ。だって────!」
『大好きな────お姉ちゃん/ユキノだから!!』
お互いに息も絶え絶えになるまで心に溜めた気持ちを言葉を全部、吐き出した。
大好きなお姉ちゃんだから、ここまでできるんだ。
お姉ちゃんも僕のことを大好きだから、ここまで来てくれたんだ。
だからって、嫌いになんてなれないから。
ここで突き放すように言っておかないと後悔しちゃうから、何より僕のお姉ちゃんだから。
腰まで浸かるぐらいに消えてしまい、歩くことも近くにいるお姉ちゃんにさえ手が伸ばせない。
「ごめんなさい、お姉ちゃん。怒った?」
「こんなぐらいで怒るならとっくに怒ってるよ」
「本当はね、言いたかったことがあるんだ。那月お姉ちゃん」
「なーに?」
「ありがとう、僕を探してくれて会いに来てくれて」
「当たり前だよ。ユキノがどこに居ようと私は必ず会いに行くから────」
意識さえも薄らとなっていき、最後の言葉までは聞き取ることさえ出来ない。
ただ、なんとなくだけど─────大好きだよ、と。そう言っていた気がした。
♢
「真冬〜? そろそろ出かけるわよ〜?」
「はーい! ……それじゃ、行ってくるね二人共」
一階から響いた声に少女は大きく返事を返す。
部屋を出る際に椅子に座っている二人に声を掛けてから出て行く。
賑やかに聞こえる一階からは楽しそうな親子の声が響き、とても楽しそう。
それを微笑ましく笑みを浮かべている二人の人形。
今日も仲良く二人手を繋いで。




