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キミが消える未来(あした)から  作者: 秋桜
第五章『二人の人形』
48/59

紫苑の花を添えて 下

 

 暗い夜道、間隔が空いた外灯の下をゆっくりと歩いていく。

 肩から下げたカバンにはほとんど荷物など入っていないのに、重たく感じる。

 ────はぁ。ため息混じりに吐いた息が白く染まる。

 左手の血行が悪いのか、感覚が薄れていく。

 家までの帰路は約一時間。現在位置が半分だとするとまだあと半分は歩くことになる。


「……はぁ」


 足元に積もっている雪がザクザク、滑るのはごめんだと思いながら歩いていく。

 電車に乗ってしまえば楽、なのだがなるべくは避けたい。

 バイトをしているわけでもない。

 ましてや習い事や部活動に励んでいるわけでもない。


「今日の夕飯、どうしようかな」


 高校生に上がり、早二年が過ぎた。

 両親は他界。親戚の叔父による援助で家賃と食費を凌いでいるが、あと何年もすれば社会人。

 働いて恩返し、と言ってもこの容姿では碌な仕事にはつけないと思う。

 背丈は低い、手足は細くて、女の子よりの顔立ち。

 よく勘違いされやすい性別と言っていい。


「でも、あの人だけは違う」


 今まで見てきた人間よりも、惹かれるものがある。

 わからない。ただわからないだけれど、いつかは理解してみたい。


「次も、楽しみ」


 自然と心からの笑みが溢れる。

 ちょっとずれてるものもあるけど、なんだか楽しかった。一緒に居て嬉しかった。

 まるで、()()()()()みたいな。


 ガタンゴトンッ ガタンゴトンッ


「あれ? 時刻は……あっ!? もう行っちゃったよ、どうしよう」


 電車の走行音が鳴り響き、慌ててスマホの画面を見ると出発時刻を過ぎていた。

 記憶が正しければ次の時刻は一時間後。

 現在地からあと数歩の距離で乗り遅れて、駅のホームで待ちぼうけ。

 渋々、階段を上りホームにある椅子に腰掛けようとすると張り出された広告が目に入った。


「『恋愛成就なら乙女神社』……神社か。叶えてもらいたい願いではあるけど」


 噂程度では耳にしたことがある。

 恋愛成就の神様として祀られている神社で、その神社へお参りすると必ず叶うと言われている。

 参拝客は男性が大半を占めていて、なんでも……綺麗な巫女さんが居るんだとか。


「必ず叶うなら行ってみようかな」

「こんばんは」

「うわぁっ!?」


 耳元で囁かれ、思わずその場で尻餅。

 クスクスと笑うのは見知らぬ着物の女性。

 紫と青を使った着物と帯、花の簪をつけていてどこかで見たことがある形の花が思い出せない。


「こんな時間に学生さんがいるとは思わなくて、つい声を掛けてしまいました」

「い、いえ、こちらこそ」

「あら? 殿方なのかしら?」

「え? あっ、はい。よくわかりましたね」

「えぇ。半分は女の勘、ですがね」


 立話もなんなので、と互いに椅子に腰掛ける。

 こんな時間に学生さんと言っても、こんな時間に着物の女性というのも不思議だと思うけど。


「先程、『乙女神社』の話を通りすがりで聞いてしまいして」

「すみません、独り言なんです」

「よろしければお聞きしますよ? 勿論、差し障りなければですが」

「その、年上で一個上なんですが、気になっている人がいまして。この身なり故に断られてしまいそうで」

「恋に年齢問わず、容姿などの外見、性格などの中身は度重なる人生に置いては小さなモノです。ましてや殿方である貴方が頑張らず、どうするのですか?」

「なんというか、相手にしてもらえなさそうで」

「だからこそ! 努力しないでどうするんですか!? あなたが振り向いてもらえるように」


 そういうものなのかな。僕でも大丈夫なのかな。

 着物の女性はにっこりと笑いながら、


「もし、それでもダメだったら『乙女神社』に来てくださいな。私、そこで巫女をやってますから」

「ありがとうございます?」


 さりげなく宣伝をされたのか、今。

 そこにタイミングよく到着した電車で家の最寄り駅まで乗って行った。


 ♢


「ゴホッ、ゴホッ……はぁ、はぁ、はぁ……んっ」


 喉の奥から込み上げてくるあの感覚。

 右手で口を抑えても、小さな指先を伝ってベッドのシーツを赤く染める。

 空いている左手でベッドの隣の机に置かれた水を一杯流し込む。

 鉄が混じっている、あまり普段は感じないような味はこれで何度目なものなのか。


「まだ、私はっ……はぁ、はぁ」


 早く明日になってくれないかしらね。

 明日になれば、きっとまた会える。

 だから、まだ私は死ぬわけにはいかないの。


 ♢


 翌日。知らない番号からの電話で飛び起きた。

 最初こそ疑いかけたけど、あの人のことだと聞いて慌てて着替えて病院へと向かった。

 無人駅から乗って三つ目の駅に降りて、そこから本来ならバスに乗るところを僕は駆け足で走る。


「はぁっ、はぁっ……!」


 バスに乗って三十分の距離を途中、横断歩道と信号に捕まりながらもなんとか一時間以内で走りきった。

 落ち着かない胸の鼓動は疲労感よりも考えるべきではない。今はただ無事であることを知ること。

 受付のナースに聞くとちょうど今、集中治療室から出てきて眠っているところらしい。

 それでも構わない、無事であることを確かめたい。

 案内役のナースに連れられてあの人のところへと向かう。


「ここになります。まだ麻酔が効いているので、万が一何かありましたらナースコールを押してください」

「わかりました。ありがとうございます」


 ナースが出て行くのを確認して、ベッドの隣にある椅子に腰掛ける。

 病室のベッドに眠る()()()に僕は何が出来るのだろうか。

 ただ椅子に腰掛けるだけ、手を握って祈るだけ。

 身体は痩せ細り、白い肌もここまでいけば最早雪のように脆くて温かさを感じない。


「どうして、ここまでになってから」


 因果応報だとは思ってる。この人に対して何もできなかったから、今何もできない。

 無情にも僕の目からは涙が出てくる。

 悔しくてしょうがない。何もできない僕自身はこうして生きているというのに、僕には何もない。

 ────だから? ただ泣くだけしかできないのか?


「……っぐぅッ……! どうすればいいの、どうすれば助けられるの」

『ふふっ、ふふふっ……この女を助けたいか? 余命も少ないこの女のために、()()捨てる覚悟はあるか?』

「誰、なんですか?」

『答えろ────この女のために()()()()()はあるか?』


 初めてだったんだ、僕にこんなに優しかった人は。

 今まで見てきた人間よりもずっと惹かれて。

 まるで本当に()()()()()のような存在で。

 だから、答えなんて決まってる────。



 ────やがては終わる、そう望んでいた旅路。

 ゆっくりと秒針は進み、右には回るが左には戻らない。

 出会いさえ、同じ立場であったなら。

 あるいは、普通に出会えていたのなら。

 進み過ぎたということはない、逆も然り。

 この後、この男に何が起こったのかは考える必要性はないと言える。

 始めに私が伝えたようにこれはあくまでも、始まり。

 大切な人がいるなら、尚更遅すぎるのよ。


『どうせなら、ちゃんと言って欲しかったわね』


 ()()()()()に従うくらいなら、なんて今の私ができることじゃない。

 だけど、ここで読んでいてもあの子は来ない。

 あくまでも()()()

 傍観者であり続けなければならないのが辛い。

 伝えたかったことはある、いっぱいある。

 だから、私に出来るのは────。


 さて、長話がすぎましたね。

 いずれ私自身もこの役が終わり、傍観者としてではない役割があるものなのか。

 それは、また別のお話。

 紫苑の花を添えたのは一体、誰なのか?


『私は傍観者。()()()()()は最後の幕を開ける』


 次の章は最後であり、最終章。

 物語の結末が訪れるとき消えた未来(あした)は────。

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