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キミが消える未来(あした)から  作者: 秋桜
第五章『二人の人形』
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紫苑の花を添えて 上

 

 風に乗る埃のように外には雪の雨が降り始める。

 ゆっくりと目には見えない小さな結晶が地面に一つ一つ、落ちていく。

 まだ昼下がりというのにこんなにも寒く感じる。

 家の近くで咲いていた桜の木も今は蕾を残して冬を越す。

 窓は白く染まっていて、吐く息もより白く見える。

 子供たちだろうか。和気藹々(わきあいあい)とした声がよく聞こえる。

 雪が降って何が楽しいというのか、理解し難い。

 地面に足を着くこともできず、自分一人の力では何もできない成り損ない、車椅子で過ごす毎日。


「そうは思わない?」


 膝に抱えている()()()人形に微笑む。

 身寄りもいない私にとってとても大切な家族。

 笑わない、泣かない、喜びも無ければ悲しむこともしないただの人形だと他人(ひと)は言う。

 でも、この子たちにだってちゃんと()があるもの。


「もうすぐ()()()()やってくる時間だろうから、楽しみね」


 ♢


 夜。外はすっかり真っ白に染まっていて、雪景色というにはこれほどまでに当てはまるものはない。

 今日は遅いわね、あの子。

 いつもならこんな暗くなる前に来るはずなんだけど。


 ピンポーン!


 玄関先から聞こえたインターホンに心なしか口元が綻ぶ。

 ゆっくりと両手で左右の車輪を回してリビングから右側にある玄関を目指す。


「今、開けるわ」


 玄関に段差はなく斜めで、私が行き来しやすいようになっている。

 靴の置き場所は私から見て左にある靴箱に、傘はその反対に。

 施錠されていた玄関の鍵を開けるとその扉がゆっくりと外側に開く。


「こ、こんばんは……」


 恐る恐る覗き込むように入ってきたのは、小さな男の子。手足は細くて、白くて、頰が柔らかくてまるで女の子みたい。

 学校帰りなのは知っているから制服姿なのは当然のことで、ちょっと大きすぎるマフラーを巻いてる。

 リボンが似合いそう────そうだ、そうしよう。


「今日は遅かったわね」

「ご、ごめんなさい! その、実は……」

「いいわ、別に。私からしたら何の意味がないものだもの、それより遅くなったことだけど……」


 少し説得ということもあって時間かかったかと思ったけど、そうでもなかったわね。

 白いブラウスの上に茶色のカーディガン、黒のスカートに黒のストッキング。

 黒髪ロングのウィッグを付ければ、完成。


「あ、あの、この、格好は……っ!」

「似合ってるわよ。この姿で男なのが少し頂けないのだけれど」


 そこに……があればまた違うのかしらね。

 普通に存在する感情すら私にはまた理解できないものなのだから。


「まるでお人形さんみたい。あの子たちもきっと喜んでくれる。むしろ少し考えすぎかもしれない。さぁ、お手伝いさん。私に温かい紅茶を淹れてくださいな?」


 慣れない足取りでいつものようにリビングへ向かうと、棚の中にあるティーポットとカップを取り出す。

 ヤカンに水を入れてガスコンロの上に置くとそのまま右に回して捻る。

 暫くの間、沸騰するまでの時間、暇なのよね。

 リビングのキッチンにて立っているお手伝いさんの彼に私は意地悪く話しかける。


「どう? 初めての女の子の服装は?」

「えっ!? あ、あの、凄くスースーしてて、ひらひらとしたスカートも初めてなので、凄く……」

「凄く?」

「恥ずかしいです」

「そう」


 リビングにいる彼に背を向ける。

 だって、凄く口元が緩くなっているんだもの。

 私とて一人の女、決してあんなに小さな男の子に対して悪戯をしたいやもっと可愛い服を着せたい、なんて決して……でも、()()()()()()()()


「……ゴホッ、ゴホッ!」


 喉の下から込み上げてくる感覚をなんとか抑えて、咳も極力()()()()()ようにする。

 お手伝いさんには知られたくない事実、それ故にまだ隠し通さないといけない。

 口を抑えていた左手を離して、その手の内を見る。


「まだなのよ、まだ私は……っ!?」


 ゴホッ、ゴホッと本日何度目かの咳が出る。

 口の中で駆け巡る慣れたくもない鉄の味と絶え絶えになる呼吸。

 右手に握り拳を作り、ゆっくりと顔を上げる。


「ちょっと、お手洗いに行ってくるわね」

「は、はい! すぐに出来上がるのでもうちょっとお待ちください!」

「楽しみにしてるわ」


 左手の内を見せないように隠して、右手で車輪を回していく。

 ゆっくりとした足取りと言うべきか。

 リビングを出て左奥の洗面所に向かう。

 静かに扉を開けて、洗面所の蛇口を捻る。

 冷たい。ただ冷たい水。

 近い日に私もこんな水みたいに────。


「……違うッ、違うッ! 私はまだ!」

『ククッ、滑稽と言うべきか。愚かというべきか。随分と弱ってきたんじゃないのか?』


 鏡に映る黒くもやっとした雲のような存在。

 私の隣には勿論誰もいない。私にしか見えない。

例えるなら人影にも満たないただの黒いシミ。


「黙って。お前には関係ないもの、さっさと出ていくことね」

『連れないものだな……あの子供が心配か?』

「お前には関係のないことよ」

『言ってないんだろう? ()()()()()生きられない身体のこと」


 右手を思いっきり握り締め、唇も噛み締めて湧き出てくる感情を抑える。


『どうやらまだ説明してないらしいな。そこまであの子供に執着する理由がどこにある? 大切な()()と大差ない』

「馬鹿にしないでッ! あの子は、あの子は……私にとって大切な()()なの!」

『どこまでそう言ってられるかな? 少なくとも、あの子供は……ククッ』


 意味深な言葉を呟いてスーッと煙の如く消えていく。

 そろそろお手伝いさんが待ちくたびれそうね、さっさと手を洗って行かないと。


 ♢


 突然ですね、こんなお話を聞いていただくことになってしまうというのは。

 私とて皆さまの総意と相違にはなるべくご理解あると言える、とは不確かですがね。

 今回のお話は筆休み、言わばちょっとした息抜きと捉えていただければと思います。


 え? 早く本編を? それは困りますね。

 起承転結、曰くここでやっと物語が始まると言っても過言ではありません。

 何もが遅すぎることはない。

 何をしようにも、何を考えようとも早すぎることはあり得ても遅くなるようなことはない。

 全ては自己完結です。私が答えるわけではなく、皆さまが答える。

 いずれにしろ、()()()()()()()()()()

 私のお役目もあと少し、と迫っております。

 話せる機会も限られているのでどうぞご理解を。


 紫苑の花とは一体────はて、どういうことなのでしょうか?

 次にお会いすることができましたら、その時にでもお伺いできることですから。

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