欲しいもの
すっかり夜になった景色を背後に、僕はある人を待っていた。
後悔の念を抱いても、あの子が納得しないと意味がない。
僕自身が一番の……否、考えていてもしょうがない────そろそろ、来る。
場所は『夜見井屋駅』。人が少ないから余計に不安だけども、いざとなったら走るか叫ぶか。
遠くから走ってくる人影に気づくと駅のホームにある椅子から立ち上がる。
「はぁ、はぁ、すまない、遅くなった」
「いえ、僕も突然呼び出して申し訳ないです。話というのは、『シホちゃん』についてで────その前に一つ確認したいんですけど。おかしって知ってます?」
「お菓子? あ〜、おかしな。確か喋るな、駆けるな、押すな、だろ。それがどうした」
「単刀直入に言います。この行方不明の犯人は文月さん。貴方ですよね?」
冷たく重たい空気が吹き抜ける。
その場の空気感が変わったとも言える雰囲気に足が震える。
怖い。でも、ここで立ち止まってちゃ何も解決なんてしない。誰もしてくれない。
「何を言ってんだ。ついにはおかしくなったか?」
「ふざけないでください。僕は真面目です、貴方が学生たちを殺した。十年前の学生も含めて」
「俺はただのジャーナリストだぞ? 俺が人殺しだ?
バカ言ってんでんじゃねーよ! それとも、あれか?そうしないと自分の心を保てなくなったか!?」
まだ踏み込めてない。あと少し、少しで見える。
この人の本性が必ず顕らになる。もう少し堪えろ。
「喫茶店で飲んだコーヒー、貴方はジャリジャリと違和感があると言った。でも、あの喫茶店事態はなかったからコーヒーやオレンジジュースも本当は存在しない。だとしたら、そう存在しないと知っていながら喫茶店へ連れて行った」
「はっ、根拠はあんのか? 動機は?」
「貴方は飲んでいたわけではなく、飴を食べていた。だからジャリジャリしていて、飲んだフリをした。動機は息子さんでしょうか」
「……はぁ、わかったよ。お前さんはたぶん、疲れちまったんだよ、早く帰んな」
右肩を二度軽く叩いて背中を向ける文月さん。
本当はこんなこと言いたくないけど。
左手で握り拳を作ると言葉を呟いた。
「息子さん、この駅で死んだんですよね。同じ学生さんに突き飛ばされて」
文月さんの歩いていた足が止まる。
顔を見なくてもわかるほど怒りと憎悪が背中から滲み出ている。
誰だって踏み入れて欲しくないものがあるように、貴方がしていることは決して許されることじゃない。
「ぶつかって落ちた。そう当時の学生さんは証言して警察も事故扱い、深く取り下げることもせずに解決。でも、その後からあの噂が広まり始めた。捜査をしない警察、まともに話を聞かない周りの人、貴方にとって唯一の息子はもう戻らないのに誰も信じなかった」
「……何が言いたい?」
「これ以上『シホちゃん』を悪者扱いしないでください。あの子はただ優しいだけだ、欲しいものを聞くのはあの子が一番与えられることがなかったからだ!」
実は『シホちゃん』から聞いた。
この『夜見井屋駅』であったこと、『シホちゃん』の本当のこと。
元々、あまり普通とも言えない家庭で育ってて食べるものも楽に食べれなかった。
毎日食べ物に飢えていて、着るものもボロ布のように汚れて挙げ句の果てには駄菓子屋さんの商品に手を出してしまって────。
「だから、文月さん! これ以上、息子さんのために復讐をするのはやめてください!」
「……フッ、ふふっ、ふはははっ! 久遠、面白い冗談だよ。あ〜、たしかに俺は息子を殺された! そのために学生を殺した、何人も。ガキは何人だか忘れたなぁ。『シホちゃん』とかいうガキも思い出してみれば俺からしてみればただの子どもなんだよ。それに、一つまだお前は見つけられてない」
「どういうことですか?」
「その学生さんが殺された場所は何処でしょうか? 答えは────ふんっ!」
「ぐぁっ!?」
文月さんの不意打ちに咄嗟に行動できず、そのままホームの床に押し倒される。
馬乗りになった文月さんは両手で僕の首を絞めてきた。そうか、見落としてた!
殺したのが文月さんでその場所はここだったんだ!
「ふ、ふふはははっ! 細い首を絞めるのは堪らないくらいだ! 簡単に折れてくれるなよ? その苦しい表情をたっぷりと晒して惨めになァ!」
「……ッぐぅ! ……ゃめ……!」
息苦しい。呼吸するのもやっとだ。
大人の男の人の腕力と僕の腕力とじゃ、比較するまでもなく押し負ける。
足をジタバタともがけば余計に力が抜ける、試行錯誤していれば余計に死が近くなるだけ。
両目に力が入って血走る感覚が直に伝わってくる。
苦しいッ! 誰かぁッ……!
『み〜つけた〜♪ 嘘つきな男の子!』
意識を失いかけた時、幼い子供の声が頭に響く。
薄くなっていた視界もやがてクリアになっていくと周りに小さな子供たちが囲むように立っていた。
笑っている子供、泣いてる子供、それぞれ違う行動をしている子供たち。
「な、なんだ、てめぇら!」
『嘘つき男の子』 『見つけた』 『やった!』
「あ? 人様を見て何笑ってやがる! 殺すぞ!?」
『殺す?』 『殺すだって』 『元より僕たちは』
『お前を殺しにやってきた』
クスクスッ、と子供たちの笑い声が聞こえる。
首を絞めてきた文月さんの両手を力一杯引き剥がす。
なんとか距離を離して、呼吸をしようと喉から咳が出てくる。
「ゴホッ、ゴホッ……ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!」
息をするのがこんなに苦しいなんて。
肺に酸素を送ろうと必死になって呼吸が早くなる。
まだ絞められていた首元が痛んでるけど動けない、喋れないわけじゃない。
「や、やめろ、やめてくれッ、お、俺はっ まだっ、死にたくない! なぁ、助けてくれッ!」
文月さんが必死に命乞いをするけれども、子供たちはただ笑っている。
でも、これ以上は止めないといけないのに足が上がらない。
『お兄ちゃんは見ててね、私を犯人にした哀れな男の子の最後を』
「やめて! やめて『シホちゃん』!」
『僕たちは』『私たちは』
『お前に殺された。だから、今度はお前の番だ』
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァッ!!」
文月さんは駅の白線の外側に引き寄せられるように足を踏み外して、到着寸前の電車に轢かれた。
途中、骨が砕けて肉が潰れるような音がやけに耳元で聞こえた気がした。
突然の出来事、否、目の前で人が電車に轢かれた現実に思わず口元を抑える。
胃から込み上げてくる物はないとしても、口元を抑えるのは正解かもしれない。
とても嗅いでいて不快にさせる異様な臭気が鼻腔を刺激しているからだ。
『ありがとう』 『お兄ちゃん』 『ありがとう』
周りに立っていた子供たちが小さな手を振って感謝の言葉を呟いて消えていく。
その表情は明るく生前の姿と言うべき白さで、笑っていて思い残しがないように見えた。
『ありがとう、お兄ちゃん。私もそろそろ行くね。お姉ちゃんはすぐそこにいるから、気をつけてね。バイバイ』
すぅっと身体から何かが抜ける。
最後の言葉が『シホちゃん』からのお礼なのか、もしくは忠告なのかわからない。
あの子供たちが救われたのは確かかもしれない。
そう思いたくなってきている僕がいる。
♢
────さて、第四章いかがだったでしょうか?
え? 結局不可解な点どころか説明不足?
いやいや、確かに私自身説明を省かせていただいたこともありますが、その点に関しましてはよーく考えていただけると幸いです。
『狐と少年』。まぁ、これはもしかすると……ふふっ語るか語らないかの問題ではなく、お願いですから。
今回作中におきまして、不可解な点の中でお菓子とぬいぐるみ、学生と……これ以上、伝えてしまうのは些か良くないと思います故。
今回の行方不明の事件の真犯人である文月真。男の職業はジャーナリスト、新聞記事。
おや? お気づきになられましたか?
実はこの男、名前すら嘘だったということです。
最後に、もう一つ。
お菓子を持ってきてなのに、何故家の前なのか?
盗んだのはではなくて……盗んできただったら?
その結末は皆様の内で考察していただければ幸いです。




