幻の駅
またあのベッドの上に座っていて、手元にはぬいぐるみと目の前には姿見鏡。
懐かしい感じがする場所、でも、僕は覚えてない。
病室。それも、子供の頃に居たかのような雰囲気だけれど思い当たる節もない。
何を思い出せばいいのか?
「僕が忘れてるもの」
それは、一体何? 思い出してはいけないこと?
ダメだ、思い出せない。僕が忘れてること、僕が一番思い出さないといけないこと。
ふと、姿見鏡に映る自分の姿が目に入った。
そういえばこんな鏡なんて普通に考えれば病室にはないものだ。
一度ベッドから足を出して地に着く。
素足の状態で気にせず姿見鏡の前に立ってみる。
白いワンピースのような寝間着に背中まで伸ばした茶髪、その他に違和感といえばこの服装……まるで。
「どこまで思い出せた?」
「うわぁ!?」
か、鏡の中の僕が、しゃ、喋った!?
夢の中という幻想的なものとは違う現実味がある。
鏡の中の僕はニヤリと笑うと不思議そうに目を細めて屈む。
「そんなに驚くこと? ボクが体験したことに比べれば何倍もマシだろう?」
「い、いや、だって、か、鏡の中の僕が」
「そこは気にすんなよ。────単刀直入に伝えておく。時間がない、早く思い出してくれ」
刹那、焦りを隠せない真剣な表情で僕を見つめる。
時間がない、だって?
そう言われたって僕には何も思い出せない。
はぁ、とため息を吐く鏡の中の僕に対して、強制させられているような強引さも感じる。
「時間がないなんて言われても、わからないものはわからないから」
「わからないはずがない! お前が一番よく知っていて、それを一番理解している! だって! あの人がまた泣いちゃうんだよ!」
「あの人って、誰?」
「お前がよく覚えてる、お前の……」
薄らと意識が、遠のくように消えていく。
鏡の中の僕が必死に何かを訴えかけていても、何も聞こえない。
そのまま床に倒れ込むと、ゆっくり瞼を閉じた。
♢
冷たい床に散らばっている新聞紙とメモ用紙。
確か昨日、自室に戻って文月さんと連絡を取って『シホちゃん』のことを話して、それからたぶん寝ちゃったのかな。それでこんなに散らばってる。
手元に転がっていたスマホの画面を確認すると、午前十時を回っていた。
夏休みが終わるまで残り二日。早く見つけないと。
服も皺にはなってないと思いたいけど、とりあえず一旦着替えてから考えよう。
「そういえば、なんの夢を見てたんだろう」
誰かと話をしていた気もする、誰と?
僕自身しか知り得ない夢なのにこの疑問は不自然だ。
でも、焦らないといけないそんな気もする。
僕が覚えていないと誰にも相談できないし、ただの絵空事になってしまう。
このまま考えてもいたいけど、昨日文月さんに電話したときに合流場所を聞いていなかった。
たぶん、『夜見井屋駅』かな。
文月さんには着いた時にでも連絡を取ろう。
持っていく荷物はリュックサックに黒い携帯、粗塩と懐中電灯、あとは。
「念のため、アレも持って行こう」
リュックサックに丁寧に物をしまって替えの服──高校の夏服──に加えて半袖の青いパーカーを羽織る。
この時期に厚着は少し苦しいかもだけど、他の人に疑われないようにしないと。
♢
無人駅から乗って『夜見井屋駅』へ向かう。
車内は人があまりいない、というか乗ってなかった。
蛇のように動く車内の後方車両には誰も乗っていない。
対する前方車両にも車掌さんが運転しているだけで見当たらない。
おかしい。いつもなら、数人は乗ってる。
違和感を感じて揺れる車内の前方へと足を運ぶ。
車両の繋ぎ目を二つほど通り過ぎていく。
車掌さんの車両まで残り一車両というところで雑誌が一冊、ページが開かれたまま置かれていた。
本の栞代わりに切符のような小さな紙が挟まれている。
小さな紙は真っ黒に塗り潰されていて、何もわからない。
開かれているページには、『『幻の駅』からの手紙』と書かれていた。
『もし、この手紙を読んでいる方がいるならきっと私はもうこの世にいないことでしょう。私が今、立っているこの場所こそ噂の『幻の駅』です。噂とは似て非なるものと最初こそ思っていましたが実際は違う。
真っ暗で街灯こそあるが、それ以上に産毛に至るまで早く逃げろと、立ち止まってはいけない。
周りを探しても何もなく、帰る術すらないこの状況で私は反対側のホームに女の子に出会った。
女の子は白い服で片手に何かを抱えていて、暗闇でもわかるくらい不気味に笑い──』
途中で手紙が途切れている。
間違いない。この手紙の内容から察するに『シホちゃん』だ。
でも、内容とは関係なく『幻の駅』に来た人を攫うのか?
それなら、僕の家に来た時点で矛盾している。
僕はまだ、願い事をしていない。
雑誌に夢中になってる暇はない、車掌さんに────
『切符、拝見します』
「……ッ!?」
雑誌から目を離した途端に、俯き顔で棒立ちの車掌さんが立っていた。
深く被った帽子から顔は伺えないがやや肩から力が落ちていて、揺れる車内に倒れてしまいそう。
なんとか雑誌を落とさないように抱えると応える。
「き、切符?」
僕が乗ってきた無人駅には切符どころか改札口すらない。
降りる際に料金を払うのみで、切符なんて。
『……切符、拝、見……しま、す……』
ふらつく足取りで左足を一歩、こちらへと歩き出す。
続くように右足を一歩踏み出して右手に持つ検札鋏をカチカチ鳴らす。
また一歩、と近づいて来る車掌さんから離れようと後ろ向きに足を動かす。
背中を向けないように震える足でなんとか後退させる。
「あ、あのっ、ぼ、僕、切符なんて……ッ!?」
『切符、拝、見、しま、す……切符、拝見、しま、す
切符、拝見、します、切符……拝見……します……!』
全くテンポが揃わないメトロノームのように同じ言葉しか喋らない。
しかも、このまま後ろに下がれば車両同士の繋ぎ目で背中のほうから涼しすぎるくらいの風が吹いてる。
切符、切符なんて……そうだ、さっきの!
雑誌の栞代わりに挟まれていた小さな黒い紙を車掌さんに差し出す。
『切符、拝見、しました……』
カチッと音を立てて検札鋏で穴を開けると丁寧に返してくれた。
ゆっくりとした歩き方で後ろの車両へと去っていった。
バクバクと落ち着かない心臓を深呼吸と言葉で落ち着かせる。大丈夫、大丈夫だから!
『次は……『宵闇駅』 次は……『宵闇駅』』
突然の車内アナウンスが響き渡る。
聞いたこともない駅名だけど、もしかしたら次の駅が『幻の駅』かもしれない。
とりあえず、降りてみるしかわからないか。
暗い夜道を通り抜けるかのように窓から見る景色は異常に、暗く思えた。




