招かざる訪問者
無人駅から歩いて帰ってきた直後、那月は用事を思い出したと言って出て行ってしまった。
一人で昼食を済ませて『シホちゃん』という情報を元に調べてみることに。
────あった。文月さんの言う通り、あの町で相次いだ『連続失踪事件』はおおよそ十年前。
『うんめーさん』の噂が何十年前、正確にはわからないけど合致するかもしれない。
それだけじゃない。もしかすると、『乙女椿』や『黒兎』も繋がってたり……否、これは些か早計とも言える。
仮定から結論には実験、つまり事実と証拠がないといけないから。だとすれば、探しようがないこともないにも関わらず動き出せないのが大変痛い。
『シホちゃん』と『うんめーさん』は同じのようで何かが足りない。
強引に合わせている。そう言われてしまえば簡単に崩れる積み木のように脆い考え。
相談する相手もそのジャンルに詳しい相手も、今ここにはいない。話せる相手もいないというもの。
「あっ、そういえば喫茶店で」
部屋に戻ってリュックサックの中身を探していると、文月さんからもらった名刺を取り出す。
スカートのポケットからスマホを取り出して名刺に書かれた電話番号にかけることに。
プルルルッ プルルルッ!
『もしもし、俺だが』
「文月さんの電話ですか? 久遠です」
『あ? 久遠? どうした、なんか進展でもあったか?』
「それが、優衣さんが……」
『……詳しく話せ』
優衣さんがあの町に行く前から消えてたことと無人駅で見つけたノートの内容を話す。
やっぱりかと文月さんはため息を吐いた。
『それがな、こっちでも大騒ぎだ。昨日だけで十人も行方不明扱い、しかも家に帰ってない学生らしくてな』
「学生!? どうして、どうして僕の周りばかり狙うみたいに」
『何がなんだか知らんが、お互いが事情持ちなんだからよ。とりあえずは落ち着いてくれや』
「……わかりました。すみません」
『話が早くて助かる。こっちでもその駅のことは情報が入っているがそれともう一つ。お前、ぬいぐるみ、持ってるか?』
「ぬいぐるみ、ですか?」
確か部屋の押し入れに仕舞っていたはず。
樹からもらったクマのぬいぐるみがあるけれど。
あの時以来、顔も見てないからどうなっているかは覚えていない。
「一応、ありますけど」
『どんなぬいぐるみだ? うさぎ、亀、それとも、クマのぬいぐるみか?』
「クマのぬいぐるみ、ですね。夏休み入る前に樹から受け取りました」
『本当か!? なら、今すぐに──』
────ピンポーン!
『どうした?』
「インターホンが鳴りました、こんな昼間に誰だろ」
あれ? カーテン閉め忘れたかな。もうこんな夜……夜? どういうこと? まだ昼間なはず。
それになんだか足元から冷えてきた。
ぞわぞわと這い上がるように背筋から首元へかけてくる悪寒、思わずスマホを持っていた右手から落としそうになる。
「あ、あっ、ぁぁ……」
右手が、震えてる。だ、だめ、だめっ、ダメ!
い、今、スマホから離したら、終わる!
ピンポーン! ピンポーン!
「文月さん、文月さん! 聞こえますか!?」
『聞こえてるがどうした!? 何が起きた!?』
「インターホンが立て続けに鳴ってきていてなんか、寒気もしてきて」
『真昼間なのに……いや、それは関係ない。とにかく安全な場所まで逃げれるか? とりあえずそこから離れるんだ!』
ドアノブに触れると、隙間からより一層に冷たい空気が入ってきて息苦しい。
あのときと同じ。怖くて、足が震えてる。
逃げないといけないのに、逃げないといけないのに身体が、動かない。
ドンドンッ! ドンドンッ!
「ヒィッ!?」
『早く逃げろッ!』
おぼつかない足取りでなんとか椅子で扉を抑えて、寒さを凌ぐため毛布で身体を包む。
机でもいいけど、一人では運べないし持ち上がらない。
他のもので代用しようにもそんなものはこの部屋にはないため、結局は僕自身になる。
ドンドンッ! ドンドンッ!
「おーい! なんで開けないんだよ〜!」
「い、樹!? で、でも、樹は」
『惑わされるな! それは幻聴だ! 俺との会話だけに集中するんだ!』
「おーい! 早く開けてくれよ〜」
玄関の扉を開けるように急かす樹の声。
確かに僕の知ってる神崎樹の声なのに、信じられない。お願い、早く終わって!
「ユキちゃ〜ん! 私もいるから、早く〜!」
「ゆ、優衣さんまで!?」
『きっと神崎樹と関わりのある学生のお前を誘い込もうとしてる、絶対に耳を貸すな! 絶対に──』
────ツーッ、ツーッ、ツーッ……
突然、電話が切られた。スマホの画面を見直すと真っ暗闇のように暗くて何も映らない。
さっきまで繋がっていたはずの電話がまるで嘘なのか本当なのか信じ難い。
でも、今はそれを考える余裕は僕にはない。
優衣さんは僕の家を知らないはずだ。
だから、相手は絶対に樹でも優衣さんでもない。
「早く〜、早く開けてよ〜……お兄ちゃん」
優衣さんの声から一転、急にトーンが高くなった。
幼い声だろうか。よく子どもの頃、会話していた女の子の声がふと頭に浮かぶ。
それと同様の声が今まさに聞こえてきた。
「お兄ちゃん。隠れても無駄だからね。あっ! もしかして、待っていてくれてるの? 嬉しい! じゃあ〜、早く行かないとね?」
思わず悲鳴を上げそうになる口を両手で抑える。
幼い声とは裏腹に恐ろしさを感じるほどの裏返りに心臓がバクバクと耳元まで聞こえているという錯覚まで感じている。
早く、早く、早く帰って!
ドンドンッ! ドンドンッ……ガチャ
開いた!? 来る、来る来る来るッ!!
お願い、お願いしますから! 来ないで!
「お兄ちゃんはどこかな〜、お部屋かな〜? お・に・い・ち・ゃ・ん・は、ここかな〜?」
「……ッ!?」
「わーい! 見つけた〜!」
扉越しに聞こえた声に震えてしまい音を出してしまう。
幼い声は楽しげに笑っていても、きっと本質は全く違うもの。
「ねぇ〜ってば! お兄ちゃんは会いたくないの?」
「知らない! 君なんて知らない!」
「あくまでも知らない人なの? 酷いよ〜、お兄ちゃんと会うのをこんなにも大切に思っているのに、知らないなんて……酷すぎるって思わないッ!? あはははははっ!」
幼い声の主は扉を乱暴に叩く。当然、僕の背中に響くわけで痛い。だけど、ここで負けていたら意味がない。とにかく、今は耐えるしかない!
「そう言えばお兄ちゃん。覚えてる?」
「お願いします、お願いします! 早く帰って!」
「誕生日の日、誰も私のことを祝ってなんてくれなかったのにお兄ちゃんだけは違った。私にプレゼントをしてくれた、誕生日おめでとうって頭も撫でてくれた。嬉しかったなぁ。だからね、今度は私が欲しいものをあげる』
「なんだよ、欲しいものって! 今の僕に欲しいものは何一つだって!」
「あるよね────だって、お兄ちゃんは死んでるんだから」




