お菓子
喫茶店で会計を済ませた文月さんの後を追うように歩いていくと、駅近くにあったお墓にたどり着いた。
白い花やお菓子、汚れてしまった西洋人形などが飾られているのに……足元には注連縄がつけられていてどことなく不気味に思える。
「『シホちゃん』はこの町で生まれて、この町に殺された。元々、あまり人との会話すらまともに出来ない子供で唯一の話し相手がクマのぬいぐるみで、よく独り言のように会話しているのを何度も目撃されてる。中にはネグレクトとまでも噂されてる。
「あの、水を差すようで悪いんですけど、この町に殺されたって」
「ここは元々、小さな村でほんの数年前に土地開発の連中が開拓し始めたんだ。その責任者が自分に従わないやつは徹底的に……」
想像するだけでもいくつかの可能性が思いつく。
でも、それは想像の域。本人が体験した話とはまるで違うし、言葉の重みすら測れない。
何かお供えできるものがないかリュックサックの中を探していると、小包のチョコレートが二つほど出てきた。
『うんめーさん』以来、このチョコレートを手に取ることはなかったけどあの時は樹も一緒だったから。
余計な考えは今、やめておこう。
お墓の前に小包のチョコレートを置くと両手を合わせて頭を下げる。
「律儀だな。どこか居なくなる前の息子に似てるよ」
「息子さん、ですか?」
「ああ……って言っても、まともに話すことは何一つなくてちゃんと面倒見てなかったからな。あいつはきっと、今も俺を恨んでるさ」
どうして、と聞くのは蛇足だと思えた。
文月さんの暗い表情が過去の自分と似ていて、他人事のようには言えない。
優しく声をかける言葉さえも頭には思い浮かばない。
「悪かったな。居なくなった息子の話をして」
「い、いえ、で、でも! きっと、息子さんは……ごめんなさい、憶測ですよね」
「お前みたいな人間が懐かしいよ。……ったく」
きっと見つかる、なんてわからない。
それ以上に確信もない言葉を使って後に訪れる悲しみは僕が一番、良く知ってる。
今はとにかく樹と息子さんを探すことに専念しないと。
「あっ! ごめんなさい、優衣さ……あれ?」
「どうした?」
喫茶店を出た時までは一緒に歩いていたはずなのにいつの間にか姿がなかった。
「トイレか?」
「で、でも、さっきまで同じ道を歩いていたのでそれはないと思います」
「もしかしたら、喫茶店に忘れ物でもしたのかもな」
「と、とりあえず、僕は優衣さんを探してきます」
「おう。俺は暫くここにいるから、何かあったらここに来い」
「はい!」
慌てて喫茶店のほうまで走っていく。
樹に続いて、優衣さんも……イヤイヤ、そんなことあるわけない! あってほしくない!
駅から近いと言っても歩いて10分はある。僕の走る速度と喫茶店までの距離の時間はおよそ5分。
三番目の電柱を右に曲がって、さらに真っ直ぐ進んで右に曲がれば喫茶店に────、
「────えっ」
そこにあったのは、『閉店しました』という紙が貼られた何もない店。
湖の絵画はボロボロな状態で飾られていて、洋風どころかカビや所々脆くなった椅子やソファーが外からでもわかった。
先ほどまでの喫茶店とは一転していて、まるで夢でも見てたかのようであのマスターも本当は────。
「ユキちゃん?」
声が聞こえた左側に顔を反射的に向ける。
優衣さんがこちらを不思議そうに見ながら首を傾けて立っていた。
「ゆ、優衣さん!? 一体、どこに、というかどうしたの? その袋」
優衣さんの両手に握っているものが気になった。
小さなコンビニ袋。中身が入っているのか意外と膨らんでいるように見える。
持ちきれないほどの重さなのか、代わりに持とうとすると「大丈夫」と返された。
「もらったんだ〜」
「もらった? 誰に?」
「優しい女の子だよ〜、朝から何も食べてなかったんだけどその子がね、くれたんだよ〜」
女の子? 走ってくる時に人影すら見てないからわからないけど、そんな親切な女の子がいたんだ。
でも、コンビニは近くになかった。スーパーも駅の近辺には見当たらない。
優衣さんは僕の視線に気が付いたのか、袋から取り出したものを渡してきた。
「酢昆布? 渋いというか、食べたことないけど。ありがとう?」
「たまには酸っぱいものもいいんだよ?」
そう言って袋からチョコ棒を取り出してパクリと頬張る。こうしてると、いつもの優衣さんだ。
リュックサックに酢昆布をしまうと、優衣さんを連れて文月さんがいるお墓まで戻った。
♢
喫茶店の事を話すと、文月さんは驚きの顔すら浮かべずにただ一人納得している。
話の内容が見えない僕と優衣さんに文月さんは丁寧に順を追って説明してくれた。
「俺が始めに言った聞かれてるってのは、この事だ。
喫茶店に入ったのはたまたま見つけただけで偶然にも営業時間外なのに、だ」
「時間外? でも、お店は普通にやってましたけど」
「気づかなかったか? 入り口の看板『close』のままだったぞ」
「え!?」
「それに俺が飲んだあのコーヒー……少しジャリジャリしててな。後味最悪なもんだから、お前らを連れ出したってわけだ、悪かったな」
「い、いえ、大丈夫です」
気付かなかったとはいえ、長居をしていれば確実に危なかったと今思う。
『close』と書かれた入り口でも開いていて、あの飲み物にすら違和感をを感じていた文月さん。
どちらにしろ、あの喫茶店と共に消えたマスターは元から居なかったのか……それとも。
この町自体が他所者を嫌がっているとでもいうのか。
「これはあくまでも仮定の範囲内だが、一つ忠告しといてやる。必ず疑え。言われたことや渡されたもの、なんでもいい。必ず疑えよ、親しい人間であってもだ。さもないと……いや、なんでもない。そんじゃ、また会ったら」
そう言い残すと、文月さんは急ぎ足で喫茶店があった方向へ向かっていった。
僕と優衣さんもそろそろ時間的にお昼に近いためちょうど良く来ていた電車に乗って帰ることに。
無人駅で降りると振り返り際に優衣さんとお互いに手を振って別れた。
「さて、那月も家にいることだから。何か手料理でも作ろうかな」
プルルルッ プルルルッ!
スカートのポケットにしまっていたスマホに着信が入ったようで、相手は那月。
十中八九、どこに行っていたのかの説教かな?
着信ボタンを押すと耳に当てた。
「もしもし、那月? お昼ご飯、何に」
『千乃!? 今どこにいるの!?』
「どこって、無人駅だけど。ついさっきまで優衣さんも一緒で」
『三嶋優衣は昨日から家に帰ってない! 今すぐ家に帰ってきて早く!』
那月の声が遠く聞こえる。
気づけば無意識にリュックサックに入れたはずの酢昆布を探していて、けれども手にしたそれは酢昆布ではなく────赤く汚れた猫のキーホルダーだった。
♢
────喫茶店、私も一度は経験してみたものですが時代の流れに逆らい尚且つお店独自の雰囲気が何よりのスパイス。
私個人としても、忘れ難いものが多いですね。
さて、今回は『狐と少年』のちょっとだけ手短に続きを────え? またどうせ長くてわかりづらい?
いえいえ、そんなことありませんよ。
コーヒーにミルクを入れるように、苦手な方でもわかりやすいものですのでご心配なく。
『狐』は『少年』にあるお約束を取り付けました。
願いを叶える代わりにこちらのお願いを聞いて欲しいと。
『少年』は願いが叶ったことに嬉しすぎて、『狐』からのお願いを忘れてしまいました。
さらに『少年』はその存在すらも忘れ、ただ幸せな日々を送りました。
怒った『狐』はお仕置きを────。
────普通だって? まぁ、手短ですから。
このお話は断片的にしか書かれていません。
何故なら、この先に進むに連れてやがて見える暗闇のように後味も……申し訳ございません、長くなりました。
ですが、一つご忠告を。
『約束』と『お願い』は微妙です。
たとえそれが現実味を帯びていても、本当とは限らないことです。
では、次の機会にお会い致しましょう。




