喫茶店
午前九時。駅から近いというアンティークな喫茶店へ男性に連れられるように入った。
────なんでも、聞かれる、らしい。
店内は洋風で外国製のティーカップに湖が描かれた絵画。左はソファー付きの集団向け、右はカウンター席。
カウンターは五人座れるのに、ソファーのほうでは一つのテーブルに対して六人座れるようだ。
マスターと思われる男性がカウンター裏で丁寧にティーカップを拭いている。
お客さんも僕たち以外はまだいないようで、左側の奥の席に腰掛ける。
窓際のほうから優衣さんが座り、僕が座るとスーツの男性が遅れてやってきた。
内心、この人を信用したわけじゃない。
嘘だとわかればこのままお金を置いて出て行くつもり。
「お前ら、なにか飲むか? 特別に俺の奢りだ」
「……オレンジジュース」
「僕も同じで」
「マスター! オレンジジュース二つとコーヒー!」
返事はないが黙々と作業しているのは見えた。
スーツの男性はこちらに向き直ると真剣な眼差しで僕を見つめた。
「で、神崎樹のことだが何故、お前が知っている?」
「樹とは中学からの腐れ縁で、オカルト好きで遊びに出かける大半がそういう曰く付きとか、噂話程度の場所を探索するのが大好きで……つい最近会ったばかりなのに、その」
「なるほどな。まぁ、俺もまだ確信とはいかないんだわ。あくまでも、神崎樹は死んでることになってるんだ。まだ確定したわけじゃないこともある」
「どういうことですか?」
お待たせ致しました、とマスターがコップ一杯の水とそれぞれ頼んだ物が置かれる。
白いマグカップには淹れたてのコーヒー、オレンジジュースが入ったグラスを置くとお辞儀をしてそのままカウンター裏へと戻るのを確認すると、話を続ける。
「正確な情報じゃない。もっとも、この事実さえもあまり表沙汰にはされてない。なんせ、これで何度目だか」
「樹は生きてるんですか!? というより、どこにいるのか分からなくて何か知ってるなら!」
「知るか、そんなこと。だけどな、これは今に始まったことじゃない。確かここら辺に……これだ」
スーツの男性は胸ポケットから小さく畳まれた新聞紙を取り出すと、テーブルの上に広げた。
大きく記事に載っている部分が黒い丸で囲まれていてその見出しは『連続失踪事件、十件目』。
日付の部分は黒く塗られていて見えないが、茶色く変色していることから大分前に見える。
「この事件は、ちょうど確かどこかの旧校舎で起きた噂話と酷似しててな。模倣犯か誘拐か、警察は朝から晩までサイレン鳴らして駆け回ったみたいだが結局、犯人どころか手がかりさえも掴めず断念。これは当時の新聞記事、警察がお手上げする一歩手前」
「失踪事件とどんな関係が?」
「ここを読んでみろ。被害者及び失踪者に共通していたことがある」
指差した方向に目を凝らすと、ある一文に目が釘付けになった。
『被害者に共通しているのは、白い手紙を受け取ったということだけ』
白い手紙! 樹も言っていたことを思い出す。
『うんめーさん』と同じ白い手紙で内容は、欲しいものは何? と聞いてくると。
願いこそ叶うが、数日後には姿を消す────?
「被害者遺族、学校関係者、知り合い等を探してこの情報にたどり着いたが、打ち切り。それが警察上層部の決断、当然批判もあったが捜査しようにも科学なんぞに従う現実主義者の大人たちは認めるしかない」
「あなたは、一体」
「俺は、文月真。当時、俺の息子も居なくなってな。それ以来、この事件を追ってるジャーナリストだ」
ご丁寧に財布から名刺を取り出すと、僕と優衣さんに一枚ずつ渡してくれた。
あまり新聞なんて読まないし、雑誌もコンビニで読む程度だから実在するかどうかは半信半疑。
でも、なんとなく嘘ではない気がする。
「……あ、あの! 嘘か本当かは話してから信じてもらいたいんですが」
旧校舎の話とその時の噂話、実際あったことは伏せて端的に話す。無論、白い手紙も含めて。
白いマグカップに入ったコーヒーを一口、口に含むと文月さんは大きく息を吐いた。
「……お前さん、名前はなんて言うんだ?」
「久遠千乃です」
「久遠、久遠……珍しい名前だな。久遠、お前はこの件に片足を突っ込もうとしてる、思いっきりだ。そこの女の子も友達なら止めてやるべきだ」
「私は……」
優衣さんが口籠る。樹の家探しに付き合わせた挙句にこの後に待ち受ける問題にも巻き込んでしまう。
これまで体験したことに僕自身が話せない理由もあるけれど、それ以上にこの事に慣れてしまった僕が怖い。
だから、突き放してもらったほうが優衣さんのためにも────。
「私は、ユキちゃんのため。何より私のために動いているのでその時は止めます、私は友達ですから」
「最近の子は変わってるなぁ。昔は潔く切り捨てては祟りだの、幽霊だのと後悔してたもんだ」
「優衣さん。ありがとう」
「このままだと、ユキちゃんがどこか行っちゃいそうだから」
「さて、惚け話はここまでだ。本題に入ろう、この失踪事件に関しては謎が多い。なんせ失踪した人間が全て死人扱い。生死の判別すらしてないのにだ、なら何故か……『シホちゃん』って知ってるか?」
「『シホちゃん』?」
「『うんめーさん』が旧校舎であまり知られてない話なら、『シホちゃん』は結構有名でな噂話程度なら誰でもわかる」
なんだか謎めいた話し方をするけど、一応この人はジャーナリスト。
きっと、こっちの情報目当てに食らいついてくる。
息子さんのためが文月さんなら、僕は樹のためだ。
「『シホちゃん』って言う、実際にいた女の子がいてな……」
────腰まで伸びた黒髪に片手にはお気に入りのクマのぬいぐるみ、白いワンピースを着た普通の女の子。友達はおらず、ほとんど自分からは話しかけない大人しい女の子だったらしいんだ。
母子家庭らしく近所の同い年の子とも話したことも会ったことは数えるほど。
だが、そんなある日突然近所の男の子に話しかけた。
『ねぇ、何か欲しいものある?』
見知らぬ女の子からいきなり聞いてきたため、男の子はすぐに思いついたのが近所の駄菓子屋での当たり付きのきな粉棒。しかも、確率は三十本分の五。
当時、子どものお小遣いでやっと買える値段で一本買えれば贅沢だった。
ただのからかい程度で、見知らぬ女の子だ。
適当に流せば、勝手にいなくなる。
男の子はそう思って家へ走って帰った。
だが、次の日。自宅玄関前に小さなコンビニ袋が置かれていた。
やけに何かが入った袋の中には数本のきな粉棒が入っていたらしく、気味が悪くなって男の子は駄菓子屋へと向かった。
駄菓子屋や着くと、周りには警官と近所の人たちが寄ってはガヤガヤと話している。
何事かと周辺を眺めていると話し声がだんだん自分の耳元まで聞こえてきた。
『聞いた!? この駄菓子屋の人、昨夜空き巣の被害にあったらしくて』
『しかも、金銭は狙わらないでお菓子の窃盗! 当たり棒付きのきな粉棒だけが何故か盗られたそうよ!』
もしやと思って男の子は慌てて自宅へ戻ると、玄関前にあの女の子が立っていて────
『ねぇ、満足できた?』
ニッコリと浮かべた表情に不気味さを覚えた。
急いでその女の子から逃げようとしたが、足が動かない。
『じゃあ、今度は私の番だね』
「……と何故だか男の子の話にはなったが、大体の話がこんな感じだ。その後、男の子は行方不明だとか」
「その、『シホちゃん』はなんでそんなことを」
「わかってたら苦労は……いや、違うな。一つはっきりしてる、『シホちゃん』は無邪気で自分の行いが正しいと疑ってない。しかも、それは今まで通りに行ってきてるとなると、相当厄介だ。警察はそれすら調べないで見捨てやがった!」
確かに無邪気さ故に自身の行いの善悪を判断していないのは一番厄介。
それに願いを叶えて、今度は私の番というのは樹から聞いた話と似ている。
でも、謎なのは白い手紙をわざわざ送る必要があるのかだけど。
乱暴にコーヒーを飲み切ると文月さんは立ち上がってこっちを振り返るや否や、「立て」といきなり告げられる。
「行くぞ」
「ど、どこに?」
「『シホちゃん』のお墓にだ。この噂話、どうにも不可解すぎるんだよ。手紙なんぞ子供がご丁寧に書くと思えないしな」
マスターに飲み物代を払うと喫茶店を後にした。




