神崎樹
────中学二年生の帰り道、当時十四歳だった僕は友達すらおらず毎日一人の通学路。
僕の家から無人駅までおよそ約三十分もかからないが、中学校まではさらに三十分以上かかる嫌で仕方がなかった。さらに言えば高校から三つ目の信号を渡らないといけないので余計に。
今日も今日とて学校の体育やその後の授業。
退屈で憂鬱な毎日だった、そんなある日の帰り道。
中学校の校門前には右斜め直線状の坂道があって車がよく曲がりカーブをする危ない道の右側、反対側の左側は上り坂でちょうど真ん中にお地蔵様がいる。
なんでも、昔からここにはよく噂がある、らしくて僕は気にしない────けど。
「これが噂の笑うお地蔵様か〜、すみません写真一枚いいですか!?」
スマホのカメラ機能を使って写真を四方八方と撮りまくる同学年の男子生徒がいた。
学校カバンとは違い、大きめのリュックサックを肩から下げていてその横のキーホルダーは勾玉というなんとも奇妙で不思議な男の子。
流石に巻き込まれたくない。早く家に帰ってから夕飯の支度しないと。
滅多に家に帰ってこなかった真冬さんの分は連絡がない限り、一人だけの食事。
そのため急ぐ理由も別にない。ただ見知らぬフリで通り過ぎたい一心。
「……あっ」
不意に目が合ってしまった、その男の子と。
即座に視線を逸らすも駆け寄ってきて、
「なぁなぁ! ちょっとお地蔵様の写真撮ってくれないか!?」
「えっ?」
いきなり渡されたスマホ。男の子はお地蔵様の前で早く早く、と手を振って待っている。
仕方ない。これで気が済むなら。
パシャッ
「おおっ! ありがとな! 俺、中学二年の神崎樹!
お前の名前は?」
「ぼ、僕は、久遠、千乃。はい、返す」
「じゃあ、記念に一枚撮ろうぜ!」
「ええっ!? ちょっとッ!?」
パシャッ! と音がした時には写真は既に撮られていて、自分でも気づかなかったけれど笑っていたらしい。
勿論、後ろのお地蔵様も。
────これが神崎樹との腐れ縁の始まりで、僕にとっては嫌になるほどのオカルト話や自由研究に川辺で二泊など付き合わされた。
写真はスマホにも入っているし、部屋の机の引き出しにそっと仕舞ってある。
♢
夏休みも残り六日。これを機に僕は一人、ある準備をしていた。
懐中電灯、スマホに緊急用の粗塩、帰りの電車賃と飲料代をリュックサックに入れて服装は樹と最後に会った時のセーラー服を身に纏う。
朝早くから出かけるため、那月にバレぬようにそっと家を出るとそのまま無人駅を目指す。
勿論、樹の家なんて知らない。闇雲に探そうにも難しい。
無人駅までの道のりを歩いていると、顔見知りの人を高校の校門前で見つけた。
「三嶋さ〜ん!」
「あっ、ユキちゃん」
どこか少し顔に影が出来ていて元気のない三嶋さん。
珍しく夏の制服姿ということもあって、先生への課題提出? でも、まだ午前の七時半だけどこんな朝早くから?
片手には学校カバンを下げているからそうなのかも。
「リュックサック? どこか出かけるの?」
「えっと、そう! 樹の家に向かう途中で、樹からまた噂話の場所へ行くって話でさ」
「そうなんだ……はぁ」
「どうしたの? 元気ないけど」
「……えっ? ううん! そんなことないよ! ユキちゃんのセーラー服可愛いね!」
一瞬、見えた三嶋さんの黒い影のような表情が頭から暫く離れなかった。
本人から口にするまでは黙っていようと、僕は心の片隅に置く。
「ありがとう、三嶋さん。ところでさ、樹の家の道はわかるんだけど降りる駅が分からなくて。良かったら教えて欲しいんだけど、知ってる?」
「神崎君の? うーん、私もたまにしか帰り道に行き合わないけど……あっ! もしかしたら知ってるかもだよ!」
「本当に!? ありがとう!」
三嶋さんと二人、無人駅へ向かうことに。
僕はただ樹が降りる駅を知りたかった、とは口が裂けても言えない。あとでお詫びしないと。
無人駅へ到着すると、丁度迎えに来たかのようにタイミングよく電車が止まった。
三嶋さんを先に後に僕が乗る。お互いに席へ座るとふと電車内が気になった。
午前七時半でもうすぐ新学期、会社員もそれなりにいるはずなのに僕たち以外誰もいない。
角度によって見えづらいだけなのかもしれない、きっと気のせいだろう。
『次は『夜見井屋駅』、次は『夜見井屋駅』でございます』
「次の駅で神崎君が降りたのを見たけど、合ってるからわからない。ごめんね、ユキちゃん」
「ううん、三嶋さん。大丈夫だよ、第一に僕が忘れただけだから。三嶋さんは悪くないよ」
「ユキちゃん……うん、ありがとう」
いつもと違う、少し弱々しい笑顔を見せる三嶋さん。なんだかほっとけない気がする。
電車の扉が開閉すると同時に三嶋さんの手を強引に掴んで、電車の外へと出る。
何をされたのかわからないままの三嶋さんは、持っていたカバンを下に落とした音でようやく気がついた。
「ゆ、ユキちゃん、ど、どうしたの?」
「これからちょっと樹の家に行くのは本当なんだけど実はね、樹の家すら分からなくて道のりも三嶋さんに聞くまでわからなかったんだよ。だから、失礼ではあるけど一緒に探してくれないかな?」
「わ、私で……いいの?」
「うん。なんだか今の三嶋さんは放っておけない」
「……そういうところがズルいんだよ」
電車が再び動き出した。強引とはいえ、三嶋さんが家に帰るのが遅くなってしまった。
「でも、帰るのが遅くなっちゃったけど三嶋さんは大丈夫────」
「────優衣。三嶋さんじゃなくて、優衣って呼んで。それとも私はユキちゃんじゃなくて、ゆ、千乃、君って呼んだほうがいい?」
「三嶋さ……優衣さんが呼びやすいほうで」
「ふふっ、今はまだ我慢しとくね。……必ず振り向かせるから」
三嶋さん改めて優衣さんと共に駅から歩き出す。
実際、足の怪我で電車に乗ることはあっても樹の家に行くことは一度もなかった。
お互いに会う約束をしても、公園や図書館、樹が指定した場所だった気がする。
でも、だからと言って今見過ごせるわけがない。
駅から数分歩いた距離にお墓があった。
周りは住宅に物置、アパートがあるのにお墓があるのは何か意味あってのことなのかな。
また暫く歩いて行くと見知らぬスーツ姿の男性が手帳に書き物をしていた。
見た目からして年齢は三十代から四十代ぐらいで、やや垂れ目だけど顔つきが少々怖さを物語る。
「あん? なんだ、子どもかよ」
「……行こう、優衣さん」
「う、うん」
早歩きで立ち去ろうとすると、さっきの男性に声をかけられた。
「おい、お前ら。見たところ、学生だがちょいと話を聞かせてくれないか?」
「あ、あの、僕たち急いでて」
「そんな時間はかけさせないさ。この町で今有名になりつつある、話なんだけどよ」
「こ、この町は、その、友達の」
「そうかい、そうかい。じゃあ────神崎樹っていう男の子、知ってるかい」
「樹のことを知ってるんですか!?」
「ユキちゃん!」
言葉を震わせながらも、自分をなんとか強く持つ。
男性は手帳を畳むと深呼吸をして、言葉を吐くように呟いた。
「神崎樹っていう男の子はな、既に死んでるんだよ」
「────ぇ?」
樹が、死んでる────?
突然の言葉に頭の中が真っ白に染まっていく。
クラクラと蠢く視界に優衣さんの手を思わず掴む。
「ユキちゃん? 大丈夫?」
「うん、うん。大丈夫、だから」
なんとか呼吸を整える。まだ確信なんて持てない。
半信半疑、いや、そんなことない。
樹は確かに僕の目の前に現れて話もして、会話もしてた。明らかにあれは生きてた。
そんなはずない、そんなはずあるもんか。
「あ〜、取り込み中に悪いんだが────場所変えるぞ」
「どこに、行くって、いうんですか?」
「喫茶店だよ。お前さんの体調次第じゃ、病院連れてくのが妥当だけどな」
「ユキちゃん、あまり無茶しないで」
「大丈夫、うん……」
「じゃあ、行くぞ。こっちだ」
男性に案内されるがままに僕と優衣さんは歩いて行った。




