お姉ちゃん
真水さんが犯人────本当に犯人なのかな?
いかにも不自然な女性とはいえ、相手の行動を見ただけで的確に見抜くのはとても凄い能力。
それを利用して相手を弱らせて、挙句の果てに相手の血を吸うことを快楽とする。
相手の血を吸うとしても、年下の男を狙っているにしても、一つ違うものがある。
廃ビルの一番奥の薄暗い部屋で見つけた男性の死体。
見た感じからするに僕とあまり年齢は変わらない。
それと、あの死体はまだ完全に腐っていなかった。
じゃあ、いつ殺された?
それ以前に雑誌には『姉妹』と書かれていたはず……。
「千乃、そろそろ現実に戻れ。化け物はお前の隙を狙ってる」
「……うん」
『お話はスんだ? もウ、マチきれなイ!』
赤く染まった瞳が光る。
口元から垂れ落ちる涎を掌で拭き取ると、一目散にこちらへ駆け出した。
────速いッ!?
逃げる態勢を取れば確実に殺される。
だが、この場合逃げたら真冬さんが襲われてしまって……!
「ふんっ!」
迫る真水さんに対して、真冬さんはポケットから何か砂か粉のようなものを振りかけた。
当然、真正面にいた真水さんの目に直撃。
『ウワアァァアァァ────ッ!?』
後退するように倒れるとその場で苦しみ出す。
真冬さんが何をしたのかは聞かなくてもわかった気がする。たぶん……粗塩を振り撒いたんだと思う。
粗塩は邪気や身体に付いているモノを払うためによく使われる。
それは勿論、人間ではないものに対しても効果があるというのは旧校舎でのことで理解してる。
『ウワアァ、イやダッ! わ、タシはッ! マだ、イきたイ! まダ!』
目に塩をかけられた上に邪気を払う粗塩まで直撃してしまったのか、やけに弱々しい。
重い身体を引き摺るように僕のいる場所から反対側のフェンスの無いところへ……ッ!?
「真水さんッ!」
「千乃ッ!?」
『どゔじで!? どうして、なの……私は、あの時に。じゃ、あ、お姉ちゃんは……私、じゃない! 私じゃない!! 私は殺してない! でも、なんで私が……あ、れ────おねぇ、ちゃん』
慌てて駆け出した。その先には行ってはダメ。
本能で悟るのは身の危険、目の前にあるのは人の命。
『私が殺したわけじゃない! 私じゃない! だって、だって!! 私、は────!?』
真水さんが必死に伸ばした右手は空を切って、僕がやっとたどり着いた頃には────。
「真水、さん……ゔぅっ……! なんで、なんでこんなことになるんだ!」
────助けると意気込んでたじゃないか?
今までの経験だってそうだ。相手を弱らせてから相手を倒して事を解決してきたはずだろう?
真水さんと同じことをしているに違いない。お前はただの偽善者だ。
「本当はただ、救ってあげたかった!」
────殺したかったの間違いじゃない?
「違う! 僕は!」
ただの偽善者、だろう? ────なら、
『死んじゃおうよ』
「えっ?」
右肩を中心に強く突き飛ばされる。
目の前はフェンスの無い屋上が映っていて、じゃあその後ろは?
「あっ……」
異様に寒く、涼しいくらいの風が頰を撫でる。
まるで背後から誰かに引っ張られているかのように地面へと落下していく。
手を伸ばそうが、足を立たせようにも遅い。
今見ている光景は走馬灯に近いものだ。
「ごめんね、お姉ちゃん」
十年前、お姉ちゃんが事故で亡くなった。
通学路を歩いていた僕を飛び出してきた車から庇って轢かれてそのまま……。
当時、僕は信じたくなくてお姉ちゃんと同じ女子制服の格好をし始めた。
元から髪は長いほうで顔立ちもお姉ちゃん譲り。
抵抗がなかったというのは、嘘にはなるけれどこの格好で容姿なら……お姉ちゃんが帰ってくるんじゃないか。たった一つの根拠のないおまじない。
でも、結局お姉ちゃんは帰って来ない。
知っていたことなのに、理解いたことなのに受け止められなかった。
だから、その代償として今払わされているのかもしれない。
今まで生きてこれたのが罪の償いだと言うのなら、これは罰。
きっと、これで天国のお姉ちゃんも喜んで────。
「──────え」
────刹那、温かな温もりがそっと僕を強く抱き締めた。
……ポタッ、ポタッ……
頰に降り注ぐ小粒の雨。
無慈悲に流れ出る赤い血液と震えの止まらない右手。
目の前に横たわる真冬さん。
その頭からは尋常じゃないくらいの血が流れていて、地面を染め上げる。
「ま、真冬、さ、ん……真冬さん! い、今、で、電話して、救急車……ッ!?」
スカートのポケットから取り出したスマホを持つ右手の手首を真冬さんが掴む。
「やめとけ……どの道、助からない」
「嫌だ、嫌だ嫌だいやだ、イヤダッ! 死なないでよ真冬さん! 真冬さんまで死んじゃったら!」
「いいんだ……もう、十分、生きた……あとは、お前が幸せに、なれば……」
昔のようにただ見ているだけじゃない僕になったはずらなのに、全然昔と変わらないじゃないか。
僕の顔を探すように頰に触れる。
両手でしっかりとその手を握って必死に呼びかける。
「僕を一人にしないでよ! ねぇ、生きてよ! 僕をまた一人にしないでよ! お姉ちゃん!」
「……千乃……あ、い、し、て」
頰を触れていた手が次第に冷たくなっていく。
力尽きるように瞼も閉じて、ついさっきまで感じていた温もりでさえも感じられない。
「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁんッ!!」
その日、僕は大切な姉をまた一人失った。
♢
さて、第三章いかがだったでしょうか?
あれ? あんまり楽しくもなければ、恐怖要素もそんなになかった、と?
それはご期待に添えなかったこと申し訳なく思えます。
ですが、ご心配なく。この次の章は一味違う楽しみを提供できること間違いなく思えます。
え? どうせ、今回と同じ?
そんなことありませんって。だって、理解してもらいやっとその真実にたどり着けるのですから。
きっと今回のお話だって……あっ!
恒例のあれがまだですね、忘れていました。
今回のお話のキーワード、それは『兎』の特徴。
寂しくて死んでしまうという迷言などと一緒にされてしまっては私の言葉が意味をなさないと言いますか、何というか信用に値しないと思われてしまいそうでございますね。
それでは、もう一つの特徴……それは、『嫉妬深い』。
あれ? お話の中でなんでこんな特徴なんでしょうかね?
もう一人と出ていたあれは、本当にもう一人だったのでしょうか?
よーく考えれば、わかるはずだと思われます。
それが何で、本当がなんなのか自ずと理解できるかと。
だって、あの場にいたのは……。
補足として一つ。
『黒兎』は倒されていません。
それどころか、被害者である彼女がまた殺されてしまった。
その真相は如何に? ────また次の章で会いましょう。




