扉
ある日、お姉ちゃんが言った。
『ユキ。もし、二つのうち、どちらかを選ばなければならなかったらどうする?』
膝上に置いた飴玉を二つ掴むと両手に握る。
左手は林檎味、右手はぶどう味の飴玉。
どちらも色も違うし、味も違う。
『時間もない。落ち着く暇もない。そんな時にユキ、あなたはどちらを選ぶの?』
僕は──────。
♢
深夜零時過ぎ。終電の電車から降りた僕と那月はあの場所へと足を運んだ。
目の前には看板。夏休み後に僕が一番頼りにしていた医者で、あの人と初めて出会った場所。
そう────僕と那月は『真水診療所』に来ていた。
雑誌の記述をもとに考えるとあの男の人が見たのは、推測だけどここで間違いない。
通院していたおかげで完治ではないけど、左足首は軽く走れる程度にはなった。
親切にしてくれた、とてもいい人。
だから、終わらせる。
「千乃。改めて聞くけど、覚悟はいい?」
「……うん。行こう」
スライドドアを括ると目の前に写った光景は、赤色一色だった。
入り口から受付まで飛び散っている血飛沫は床をも染め上げている。
生臭さと血の匂いが混ざって思わず口を塞ぐ。
込み上げてくるものを必至に抑えて、右側のスライドドアを括る。
「……っ!?」
受付を行なっていた女性が四肢を投げ出すように仰向けに倒れていて、首元を抉られたように倒れている。
目からは涙が流れていて方向的に出口側に向いていることから逃げる寸前で襲われた。
想像してしまう光景に視線を逸らす。
「なんで……ッ!」
右手を強く握る。もう少し早く来ていれば、助かったかもしれないのに。
もしかしたら、襲われずに済んだ?
そんな、甘い考えじゃ誰も救えない。
現に目の前のことに対して僕は言い訳をしているに違いない。
「千乃」
「大丈夫、だから……!」
那月に心配させないために、受付の女性の横を通り抜けていく。
待合室の前の二つある扉の左側、診察室へと僕たちは入った。
この部屋も多少の争った跡というか、何かを探していたかのように白い紙が床に散らばっている。
「何? これ」
床に落ちていた紙を一枚拾う。
それはあの廃墟ビルでも見つけた日記の1ページと似ている文章で、やや殴り書きに見える。
『七月××日。晴れ。
今日は大変美味しそうなご馳走がやってきた。
いい声で泣く、とても可愛いらしい男の子だ。
ああ〜、一滴足りとも飲み干したい!
剥製か? いや、ホルマリン漬にして────』
ご馳走、人間がご馳走だって?
そのためなら関係ない人まで、巻き込んで殺すの?
「行こう、那月」
「うん」
診察室を後にすると、いよいよ隣の扉の前に立つ。
あの話が本当ならこの部屋は光景を目撃した場所。
ゆっくりと扉を開けていくとこちらも同じように床は紙が散らばっている。
どれも殴り書きに書かれた文章でほとんど読む気になれない内容。
『若い男』や『後始末』など、最早常識とは思えない言動ばかりで苛立ちを覚えてくる。
診察室と同じ部屋の構造なのになんだかこの部屋だけおかしい。
左側にはデスク、目の前は壁、右にはベッド。
なんだかあまりにもなさすぎている。
現に医者なら綺麗にしたり清潔に扱うし、手洗い場だって設けるはずなのにそれが見当たらない。
パソコンも新品同様に使い古されていない、ここは普段から使われない部屋なのかな?
────否、違う。この部屋はよく使われてる。
ふと目の前の壁に触れてみる。
僅かに隙間があってそこから空気が漏れている。
壁と壁にある縫い目らしきものが若干、剥がされてはまたつけられた跡がある。
思いっきり僕は斜め下に引き剥がすように下ろす。
「あった。やっぱり同じ扉がある」
茶色い扉が壁の中から発見できた。
隠し通路か隠し扉とは違う、この先にあるのは別のものの予感がした。
それはたぶん確信は持てないけど、その何か。
隠したい何かがここにはあってこの部屋を疑われないようにしていたのかも。
だとするなら、この先には────。
「千乃、待って! どこに行くつもりなの?」
「えっ? この扉の先に」
「扉なんてない! ……もしかして──!?」
「────おっと、邪魔されちゃ困るなぁ。那月」
那月の背後から現れたのは、もう一人の那月。
右手には包丁を握りしめていて鮮明に蘇る記憶に思わず左肩を抑える。
大丈夫、大丈夫だ。相手と同じ土俵には乗るな、僕。
「千乃〜! その扉の先に何があるのか、確かめてきなよ」
「ダメッ! 千乃、その先は……ぅぐっ!?」
「こらこら、外野は静かにしようね。待ち合わせ場所はあの廃墟ビルの屋上で会おうよ。なーに、殺さないよ」
「那月に手を出してみろ、僕は許さないぞ」
「おおっ!? いいなあ! 私も言われたかったなぁ、でもいいや。じゃあ、預かっておくから。早く来ないと殺しちゃうよ〜?」
那月は見えない速さで那月を連れ去ってしまった。
僕がさっき立ち向かったとしても離してはくれない、それどころか二人とも殺されていたかもしれない。
でも、ほんの少しだけ待ってて那月。
必ず僕が助けるから。




