診療所
────この殺し方は、同一人物。
頭の中でバラバラに転がっていたパズルのピースが一つの決定を作り上げた。
思い出そうものなら泣いていた日とは違う、明確なもの。
だけど、あの場所にいたとしたら『うんめーさん』に出会っていたはず。
そう簡単に逃げられる相手でもなければ、言葉が通じる相手でもなかった。
じゃあ、どうやって川岸みなみさんを殺した?
僕や樹が『うんめーさん』と対峙していたときに逃げたのかな?
でも、それじゃあ入り口で見かけるはず……あの床は脆くて軋む。音もわかりやすい。
わからない、わからない……!
川岸みなみさんを殺した相手がわかったのに、あと一歩が届かない。確実性も低い。
ましてやその犯人ですら心当たりもない。
「千乃、大丈夫? やっぱり……」
「えっ、あっ、うん。大丈夫」
焦ってはいけない。相手は人を殺している。
ここで焦れば相手の思うまま。
返り討ちにあえば元も子もない。
とりあえず、この診察室を探索していこう。
男性の死体に向かって両手を合わせて黙祷をする。
ゆっくりと顔を上げて、男性の周りを懐中電灯の明かりで照らすと右手に光るものを見つけた。
「ごめんなさい、失礼します」
冷たく固まってしまった手からなんとか光るものを取り出す。
氷よりも冷たいその指から出てきたのは、赤くダイヤの形のした宝石が綺麗に嵌められた指輪。
指輪の内部に薄らと文字が書かれているのがわかるけど、英語で書かれていて全くわからない。
「ちょっとお預かりします」
この事が終わったら返しに来よう。
指輪をリュックサックにしまい、一礼。
男性が座る白いベッドの反対側には医療器具とレントゲン写真が散らばっていて……ん?
不可解なことに医療器具の種類こそわからないけど、何故だか綺麗にされている。
使われていない廃墟ビルの中で、電気も通っていないはずなのに対してここまで綺麗なのは不自然。
というよりもさっきから少々、消毒用アルコールのような匂いが鼻腔を強く刺激する。
それほどまでに臭いを誤魔化したかったのか、周囲にバレるのを恐れるためか。
レントゲン写真は電気が通っていない機械では見れないため放置。
「あれ、下に何か書いてある」
レントゲン写真の右下懐中電灯の明かりで照らしてみる。
白い文字で一枚ごとに丁寧に日付が書かれていた。
『七月二日』 『七月六日』 『七月十日』……四日ごとに書かれている。
日付をつけているということは特定の人間、もしくは計画的なもの。
だとすると川岸みなみさんやこの男性もそのうちの一人で計画的に狙われていたのかな。
でも、なんでレントゲン写真を撮る必要があったのかな? 死体だけなら、必要性を感じない。
「千乃、あっちに部屋がある。ちょっと見てくる」
「うん。気をつけてね」
この部屋とは別にさらに奥の部屋があったみたいで那月は迷う事なく暗がりの中に溶けていく。
明かりなしでも見えるとは思えないけど、まあいいか。僕も後を追おう。
こちらも少し薄暗く足元が危うい。
懐中電灯の明かりで周辺を探しながら、那月を追いかける。
こっちの部屋にも散らばっているレントゲン写真、聴診器に変に黒く染まっている白衣。
それと至る所にガラス破片があって、窓も見当たらないため修理してないように見える。
なんとか那月の傍まで来れたけど、何やら険しい顔をして紙と睨めっこをしていた。
「那月、那月ってば。どうしたの?」
「……ここにあいつはいない」
「那月?」
「っ!? ど、どうしたの? 千乃」
慌てた様子で咄嗟に後ろに紙を隠す那月。
見られたくないものか、あまり良くないものかな。
それに、あいつって誰なの?
「そ、それより、どうだった?」
「うん、なんか日付が四日ごとに書かれているレントゲン写真に……あと、これくらいかな」
前の部屋で見つけた指輪をリュックサックから取り出して、那月に見せる。
読めない文字が書かれていることも説明すると、また一人険しい表情を浮かべる。
「なんて書いてあるか、読める?」
「『you only me』」
「ゆ、ゆー、おん……何?」
指輪から見るに婚約指輪みたいに見える。
あの男性が握っていたとすると、相手に渡す前に殺されてしまった?
「千乃。もしかしたら、まずいことになるかもしれない」
単なる噂話からいきなり犯人探しをしている気分になる。
だとすると、犯人はもう一人?
それともま別に?
僕のことを知っていて、那月の姿をしてまで襲ってきた相手が僕の身近にいる人物。
「でも……いや、そんな日も経たない。どうやってそんな風にできたのも、疑いを持ったって」
「千乃、聞いて。本当なら、誰だって信じてくれる。でも、嘘だったら誰も信じてくれない」
「那月……」
まるで、体験してきたような顔で必死に訴えかけてくる那月に少し揺らいでいる内心。
那月は僕を信じてくれている。
なら、僕も覚悟を決めないと。
「那月、わかったよ」
「じゃあ……」
「けど、その人と話をさせて。お願い」
そんな長い付き合いではないけれど、せめて僕が説得して止めてあげたい。
甘い考えなのは知っている。だからこそ、信じたい。
「わかった。なんかあってからじゃ嫌、私も一緒に行く」
「相手はその、人を殺している人かもだから危険だよ? それでも」
「私は……私は千乃が一番心配だから。千乃に何かあってからは嫌だから」
ほんのりと甘い香りが鼻腔を擽る。
そっと肩を抱き寄せられ、ギュッと抱きしめられる。
一瞬こそ驚いたけれど、何故かそのまま僕も那月の肩を抱きしめる。
那月に抱きしめられていると何故か落ち着く。
わからないようで、わかっている僕がいる。
「千乃は絶対に私が守るから」
この気持ちを伝えればきっと、那月は僕から離れていく。嫌われてしまう。
せめて────せめて今だけはこのまま抱きしめさせて。




