薄暗い部屋
七月下旬。八月まで残り最後となってしまった。
夏休みのある日、僕の前に現れたもう一人の那月。
明らかな殺意と快楽目的の殺人行為。
全く躊躇もなく、その行いには迷いも見当たらずただ獲物に向かって狩りをする獣そのもの。
那月曰く……あれは、私じゃない。
双子がいるわけでもなく、別の何か……これまで経験した中でもよくわからない問題。
けど、不自然だ。相手を痛めつけながらなら、肩ではなく逃げられないようにまず足を狙うはず。
足を狙って怪我を負わせれば這いずることや引き摺ることしかできないわけで、しかも逃げ道には階段を下りないといけない。
万が一にでも階段で転がれば、当たり所次第では首を折る。逃げなければ刺殺、逃げても事故死。
那月が来てくれなければ確実に殺されていたのは確か。それに気がかりなのは最後の────『消えちゃうよ』。
昨日の夜、那月も『消させない』と言った。
一体、僕は何に巻き込まれているんだ?
「はぁ……こういう時に頼れる真冬さんは不在か」
未だ真冬さんは自宅に戻ってきた様子もない。
いつ帰るという連絡や書き置きぐらい残しておいて欲しいのに、どうして……はぁ。
那月はコンビニへ、替の包帯と消毒液とおにぎりを買いに出掛けている。
一応いつ出かけてもいいようにセーラー服を着てみたはいいけれど、無駄なのかもしれない。
「噂話の類を出ないし、何より情報が少ない」
インターネットを利用してそれらしい情報どころか、キーワードですらも一切引っかからない。
同じ姿をした自分────『黒兎』?
どうしよう。このまま闇雲に進んだとしてもまたもう一人に出会ったら終わり。
何か対策でもできれば別なんだけど。
プルルルッ! プルルルッ!
突然、スカートのポケットの中にあった黒い携帯からの着信音が鳴り響く。
相変わらず非通知表示。だが、一つだけ確かなのは何か役に立つ情報。
今回もそうだとは限らないけど、聞いてみるしかないのが一番の手がかりなのかもしれない。
「もしもし」
『……く、ら……い……へ……や………さ……が……』
ノイズ混じりの声がボソボソと呟いた。
暗い部屋? さが? どういうこと?
疑問に思うも束の間、一方的に切られてしまう。
最近訪れた場所に暗い部屋……あっ、一つあった。
リビングから部屋へ急いで荷物を取りに行く。
荷物はリュックサックに懐中電灯、粗塩、黒い携帯、スマホでたぶん十分だと思う。あとはどう、那月を説得するか。
……ガチャ
不意に玄関の扉が開かれる。
両手にコンビニ袋をぶら下げた那月がこちらを見ては疑いの眼差しを向けてきた。
「千乃、もしかして」
「えーと、その、ちょっと待ち合わせに」
「嘘だよね。千乃は嘘をつくとき必ずそっぽ向く」
「そっぽなんて向かないよ! ……あっ」
呆気なく嘘がバレてしまった僕は那月に事の訳を話した。
電話から聞こえてきた声のおかげでこれまで助かったことを含めて話すと深くため息を吐いた。
「なんで私に言わなかったの? そんなに私は頼りない?」
「ち、違うよ。巻き込みたくなくて、僕だけでなんとかしようって」
「千乃。今まで体験したことを活かすのはいい。でも、この話じゃ、まるで……ううん、わかった。私も行く。その前にご飯を食べてからね」
あまり乗り気ではないけれど、那月が一緒なら探索行動も早く終わる。
ゆっくりと買ってきてもらったおにぎりを頬張る。
確かに、那月と行動を共にすれば昨日の出来事は起きないで済む。可能性はゼロではないけど、見分けやすい。
駅から降りて五分のコンビニで、この町に来ないでと言われて次の日……無我夢中で追いかけてきたところが、廃墟ビル。
その近くの看板には『真水診療所』は二階と明記されていて出会した、と那月に説明する。
「このビルに那月が入っていくのを見て、追いかけて行ったら」
「襲われた、と。大体、なんで私がここに入るの?」
「な、なんか、隠してたりしない?」
「どうしてそうなるの? ただ電話をかけても繋がらなかっただけ。そしたら、千乃がビルの中に入って行くのを見て追いかけたの」
繋がらなかった? 最近、天気予報では曇り空が続くとは聞いたけど、そんな情報は聞いてない。
携帯の調子とかが悪かったのかな。
「で、でも、『消えちゃうよ』って那月は言ってた。昨日の那月の言葉だって何か関係あるの?」
「……千乃には関係ない」
「関係ないって、僕は那月のことを心配していたのにどうしてそんな風に言えるの? 何かに巻き込まれているのかなって、何か伝えにくいことなの?」
僕が那月を心配しているのになんで────ねぇ、それってホントウ、ニ?
誰かに言われて探した、誰かに言われたから心配したじゃただの妄言に過ぎない。
僕は那月を心配していたの?
それとも、ただの偽善ゆえに?
じゃあ、そもそも僕は────?
「千乃。今回の件が済んだら話す」
「本当?」
「うん。私が話せるところまでだけど」
言葉だけの口約束。約束事とはいえ、守るという保証はないのに何故だかその場では安心できた。
おにぎりを食べ終わるとそのまま駅のほうへと向かった。
♢
駅から降りると早速、廃墟ビルに向かう。
二階への階段を上り、左右にある二つの扉が目に入った。
奥の扉では日記帳の1ページが見つかって、他は探索出来なかったため探索することに。
左の部屋の扉は相変わらず開かない。内側から鍵がかかっている。右の部屋はあっさりと簡単に開いた。
ガチャリ
そっと中を覗き込むように入ると、丁寧に並んだ長方形のテーブルと椅子が並んでいる。
右手側には大きなスクリーンがあり、その左隣にはカーテンと窓、足元には飲みかけのペットボトル。
那月と手分けして、何か役に立ちそうなものを探すことに。
「うーん、見る限りだとテスト用紙が散らかってて……ゴミを漁ってるみたい」
暫く漁っていると、ビニールに入った小さな赤い布を見つけた。
若干の重さがあり、異臭が鼻腔に突き刺さる。
それによく見ると赤い布ではなく、元々が白い布のような気もする。
変に赤いというか……まるで血を吸った布に見えてしまう。
まだ白い部分もある点から時間はそれほど経っていないものと考えられる。
それ以外は特に何もなく、那月も特に目立ったものはないらしく部屋を後にすることに。
残すは一番奥の部屋。
昨日は日記の1ページを見つけただけで、ほとんど探していない。
「昨日の今日だから、あまり……」
「大丈夫、ありがとう。那月」
心配してくれる那月。
だけど、また襲われるのではと怯えている自分がいる。
でも、今は那月が傍にいるから大丈夫な気がする。
────ガチャリ
なんというか、予想通りに開くとは思わなかった。
ゆっくりと扉を開けると昨日より薄暗くあまり室内は見えにくい。
それになんというべきなのか。非常に生臭い。
魚の内臓処理する際に臭ってくるあの匂いと、そう大差を感じられない感じがする。
リュックサックから懐中電灯を取り出して、スイッチを入れてみると────、
「ひぃッ……!?」
思わず自分の口を両手で塞いだ。悲鳴の声が喉から出かかったが、なんとか抑える。
心臓の音がバクバクと高くなり、同時に目の前の光景に釘付けになる。
この部屋はどうやら、診察室にあたる部屋らしく左側には医療器具やレントゲン写真が散らばっている。
問題はその右側にあるベッドと思われる場所に男性の死体が丁寧に座らされていた。
首元から血を垂らしていて、靴は履いておらずベッドのシーツは赤黒く染まっている。
口を開けて目を見開いた状態のまま、この場に放置された可能性が高い。
白いワイシャツの襟元から一番色濃く思えるけど、そこまでして見ようとは思えない。
「千乃、あまり無茶はしないで」
「う、うん、大丈夫だから」
だが、一つ不思議なものがある。
この、殺し方に見覚えはないか?
首元から血を垂らしていて、死体が丁寧に座らせているのを見たのは二度目じゃないか?
「もしかして……!」
旧校舎で遭遇した『うんめーさん』。
どうにかして、解決策を練ろうと樹と共に旧校舎で出会った一年生の川岸みなみさん。
二階の教室にて死んでいるのを僕と樹は見つけたのを忘れるはずがない。
今この瞬間になってわかったことが一つある。
川岸みなみさんを殺したのは、『うんめーさん』じゃない。
これは、この殺し方は、川岸みなみさんを殺したのは、同一人物だ。




