警告
夏休み、何にもせずに三日が過ぎてしまった。
通院を重ねながらも、普通の人として接してくれる真水さんには頭が上がらない。
那月はというと……今日の朝から出かけてしまったみたいで、顔を合わせてない。
真冬さんも何も言わず見送ったそう……。
話は変わって今日は特に用事というのがなく、なるべく遅くならなければいいとさえ思っている。
『真水診療所』から駅までの距離が約十分くらいと仮定すると、現在いる場所まで約五分……というか何故コンビニにいるのか?
「新作の『ドンガラちゃん』があるからさ!」
……だそうです。
『ドンガラちゃん』というのは、ドンドン売れていく美味しさでガラガラになるからの意味。
見た目はポテトなのに、やめられない美味しさが売りで学生の間では大ヒット! ……らしい。
流行やブームに疎い僕でも、テレビの特集で一度は目にしたことがある。
食べたことはないけど、気になるわけで今コンビニにいる。
意外と駅の近くというのに学生はおらず、店員も一人しかレジに立っていない。
「あっ! この新作の……こっちも……」
真水さんは大層、喜んでいるみたいで何より。
肝心の僕も何か買わないと……?
入り口付近に置かれた雑誌売り場に一冊だけ、違和感を放っている雑誌があった。
夏休み前、学校で読んだオカルト雑誌。
見出しは……『この町に潜んでいる『黒兎』に迫る』
買う目的じゃないのに、立ち読みだなんて……チラッ。
す、少しだけなら、いいよね……?
『『黒兎』というのはこの町にある診療所に勤めていた医者の異名であり、名の知れた男でもあった。
人に優しく、自分に厳しいを絵に描いたような人物だったらしく何故こうなったのかは不明。
仕事中は無愛想で笑う事をしなかった男が突然、笑うようになった。作り笑顔というよりも、三日月のような笑みが口元に描かれたかのように』
気味が悪くなり、本を閉じて棚にしまう。
それ以外に気になる部分はなかったが、それ以上にページを捲ることが怖くなった。
真水さんの話を拒否して、あそこまで取り乱した那月がどこかチラついて仕方ない。
一体、どういう意味なのか。
「真水さ……うわぁ!? な、那月……!?」
「……千乃、ちょっと来て」
「えっ、ちょっと……!」
強く連れられるように引っ張られていく。
コンビニから離れた裏道でようやく、手を離してくれた。
コンビニから外へと僕の手を引っ張ったのは、やはり那月だった。
微かに汚れてしまっている学校の制服に手元には小さなコンビニ袋。
いきなり朝から居なくなったから驚いたけど、服が汚れてるのは転んだりしたからなのか。
「那月、どこに行ってたの? 心配してたんだよ? 昨日の件は僕もお人好し過ぎたかなって思ったから、謝ろうって……怪我とか大丈夫? 制服も家に帰ったら洗うから、帰ろう?」
「……千乃」
「なにかな?」
「……もう、この町に来ないで」
来ないで? どういうこと?
それよりも、那月が通院先の近くにいたことを真冬さんに知らせないと……。
「あと、真冬さんには言わないで」
「ちょっと、どういう」
「千乃、私は二度は言わない」
鋭利な刃物のような目つきで睨みつけてくる。
次はない、言葉以上に目が語っていた。
目線を逸らした一瞬に走り去ってしまった。
「この町に、来ないで……」
何かに巻き込まれているのかな。
もしくは、既に……なら、ッ!?
『私は二度は言わない』
那月の言葉が深く突き刺さる。
その言葉の意味はわからない。
唯一の親代わりである真冬さんにも伝えないで、僕には関わらないで。
なんだかちょっと……悔しくてしょうがないや。
那月の言葉が深く刺さって足が動かない。
その言葉の意味はわからない、唯一の親代わりでもある真冬さんに伝えないで、なんて。
その後、真水さんと何事もなかったかのように合流して暫く経った後、帰った。
♢
次の日の午前十一時。
通院の帰り道、駅へと戻る途中……那月と似た制服の女の子が歩いているのを見かけた。
否、あの後ろ姿は那月で間違いない。
昨日のコンビニから左に歩いていくのを確認すると、すぐに動き出した……が、
「ぐぅっ……!?」
左足首に痛みが走る。
未だ慣れない感覚故に突然の痛みに滅法弱い。
いきなり捻りを加えれば、誰でも痛みには耐えられない。
なんとか引き摺りながら、でも……!
歩き去っていく那月を目で追い、足で追っていくと一つの廃墟ビルに辿り着いた。
割れた窓ガラス、外からはみ出しているカーテンに入り口の手前には剥がれかかったポスター。
『真水診療所はこの先、二階へ』
はっきりと読めたポスターの一文。
他はほとんど真っ白に上書きされている。
屋上、二階、一階とフロアに分かれていて入り口からすぐの左右にある扉は鍵が閉まっている。
「二階かな……よいしょ、よいしょ」
左足首を庇うようにゆっくりと階段を上る。
時間をかけてなんとか上がっていくと、二階は逆T字路の形をしていた。
僕が今いる位置から左右に扉、真正面の扉は若干数ミリくらい開いているのが確認できる。
「那月……? どこなの?」
真正面の扉に入っていくと、室内は広いようで教室一つ分くらいあって足元にはゴミが散らばっている。
周囲から感じるこの嫌な空気はどこか今まで体験したものと同じくらいに感じた。
「あれ? なんだろう」
ポツンと置かれた椅子の上に紙が置かれていた。
ご丁寧に飛ばないよう、水の入ったペットボトルが置かれている。
気になった僕はペットボトルをどかして、紙を読んでみることにした。
『七月一日・晴れ。
今日は通院する年寄りばかりでつまらない。
もうちょっと若い子どもの肌を触ってみたい。
あのときの子どもはとても触り心地がよくて、私が求めているものに違いない。また来てくれないかな』
あのときの? これは、医者の日記かな。
ここは廃墟ビルの二階。ということはこの廃墟ビルのどこかに『真水診療所』があったに違いない。
……信じにくいけど、この日記の持ち主は……。
「何をしてるの?」
「那月……!」
尾行していたはずの那月が扉の向こうから現れる。
昨日と同じ衣服で、手には袋を持って。
「那月、帰ろう? 真冬さんだって……」
「二度は言わない、そう伝えたはずだけど」
「だけど、那月がやっぱり心配だよ! 早く帰ろうよ……ッ!?」
突如、目の前に突きつけられる鋭利な切っ先。
外からの光の反射でより明確なものへと変わっている。
それは普段使い慣れている僕からでもわかるほど、危険性はよく知っている。
「千乃。これ以上は……死ぬことになるよ?」
真っ直ぐに向けられた刃物から目が離せなかった。




