普段の日常
ジリジリジリッ……ジリジリジリッ……
重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。
白い天井と丸い形の照明、右に視線を逸らせば本棚が並んでいて勉強机が置いてある。
ジリジリジリッ……ジリジリジリッ……
音のする方向に手探りでその物を掴むと顔近くまで持ってくる。
四角い長方形型のスマホがバイブレーションを鳴らして必死に音を立てていた。
画面に映るのは午前6時半。今まさにスマホが伝えている時刻きっちり。
「……起きよう、かな……ふわぁ〜」
欠伸と軽く腕を伸ばして、軽く腕を回す。
いつまでも布団にいてもしょうがない。
ゆっくりと上半身を起こし、足先からカーペットの床の上に立ち上がる。
足元に置いていたスリッパを履くと、部屋を出て一階に続く階段を降りていく。
一階に降りてすぐの左手側に位置する居間の襖を、開けると左斜め先に一つの仏壇。
その中心に位置する場所に、一枚の写真立て。
色褪せない当時のままの笑顔で写っている写真に僕は小さく呟いた。
「…………おはよう、お姉ちゃん」
♢
寝癖と寝汗……寝間着が湿っぽい……を治すため軽くシャワーを浴びる。
タオルとドライヤーでよく髪を乾かし、手櫛で解かしていき淡い緑色のシュシュで髪を結ぶ。
後頭部で結んだ長い髪を垂らすように縛ると、今度は制服に袖を通す。
胸元の赤いリボンを洗面所の鏡越しに微調整して黒いスカート、黒のストッキングを履いて完成。
「…………よし」
お風呂場前の洗面所で再度確認。
袖よし、スカートよし、ストッキングよし。
あとはカバンを持てばOK。
「……行ってきます」
誰もいない家の中で静かに響いた。
♢
学校は家から徒歩十五分で横断歩道を二つ渡って直進した先の右手側に位置する。
田舎か都会かと言われて、どちらと言えば地方の田舎に近い通学路で住宅の隣は田んぼや畑が多い。
僕の通う学校は県立霧ヶ丘高校。略して霧高という名前で親しまれている。
校門を潜って生徒玄関にある下駄箱で靴を履き替えると真正面の階段を上がっていく。
学年ごとに教室が分かれているのは当然だが、この高校は三年生が一階で二年生が二階、一年生が旧校舎になっている。
今いる新校舎の中庭を挟んで正面にある木造建築の校舎が旧校舎で、なんでも一年生が中退する確率が多いかららしい。
「おっはよー!」
「……おはよう」
二年生の教室……2ーC組の後方の扉を開けて右端の席に座る。
カバンを横にかけると机の中に仕舞っていた小説を取り出すが、すぐさま引ったくられる。
「もうっ、朝からテンション低いと不機嫌になるよ?」
「……朝から元気な人に言われても困るよ」
「ふふんっ、それもそっか」
毎日のように元気なこの人は三嶋優衣。
左右にぶら下がる綺麗な黒髪のツインテールは若干の幼さが残る童顔と相まって可愛い雰囲気。
笑っているところ以外、見たことがない。
僕の知っている人の中では明るい性格の持ち主。
「あっ、そういえばさ……隣のクラスのふーちゃんがね……あの手紙、もらったんだって」
「手紙?」
「知らないの? 『うんめーさん』」
知らないどころか、初めて聞く言葉だ。
どこぞのサイトか女子の間で流行っている噂か?
「『うんめーさん』はその人の運命を予知するとっても良い人なんだよ。女の子の話に入っていけないなんて嫌われるよ〜?」
「元々、好まれるようなことはしていない」
「またまた〜、私知ってるよ〜? ……ユキちゃんがボランティア活動してるの」
「エコだよ、エコ。それ以外にない」
慈善活動をしている、なんて大それたことじゃない。ただ道端にゴミ捨てる人に注意したり、拾ったゴミを分別したり、落とし物を交番に届けてただけ。
「それより、その……『うんめーさん』って?」
「ほほぅ、やっぱり気になる? 気になる?!」
「……本、返して欲しい」
「『うんめーさん』はね、突然下駄箱に手紙が入っていて内容に従うと必ず叶うんだって」
……信じ難い話だ。
まだおまじない関係の占いが信じられる気がする。
下駄箱にそもそも手紙が入っていて、その内容に従うこと事態が俄かに理解しにくい。
「それでね、隣のクラスのふーちゃんは好きな人と結ばれるって書かれてて……見事に結ばれたんだって! きゃーっ!」
「……僕にはまだわからないかも」
「ユキちゃんはまず女の子の気持ちをわからないといけないね〜、ふふっ……早く気づいて欲しいなぁ」
嫌味たらしい三嶋さんの笑みに思わず息を吐く。
そもそも女装している男に対して女の子の気持ちを説くのが間違いだと思うが。
……でも、僕に好きな人か……居たらいいな。
キーンコーン、カーンコーン
「あっ、ヤバい! 数学のテストだよね、朝から勉強してないよ!」
「……本返してくれたら、ノート見せてもいい」
「ホント!? やったー! 愛してるぜ!」
「……一言多い」
先生が来るまでノートを離さなかった三嶋さんは意外と怖かったのは余談。