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キミが消える未来(あした)から  作者: 秋桜
第二章『紅の乙女椿』
19/59



 

 ────昔、お姉ちゃんから聞いたことがあった。


『ねぇ、ユキ。鈴の音はクマ対策になる以外に何があると思う?』


 当然、幼い頃の僕には何もわからなかった。


『邪気を払うのよ、ほんの少しだけど』




 賽銭箱を後にした僕たちは、お守り場へ移動した。

 見たところ普通の神社と変わらない横一列にお守りが並んでいる。

 左から割符、方位除け、交通安全、恋愛成就……絵馬から順に小さなものまで綺麗に揃っている。

 だが、やはりと言うべきか。

 蜘蛛の巣やお守りなどに埃が付着していて、とてもじゃないが買う気になれない。


「結構、埃が……ゴホッ、ゴホッ」

「大丈夫っすか?」

「大丈夫。でも、なんでこんなに埃が……」


 神社の神主が放置した? 

 それなら役所が放っておかないはずだから、それはない。何か他に問題が?


 ガタッ


 近くのほうで何か音がした。

 その音のほうへ顔を向けると、白いワイシャツに黒いズボンの中年の男性が膝を曲げて座っていた。


「ひ、ヒィッ!? だ、誰だ、お前ら!」

「落ち着いてください……とは簡単に言えないけど、怪しいものじゃないです」

「そ、そんなこと言って、()()()()()の手先とかじゃないだろうな!?」


 明らかに情緒不安定とも捉えられる男性。

 どうにかして落ち着かせないと。


「僕たちはその、この神社で起きたことを知りに来たんです」

「そうっすよ! あんたこそ怪しいっすよ!」

「お、俺は……いいんだよ。どうせ、ここで殺される。どちらにしろ」

「何があったんですか?」

「とりあえず、その扉を閉めてくれ」


 湊さんを室内に入らせて扉を閉める。

 床も少し汚れているため、カバンを下にして座ると改めて目の前の男性に話を聞いた。


「会社の帰り道、酷く酔ってたんだ。家に帰れば邪魔者扱い、行くところを探してたら偶然この神社を見つけてな……まあ、お前たち学生にはわからないもんだよ……ははっ」


 乾いた笑い声とは裏腹に悲しそうな顔。

 人生に行き詰まってしまった人の末路、とでも言ってしまえば楽だとどこかからか闇が渦巻く。

 家に帰れば邪魔者扱い、とはいかなくても僕の場合は一人だったから……でも。


「きっと、きっと今はまだダメかもですけど。必ず見つかると思うんです、僕みたいな人間でも何かできるんじゃないかなって」

「……はぁ、学生に励まされるなんてな。なんとも言えないな……そうだ、これをやるよ」


 ズボンのポケットから取り出したのは、小さなライター。

 中には半分くらい入ったライターオイルが入っていて、安全装置は外されていない。


「藤宮だ。またなんか会ったときは奢るから、お前ら気をつけて帰れよ」

「はい、藤宮さんもお気をつけて」


 初対面の相手とは思い直してくれて良かった。

 一時はどうなるか不安だったけど、少しだけ晴れた顔でお守り場から出て行った。


「ユキちゃん先輩、大丈夫なんすか?」

「えっ?」

「知らない大人から物を受け取っちゃダメなんすよ? ただでさえ、その……容姿なのに」

「大丈夫だよ、僕だっていざって時は」

「それが心配なんすよ。今は私もいますから、頼ってください」

「ありがとう、湊さん。気をつけるよ」


 左側の入り口にはポスターが貼られていて、

『恋愛を叶えるなら、()()神社へ』

 乙女神社。聞いたこともない名前。

 たぶん、この神社の名前なのだろう。


 目線をずらしていき、先ほど藤宮さんが座っていた辺りに懐中電灯を照らしてみるとトンネルの中で見つけた割符のもう片方。

 しかも……まるで()()()()()()()()酷く滲んでいる。

 到底、読めるものではない。

 一応、取っておくため湊さんが持つ袋の中に入れる。

 誰の血かは不明だが、それほど叶えたかった『恋愛』というのは些か想像したくない。


 ……他は、室内に入らないと奥のほうへは覗くことしかできない。周りには他に目立ったものはない。


「血なんて、考えたくもないっす」

「僕もそう思う……やっぱり、僕が持つよ?」

「大丈夫っすよ。拾ったものはちゃんと持ちますから」


 こういうところは、なんだか頼もしい。

 僕もちゃんと先輩らしいところを見せないと。

 ある程度、調べ尽くしたため僕たちは藤宮さんが出て行った扉のほうに手を掛けた。


 ガタガタッ!  ガタガタッ!


 物凄い力で扉が左右前後に揺れる。

 強い風に吹かれて動くガラスの窓とは違う、()()()に揺れ動いている。


 ガタガタッ!  ガタガタッ!


 一度、扉から手を離してみる。

 すると……ピタッ、と揺れが治まった。

 未だに強く脈を打つ心臓。

 意を決して扉に触れてみる。


 ────刹那、扉の袖口から注がれるように吹いた風が異様な寒気を招いた。



『ねぇ……お と こ いる……?』


「……ッ!?」


 あの時と同じ声、同じ気配に悪寒が身体中の産毛に至るまで鳥肌が立つほどに警笛を鳴らしている。

 扉のガラス越しに映る黒い人影に足が震えてる。

 どうする? このまま答えるか?

 けど、前回のようにはいかない。湊さんがいるため余計な発言次第では……!


「い、いないよ……!」


 少し上擦った声で湊さんは答えた。

 隣で屈んで必死に怯えているのを我慢しているのが、よく見える。


『……………………そう』


 静かな声で黒い人影は煙を巻くように消えた。

 ……まだ安心できない、油断するな……!

 何故だか確信は持てないのに、本能がそう告げる。


「ユキちゃん先輩……」


 僕の右腕に震えながらも掴んでいる両手。

 誰だって安心できるものに触れていたい。

 それは僕自身が一番よく知ってる。


「……大丈夫だよ、僕が必ず湊さんを連れて帰る」


 湊さんの手にそっと触れる。

 恐怖こそ全然和らがないけど少しくらいの笑顔ぐらい僕にだって出来る。

 一応、僕も先輩だから先輩らしいことはしないと。

 お互いにゆっくり立ち上がると触れていた手を離して扉に手を掛ける。

 今度こそ……扉を開けることに成功した。


 開けた扉に続いて涼しすぎるくらいの風が吹く。

 つい先程までは普通だったのに、前を歩くのを身体が拒否している。

 なんとか震えながらも右足を前に進めて、周辺の様子を確かめてみる。


「湊さん、大丈夫そう……」



『み つ け た あぁァぁ!』


 咄嗟に背後を振り返るも、誰もいない。

 でも、近くで聞こえたのは確かだ。

 湊さんはお守り場の前に待たせる。

 どうする? このまま立ち止まるか? 進むか?

 ゾワゾワと背中に感じる視線、荒れる呼吸。

 早く行動に移さないといけないのに……!


 プルルルッ! プルルルッ!


 カバンの中から聞こえてくる聞き慣れてしまった着信音が鳴り響く。

 取り出してみると、案の定……黒い携帯から。


「もしもしっ!?」


 焦る気持ちで非通知の電話に出る。

 最早、投げやりな気持ちな僕に通常通りのノイズ音。

 早く、早くしてくれ、早く出てくれ……!


『……お、と……な……ら…………』


 プッっと無慈悲なる音が脳裏に響く。

 頭に込み上げて来る行き場のない怒り、やはりと言うべき期待感。

 渦巻く恐怖の感情にその場で膝を突く。


 ────────シュルシュルッ


「えっ? ────ぅわぁッ!?」


 突如、足首を木の()()()絡み取る。

 直後、宙吊りになる形で吊るされ逆さまの状態へ逆転した。

 両手は重力に逆らい、ぶらぶらと揺れる中で真っ先に見えたのは巫女装束の女性だった。


 長く艶のある黒髪に冷たい眼差し。

 薄らと口紅をつけているのか唇が赤く染まっていて、その色は真紅に勝るほど。

 巫女装束の女性の()()()位置する場所から木のツタが()()()()()

 脈動する木のツタはまるで生きている心臓のように鼓動していて、女性は微笑みを浮かべている。


「ユキちゃん先輩ッ!」

「来ちゃダメ!」


 巫女装束の女性は僕だけを見つめているようで、湊さんには一切、視線を向けていない。


()()()……()()()


 やっと? あなたとは初対面だ!

 足首のツタをなんとか離そうと両手で引っ張っては剥がそうとしても、全然離そうとしない。

 むしろ……強く骨が軋んでいる気がする。

 頼みの綱であるカバンも地面に落ちていて、届かない。痛みがどんどん伝わってくる。

 それに加えて頭に血が上りやすくなってるため、思考が真っ白になっていく。

 このままじゃ……ぐっ……!?


「ユキちゃん先輩ッ!」

「こ、ないで……!」


 嘲笑う声。ラストスパートとばかりに締め上げる力に足は当に限界を迎えている。


 …………だれか、たす……け、て…………



 ────────リィンッ リィンッ


 消えかけていた意識の中で、不思議と聞こえた鈴の音。

 心地よく、どこか()()()()音に視界がクリアになる。

 目線だけで周囲を確認すると今にも泣きそうな顔をした湊さんがこちらを覗き込んでいた。


「湊、さん……?」

「良かったっす、本当に……!」


 重たい上半身をなんとか起き上がらせると、無人駅近くのあのトンネル前だった。

 湊さんをなんとか宥めて事の訳を聞くと……どうやら、あの後気づいたら無人駅近くに眠っていたらしい。

 時刻は……午後七時。スマホの画面を見る限り、夢ではなかったのはわかった……けど。

 毎時間二本しか走らない電車は無常にも過ぎてしまっている。


「ユキちゃん先輩が変な女性に足を絡み取られて……そうっすよ! 足は大丈夫なんすか!?」

「そういえば……」


 ────ッ!? い、痛くない痛くない!


「ユキちゃん先輩?」

「大丈夫、大丈夫だから。それよりも電車のほうが遅れちゃったけど」

「えいっ」

「〜〜〜〜ッ!? 〜〜〜〜ッ!! い、痛くないよ〜!」

「痛いんですよね?」


 いや、そんな痛くないから。

 ほら、ちゃんと歩けるよ?


「足、引きずってますっすよ?」

「え!?」

「嘘っす、でも立っているのがやっとなんすよね? ユキちゃん先輩。真剣にお願いするっすよ」

「……立っているのがやっとのくらい痛い」


 とても満足に歩けるということも出来ない。

 あの時、締め上げられた右足首に思うように力を入れることも難しい。


「……はぁ、ホントはこんなことしたくないっすけど」


 膝を曲げて屈むと両手を後ろに伸ばして()()()の体勢を取る湊さん。

 もしかして、僕に乗れと?


「早くっすよ、ユキちゃん先輩」

「……重くない?」

「……よいしょっと、案外軽いっすね。もう女の子じゃないっすか?」

「僕は男だよ」


 冗談抜きで勘弁して欲しいけど、今はそれぐらいが心地良い。

 ────あの鈴の音のように、どこか懐かしい。

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