御供物
六月中旬に差し掛かる九日の日。
今日は一段と雲が広がっていて、雨が降りそうな天気。予備に折り畳み傘を持ってきた。
教室内もジメジメと湿気が溜まりやすい温度差で髪を整えるのに時間がかかってしまった。
こういう日とかカビが生えやすいんだよね〜。
あと、なんだか寒い感じがして長袖を着てきたけど学校にはほとんど半袖しかいない。
「おはよう、千乃」
「おはよう、樹。今日は湿気が多くてさ……」
「そうだよな。俺も寝癖なおして行こうと思ったら母さんが洗面所使っててえらい時間かかったな」
「湿気が多いと髪を整えるのが大変だからね」
だから、今日の樹は寝癖を急いで整えましたって感じがあって荒い。
見たところワイシャツの第一ボタンも今日は外してる。
「あっ! それと……はい、これ」
「なにこれ?」
ズボンのポケットから取り出したのは、小さな黒い手帳とボールペン。
表面にはなにも書いておらず、ボールペンも同じように普通の人では手が出せないような代物に見える。
「ちょっとしたオカルトグッズだ。知りたいものを書けばその意味を教えてくれる、確かそんなようなものだったな」
「なんで僕に……なんとなくわかった」
絵に描いたような笑顔を浮かべる樹。
昨日言いかけていたことだろうと十中八九。
ということは、何かしらに巻き込まれそうな気がしてならない。
「実はな、気になる情報を手に入れたんだよ」
「オカルト好きには堪らないものだねぇ、僕は遠慮願いたいけど」
「まぁ、そう固いこと言うなよ。……『乙女椿』って知ってるか?」
「椿の花の一種、でしょ?」
「いーや、花の名前じゃない。……俺が通学によく使う無人駅の左奥に祠があって、その近くに出るらしいんだよ……『乙女椿』が」
「花の名前じゃないなら、そういうペンネームだとかニックネームみたいな……その、通り名的なもの?」
「それがな……わからないんだ」
「はぁ!? 何それ!?」
昔から付き合わされた樹による『噂を探り隊』。
メンバーは僕と樹。当然のことながら半信半疑な噂を調べようとする輩は僕たち以外聞かない。
よく夜遅くまで付き合ってはいたけど、すごく怒られた気がする。
狗神やら、首なし人間、夜の公衆トイレ……数えても思い出したくない黒歴史。
その割には成績が良いのは少しばかりムカつく。
「わからないのに、あれなの? 確証もないのにその真相を探ってこいって?」
「確信がないわけでもない。昔からその祠には言い伝えがあってな────」
元々、あの無人駅の周辺は小さな神社だったらしくて当然、祀る神様もいた。
当時の新聞を読み漁ったが、ほとんど何も残ってはいないため本当かどうかはわからない。
だが一つだけ共通していたのが、その小さな神社には俺たちと同じ歳の巫女さんがいたらしい。
それは大層、美人で神社の参拝客は巫女さん目当てが大概。
そんなある日────突然と言っていいほどその巫女さんを見なくなって……。
神社も衰退して代わりに建てられたのが、祠みたいだ。
「……どっちにしろ、気になってしょうがない」
「その巫女さんと椿にどう関係あるの?」
「それもわからない。今日行こうと思ったんだが生憎、塾でな。……頼む、見に行くだけでいいから代わりに行ってきてくれないか?」
要するにその祠の謎を代わりに見てきてくれ、ね。
はぁ、とため息を吐く。だけど、仕方がない。
ふと、脳裏に浮かぶ。旧校舎での光景。
白骨化した頭蓋骨、殺された川岸みなみさん。
もし────その祠でも旧校舎と同じ出来事が起きていたのなら、解決したい。
どこからか溢れ出ててくる使命感に僕は放課後、無人駅近くの祠に行くことを決めた。
♢
時刻は午後五時半。下校する生徒の大半が帰った頃合いを見計らって、昨日の無人駅へ向かった。
樹の言う通り、左奥……これか。でも、なんだか暗いな。
「そうだ、まだカバンの中に……あった」
懐中電灯を取り出した。旧校舎以来、何かと暗くなりそうな日には持参しておこうと入れていたのを思い出した。
カチッと明かりを点けて真ん中に穴が空いたトンネルを照らす。雑草すら足元に生えていない不気味さを感じさせる一本道。
真っ直ぐに進んでいくとやはり使われていない場所なのか、足元はゴミがちらほらと散らかされている。
さらに奥へと進むと……真ん中に小さな祠が建てられているのがわかった。
「たぶん、あれが……」
祠の周りには、取り壊してそのままにされた神社の残骸がそっくり残っている。
その祠の前にはコップ一杯の水とおはぎが納められていた。
コップの水は濁っていて大変飲めない色をしていて、おはぎには少し齧った跡。
神様にお供えするなら、野菜などの作物と海で獲れる鯛など……作法に則るなら。
まるで────誰かのお墓にお供えしている。
そう思えてきた僕は、僅かながらの小銭から五円玉を取り出してコップとおはぎの手前に置く。
一応、両手を合わせてお辞儀をする。礼儀知らずだとしても、これくらいはやっておかないと。
プルルルッ! プルルルッ!
カバンの中にしまっていた黒い携帯がバイブレーションで必死に訴えかけている。
何事かと思い電話に出ると、
『…………い……か……ら……に…………て』
プツッ、ツーッ、ツーッ……
また同じように途切れていて、何を言っているかわからないまま一方的に切られる。
僕に何を伝えようとしているのか。
黒い携帯をカバンにしまい、来た道を戻ろうと背を向けた瞬間────ゾクッ!
背後から産毛に至るまで悪寒が走り抜ける。
早く逃げろ、と本能が叫ぶが身体が動かない。
『……あなた……どちら様?』
透き通る落ち着いたトーン。
聞いている人にはとてもいい声だと思うけど、明らかにこちら側ではないものと理解した。
『ねぇ……どちら様?』
右頰を冷たい吐息が撫でる。
目線をずらせば、確実に見れる可能性はある。
でも、見てしまったらと思うと思うようには行動できない。
「……さ、ん……ぱい……」
『あら……参拝客だったのね。……ねぇ、あなたは男の人? それとも……女?』
足元に血流が溜まっていく。
いや、これは……足首を何かが締め付けるんだ……!
グギッ! と足首の骨が悲鳴を上げる。
『ねぇ……男、なの?』
相手はすぐそばにいる。
早く答えないと……ヤバい!
「お……ぐぅっ……! ……と……こ……ッ……!」
『……男の人なんだ。…………また来てね』
吹き抜ける風のように耳元で囁かれたあの声。
脳裏に響くのは不気味な笑い声。
その声はどこか────喜んでいた。




