好敵手
朝、目を覚まして夏の制服に着替えて階段を降りていると何やら香ばしい匂いがしてきた。
丁度いい感じに焼けていて、何より醤油と胡麻の香りときたら……お腹の虫が目を覚ます。
だらしもなく垂れてしまいそうな涎をティッシュで拭き取ると、何事もないように挨拶。
「おはようございます、真冬さん」
「あぁ、おはよう。ゆっくり寝れたようだな」
「はい。おかげさまで」
今日はクラシックなロリータファッションに身に纏っているようで、さながら西洋の大和撫子。
真冬さんが座っているテーブルの隣、キッチンでトントン拍子にリズム良く刻む音を奏でるのは那月。
今日から同じ学校、同じ夏の制服。
心なしかその背中は張り切っているように見える。
「おはよう、那月」
「千乃、おはよう。今日から同じ学校」
「うん。同じ学校だね」
アメジスト色の瞳から見てわかる通り、喜んでいる。
那月と同じクラスになれたらいいんだけど、時の運というものなのか。
食器皿や箸、ご飯等を並べ終わり向かい合うように座ると、
「いただきます」と今日一日が始まった気がした。
♢
午前八時半。予鈴も終わり、朝のホームルームが始まる時間。今日は珍しく先生が遅くやってきた。
「おはよう、今日は皆にいい知らせがある、入ってきてくれ」
ざわざわ、と騒ぎ出すクラスメイト。
教室の扉がゆっくりと開かれるとそこには────
「自己紹介を頼む」
「立花那月です。よろしくお願いします」
「立花は両親の都合で海外を転々としていたらしく、皆くれぐれも気をつけるように。それで、席は……」
お昼休み。
それは、午後の授業前にある休憩で時間は一時間くらいある。
仲のいいグループ、親しい人と想い人など……。
僕はというと自分の机でひっそりと食べて、残りの時間は本を読んだりしている。
「千乃、一緒に食べよ?」
「う、うん……どうぞ」
左隣にいるクラスメイトが留守にしているため、その席に腰掛ける。
朝まではなんというか……こう、片言に似た感じなのに学校に来た途端に流暢になったような。
それに、女の子と一緒というのも初めてだし……。
「どうしたの? 千乃」
「ん!? な、なんでもないよ。は、早く食べないとね!?」
慌てて鞄の中にしまっていた弁当箱を……あれ?
まさか、家に忘れてきた……!?
「最悪だ〜……家に忘れてきたみたい」
「……そう言うと思った。はい、これ」
那月の手から机の上に置かれたのは、水玉模様の風呂敷で包まれた弁当箱。
見覚えのある風呂敷に目を丸くする。
「千乃が忘れてきたっぽいから持ってきたの」
「ありがとう! 那月!」
「……ほら、早く食べよ?」
ほんのり顔が赤くなってる那月を見て、照れ屋さんなんだなと思った。
これで購買部の競争に行かなくて巻き込まれなくて済む。
なんだか今日のお弁当は一段と美味しく感じた。
♢
放課後。毎度のことながら、三嶋さんの勉強に付き合っているのだけど……。
今回は異質染みた雰囲気が図書室内に漂っていた。
「千乃。私が教えるよ?」
「だ、大丈夫だよ」
「ユキちゃん、その人だれ?」
「転校生だって、先生が朝のホームルームで紹介してたよ」
「ごめん、聞いてなかった」
向かい合うように座る僕と三嶋さん。
その僕の隣で肩を寄せるように座る那月。
三嶋さんのいつも以上に機嫌が優れないがわかる。
「那月、そろそろ離れてくれないと──」
「私が教える」
なんとか静止させてはいるけれど、長くは持ちそうにない。
「千乃」
「ユキちゃん」
「な、なにかな?」
『ちょっとだけ席を外してもらえないかな?』
二人とも笑顔なのに、少しも笑ってない。
しかも、これ以上の発言は飛び火を招きそうに思えて黙って図書室から出て行った。
♢
とはいえ、図書室に荷物を置いてきたため家にも帰ることが出来ない。
どこかで暇を潰さないと……。
「久遠千乃、さんで間違いないっすか?」
生徒玄関前にある階段上の踊り場から声をかけられる。
片手にはデジタルカメラを持っていて肩からはカバンを下げているため、下校途中か部活帰りの生徒? なのかな。
「はい、そうですが……」
「噂通り! いや、すごい可愛らしいっすね! 記念に一枚どうっすか!?」
「写真はちょっと……」
階段を駆け降りてその勢いのままいきなり、
パシャッ!
カメラのシャッター音が静かな廊下に響く。
ニヤニヤと笑みを浮かべるこの人とは面識すらないんだけど、噂通りって。
黒髪ショートで紫色の眼鏡をかけた普通の女子生徒だと思うんだけど、どこかで会いました?
「いや〜、いい一枚が撮れました。すみませんね、こういう癖なもんで。一つお話をお伺いしにきたんですけど、『旧校舎』で起きた事件について」
旧校舎、という言葉で雰囲気がガラッと変わる。
あの事件でのことだ、きっと警察に丸められた御伽話程度のことだろう。
「川岸みなみ、ご存知っすか? この事件で見つかった被害者なんですけど……実はですね」
先ほどの笑顔から一変。
鋭利な刃物を向けるような尖った目つきで僕を睨んだ。
「私の双子の姉なんですよ。詳しいお話は部室でお話しませんか? 久遠先輩」




