夏の訪れ
六月上旬。衣替えということもあり、少しラフな格好で登校することが多くなった生徒たち。
かくいう僕も半袖に変わったわけで、長袖が恋しい。
そして、我が家に一人……居候が増えた。
「なんだ? 私が食卓に居ることへの不満か?」
「まさか居候するなんて思ってもみなくて」
「ふんっ……好きで年下の男の家なんぞに泊まってやるものか」
嫌味を平気で口にする真冬さん。
でも、一緒に暮らすのが嬉しそうに見える。
「千乃、大丈夫?」
「大丈夫だよ──それより、那月は……」
「既に転入届けは出した。明日から転入生、勉学ならお前に任せる。私には専門外でな」
相変わらず仕事は早いようで。
那月はどこか嬉しそうに食事をしていた。
あれ、僕ってあまり那月のこと知らないな。
今更になってだけど、なんで僕の名前とか知ってたんだろう?
「那月、どこで僕の名前を」
「早く学校へ行ってこい。子供は勉強の時間だ」
食器皿を颯爽と片付け、椅子の下に置いていたカバンを手に取る。……玄関前ならわからないはず。
黙っていれば可愛いのに────。
ドスッ! ドスッ!
「…………ッ!?」
首が回らなくなった機械のように、恐る恐る振り返ると片手で包丁を回す真冬さんが睨んでいた。
無言でもわかる────『次、コロス』と。
「い、行ってきま────すッ!!」
急いで靴を履いて、学校の教室まで全速力で走り抜けた。
♢
学校へ着くと、どこか不機嫌そうな三嶋さんが挨拶しにきた。
「あ、おはよう、三嶋さん……?」
「ユキちゃん……私ね、言わなくちゃいけないの」
何時にも増して真剣な眼差し。
もしかして、そろそろアレのことかなと僕の予感がそう告げる。
「補習になりたくないから、教えて!」
「……はい」
何故、毎回補習を回避できないのかが不思議。
予鈴までの時間、僕は三嶋さんに予習するべきところと復習するところを分けて説明した。
♢
僕が通う学校には、プールがない。
一部の男子は悔しがるらしいのだけど、まあ考えるのだけ無駄なのかもしれない。
話が逸れたけど夏は基本、体育館か校庭。
……まさか一時間目から体育だとは思わなかった。
体操着に着替えた僕はクラスの集合場所であるグラウンドに駆け足で向かった。
今回の授業内容は三日間の遅れを取るため、グラウンドを走ることに。
男子は7周半、女子は6周。
これがまた差があるけれど、赤点を取らないためには走らないといけない。
ちなみに、グラウンド一周の距離約200メートル。
「おい、久遠」
「はい?」
体育の先生に呼び止められる。
もうすぐ走り出すというのになんなのか。
「お前は女子のほうだ」
「……え?」
「男子が終わり次第、走ることになる。くれぐれも怪我だけはするなよ」
先に男子が走って、その後女子になる。
……なのに、何故か僕は女子のほうになっているのに驚いている。
疑いの目どころか普通に気にせず走っている。
「ユキちゃん、準備運動しよ?」
「うん……うん?」
半時間後、走り終わった同じ男子からは変な視線が向けられる。
「久遠さん、大丈夫?」
「あんな男子たち放っておいていいからね」
なんだかみんなして、なんか勘違いしてないかな?
「ユキちゃん!」
「三嶋さん!」
「一緒に走ろう?」
────さらに半時間後、最後にゴールしてした僕を待っていたのは三嶋さんだけだった。
「あれ、他のクラスメイトや先生は?」
「なんか『大事な話なんだ』、とか言って皆どっか行っちゃった」
先生の姿も見当たらない。
もうすぐ終了のチャイムということもあり、僕と三嶋さんは教室に戻った。
───放課後。久しぶり……というか、三日ぶりの勉強会を終えた僕は真っ直ぐ家に帰った。
洗面所にて手を洗い、うがいを済ませるとリビングへ向かう。
「ただいま〜」
ソファーの上で足を組んでいる真冬さんとテーブルの上で勉強をしている那月。
一見してみればちょっと変わっている光景。
第一にその……真冬さん、見えてますから。
「千乃、おかえりなさい」
「ただいま、那月。勉強?」
「うん」
机の上の教材を見ると、丁度僕が今学校で習っている範囲で……しかも、全部合ってる。
テレビを見ていたところしか見てないから、よくわからなかったけれど意外と出来ている。
「千乃、ちょっといいか」
真冬さんの声音が変わった。
いつも口が悪いのだけど、今回は違う。
「僕の部屋でいいですか?」
「あぁ、眠れなくてな」
那月には少し外すね、と告げる。
返答こそなかったが邪魔しちゃ悪い。
二階への階段を上っていき、僕の部屋の中へ入るや否や────抱きしめられた。
「……すまない、私が帰るのが遅くなったからだ」
風の噂か、もしくは……真冬さんが気にしてるのはたぶん、旧校舎のことだと思った。
唯一の姉を失った僕に、必死になって助けてくれたもう一人の真冬さん。
「ううん、真冬さんのせいじゃないです」
「……すまない」
身長差もなく、すっぽり肩に頭が入るくらい身体は小さいのになんだかお姉さんっぽい。
「少し寝る……抱き枕になれ、変な気は起こしてくれるなよ?」
「起こしませんよ。……真冬お姉ちゃん」
「……ふんっ」
満更でもなさそうな顔を拝めた僕は、真冬お姉ちゃんの隣に寝そべるようにベッドで眠った。




