幕間 sideアリス・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
彼を──彼女を初めて見た時の感想は、『なんだかおかしく見える人ですね』という、少し気の抜けたものだった記憶があります。
彼女は──彼は何故か、まるで人形の様な金の髪をした少女の姿とは別に、何処にでもいる様な普通の少女の姿が、二つ重なって見えていました。そんな見え方をするなんて初めての体験で、私も少し困惑していた、ような覚えがあります。
どうして2人に見えるの?とか、どうしてここにいるの?とか、どうして私の前にいるの?とか、色々と聞きたい気持ちでいっぱいだったけど………私は一言、彼の──彼女の名前を、最初に聞きました。
彼女は──彼は『キングプロテア・スカーレット』と、私にそう名乗りました。そして、己が悪魔である、とも。彼は──彼女は、初対面の私に対してそう言いました。今も、その時の事は鮮明に思い出せるくらいには、明確に。
彼女は──彼は何故、こんな地下深くにまで来たのでしょう?それは、私が問わずとも答えてくれました。彼は──彼女は、私の残した小さな願いを、小さな手紙を見て、本当に助けて欲しいのかを問いに来たらしいのです。
そして、彼女は──彼は、私に対して問いました。
『貴女、書きましたわよね?"助けて"と。その事について、貴女は肯定しますの?それとも否定しますの?貴女の事情なんてどうでもよいので、できるだけ早く、私の質問に答えてくださいまし』
なんて、そんな風に。私に対して、何も取り繕う事もなく、真正面からそう問いました。
私はその言葉を聞いて、ほんの少しだけ迷いました。彼は──彼女は、私が眠って夢に見るくらいに夢見た外に、本当に連れ出してくれるの?って。
でも。でも、彼女は──彼は、その瞳は。そんな迷いなんてどうでもよくなるくらい、真っ直ぐに私の瞳を貫いていました。私の目だけを見ていました。私の眼だけを見ていました。私の瞳だけを見ていました。
………それだけで、私は彼を──彼女を信頼しても良いのだと、心底安心したし、だから私はああ言ったのだと思います。
『私を、助けて。──助けてください。ここから出してください。この楽園から、私を地獄に連れて行ってください。私は、それを望みます』
そんな風に、私はそう答えました。
そうしたら、彼女は──彼は、心の底から楽しそうに、心の中で笑うように、話し始めました。私が助けてあげるから、一生感謝し続けろ、と。感謝して、己の為になれ、と。私は彼に──彼女に、正面からそう言われました。そして、私に再度問いました。それで良いのならば、もう一度助けを乞いなさい?と。
その言葉を聞いて、その瞳を見て………私は、彼女が──彼が、とても優しい人なのだと、その時に初めて、理解できました。
彼は──彼女は、私を気遣ってくれているんだなって。今だから理解できます。彼女は──彼は、私にとっての白馬の王子様でも、一騎当千の英雄でも、異世界の勇者でもないのです。
どこまでも強引に助けてくれる訳じゃなくて、私の事を考えて助けてくれようとする、心優しい人なのです。私が外に踏み出すのが怖いのならそのままで、外に踏み出す勇気を振り絞れるなら手助けでしてくれると、そう言ってくれたのですから。中途半端な想いのまま連れ出すのではなく、私の覚悟が決まらなければ外には連れて行かないと。
だから。私は覚悟を決めたのです。私はもう一度、彼の──彼女の瞳を真正面から見据えてから、言ったのです。
『私を、助けて』
って。頭を下げて、私の誠意が伝わるように。誰にでもわかりやすく。
そうしたら。彼女は──彼は、大きな声で笑い始めました。心の底から楽しいのが私にまで伝わってくるくらいに。
そして。彼は──彼女は言ったのです。
『あはははっ!!ええ、ええ!!助けてあげましょう!貴女をこの詰まらない楽園から、楽しい楽しい地獄へ連れて行って差し上げましょう!貴女が望んだんですもの!貴女自身が!外へ出たいと望んだんですもの!あははははははっ!!』
私は。その言葉を聞いて、改めてこう思ったのです。
『あぁ、この人はとっても優しい人なんだ』って
だって。誰にだってわかるように言ってくれているのですもの。"貴女が望んだんですもの"って。そう、そうなのです。これは私が決めた事であり、私が決めた覚悟の結果なのだと、そう彼女に──彼に言われたのです。
その時でしょう。きっと彼は──彼女は自分で気が付いていないのでしょうけど、私と彼女は──彼は、私とちょっとした契約を結んだのだろうと、思います。
私は、私という存在の全ては、全て彼の──彼女のモノである、と。そう定義されたのだろうと思います。別に、彼女に──彼に何かを命令されたら逆らえない訳でもありません。別に、それで何がある訳でもありません。別に、それで何かが変わる訳でもありません。ただ、"私は彼の──彼女のモノである"という、ただその文言の為の契約なのだろうと、私は思います。実際、そうなのでしょう。
ですから。私はいつの間にか、彼女であり彼であるという性質を持つ1人の人間──『松浦葵』という優しい人間の"モノ"になったのです。えぇ、それだけです。他に何がある訳でもありません。ある訳がありません。
『私はアオイのモノ』
それだけで、私は心の底から嬉しいのですから。
「あ、アリス。ちょっと出かけない?具体的には一緒に図書館に行かない?」
「図書館ですか?良いですね、行きましょう!」
私は今日も、こうして日々を過ごすのです。昔の私が夢見た空の下で、これまでは幻想であった地上の世界を、私の脚で歩くのです。それもこれも、今隣に居る彼であり彼女であるアオイのおかげです。
「アリスと出かけるの嬉しいなぁ」
本当に。こうしていられるのは、全てアオイのおかげです。だから、私はきっと、いつまでもアオイに感謝し続けるでしょう。いつでもアオイの力になりましょう。アオイがしてくれた優しさと同じくらい、私もアオイに優しくしてあげたいのですから。
「私も嬉しいですよ、アオイ」
だから、私はアオイに何度だって言うのです。
「………ありがとうございます、アオイ」
「?どういたしまして?」
──願わくば、この幸せが最期の時まで、ずーっと続きますように。私の神様に──我が瞳の神様に、この願いが届きますように。




