イロハ歌ってイロハニホヘトまでは出るけど、チリヌルオまではすんなり出てこなくない?
イ型世界で今後困らない程度の大金を手に入れる為、三つもの企業を立ち上げて色々した日から、4ヶ月も後。既に秋は過ぎ、季節は冬。というか3月なのでもうちょいで春が来そうなレベルである。
その間にやった事と言えば、『SRO』の細かい調整は普段からずっとやってるし、うちの子達の能力改良も同じように普段からずーっとやってる日課。それ以外にやった事と言えば、人事派遣会社『ScarletKing』が軌道に乗り始めた事くらいだろうか。
いやぁ。好きな能力を持った人材を好きなだけ派遣されるからか、一度受けるとハマったのかってくらい依頼が来るからめっちゃお金稼げるんすわ………しかも、幾つかの企業は人間では考えられない領域の能力を持つ人材も派遣可能って事に気が付いたらしくってね。1人で特定作業を全部出来るみたいな子を派遣してほしいみたいなのもされたんだよね。頭良い。他二つは軌道に乗るまでまだまだ時間が必要だから、じっくりゆっくり育てるべや。
となればここ最近は一旦の休憩としていたが、次なる異世界を目指すのも良いのではないか?そう思ったが吉日。ついこの前新しく発見した異世界が中々に面白そうな世界だったので、折角なら行ってみようと思う。
私がこれから向かう世界は、まぁ端的にいうなら現代ファンタジー的な世界だ。雰囲気としてはハ型世界やニ型世界が該当するタイプの、科学文明を根底としながらも超常の法則が当然のように存在している世界観だ。ホ型世界のような裏社会で超常が蔓延っているタイプじゃない。異能バトルが普通に表社会で起こってるタイプだ。
そんなチ型世界、ではどんな超常の法則が世界に蔓延っているのかと言えば、所謂異能が存在しているのである。チ型世界の住人は生まれながらにして、その身に超常の法則を秘めているのである。当然のように出力の差はあれど、それも研鑽によってある程度はカバー可能。最終的には権能レベルの出力には到達可能だと思われる。
………まぁ過去観測をしてはみた結果、今の所チ型世界で権能レベルの出力に到達した人物っていないっぽいけど。1番近い人物でも権能の1000分の1くらいの出力でストップしてるし。まぁぶっちゃけ権能の1000分の1でも同じ人間と争うだけならお釣りがくるレベルで過剰だから、それ以上を目指さなかったんだろうなって感じはするけど。
まぁ兎に角、そういう異能が当然のように存在している世界に私は赴く訳ですが………まぁ特に準備するものとかも無いし、パッパと行きますか。こういうのはノリと勢いだけで進むのが大事なんですってうちのアリスも言ってたし。まぁあんまり信用できる言葉じゃないけど、ノリと勢いが大事だってのはまぁそうだし。ここで躊躇してる数秒の方が無駄だものね。
という事でやってきましたチ型世界、その中でも地球に近しい人類の繁栄している惑星の、とある駅前。初見の反応としては………現代ファンタジー、って感じはするね。イ型世界と同じように科学文明によって繁栄してきたってのは明確に理解できる。しかし明確に違うのは、街行く人々が当たり前で当然のように異能を使っている点だ。
背中から生えているらしい3本目の腕を器用に使って両手だけじゃ持ちきれない荷物を持つ女性がいれば、男の子が手を離してしまったのか飛んでいってしまった風船を空を飛んで掴んでいる男性もいるし、身体から生えているらしい梅の木を剪定ハサミで手入れしているらしいお婆さんも、首から上が常に燃え盛っているお爺さんもいる。本当に多種多様だ。
「ふむ………なるほど」
始めから全てを知っていては異世界へ訪れる事が出来ても何の楽しみもない………というコンセプトによって、私は毎度毎度訪れる世界の情報を制限している。そうでもしないと権能範囲を広げた時に全部知っちゃうので………しかし訪れる世界でただ異物だと排斥されたい訳ではないので、その世界の住人であれば当然のように知っているべき知識だけは毎度毎度閲覧している。
今回はノリと勢いだけでやって来たので閲覧はまだ軽ーくだったけれど、まぁ問題はない。最悪の場合、時間停止でもして時間を稼ぐので。
それに、軽い流し読みでもそこそこの知識はある。まずこの世界に存在する『異能』だが、これはこの世界が"概念が実世界に影響を与えやすい世界"だから引き起こっている現象である。端的に言うと、この世界の住人は誰であれ超絶小規模な権能を扱えるのだ。
権能の行使に必要不可欠であると考えられる四工程が無いのだとしても、ある程度の自我が芽生えたのなら発現する程に、概念が世界に影響を与えやすいのだと思われる。この世界にやって来てから権能の調子が普段の9割増しみたいな感覚がしているのは多分そのせいだと思われる。
自己の認識が足らずとも、世界の把握が甘くとも、自己の展開が出来ずとも、世界の掌握が行われずとも、己の根幹を成す性質たる概念を現実に反映するのが容易いのだろう。例えるならプログラムで"HelloWorld"って出す程度というか、サッカーでボールを蹴れる程度というか、裁縫で針に糸を通せる程度というか。権能の初歩の初歩、みたいなのであれば、この世界の住人は容易く行使出来るのだと思われる。
そして大半の人物が、その初歩の初歩で一生を終える。1番初めにこういう現象が起きた、じゃあこういう異能なんだろう………で思考が止まるようで、異能を成長させようとか考える人物はあまり居ないのである。勿体無い。初歩がこんなに簡単に手に入るってのに、上を目指そうとする野心が足りないよねぇ。まぁそもそも1番上が見えてないから野心も何も無いと思うけど。
「勿体無い………勿体無いですわねぇ………」
街中を歩いているだけですっごくそう思う。街行く人々の異能一つ一つを権能経由でサラッと解析すると、うわそれ絶対権能になったら便利で強いじゃん育てなよ、って本人に言いたくなる。言わないけど。でも勿体無い………ぐぬぬ。
「………あら?」
私が賑わっている駅前を見てぐぬぬーっとしていると、ふと、自分の身体に違和感が発生したのを感じられた。すわ何事かと思って原因を探すと、原因は容易く見つかった。
「私を召喚しようと………?」
なんと、原因は異能による悪魔召喚であった。それにしても………ふむ、なんとも限定的な異能だなぁ。こういうのもあるのか………にしても、私を召喚か。
「んー………」
………解析完了。なるほど、今こうして私を召喚しようとしているのは1人の少年であるらしい。その少年は昔から自分ではどんな異能なのか分かっているのに、実際に使ってみても何も起こらないので周りから軽く虐められていたようだ。"能無し"とか呼ばれてたっぽい。何のとりえもない、異能が無い、っていう二つの意味で。
しかし少年は虐めに屈さず、絶対に見返してやると死ぬ気で努力した結果、遂に召喚検索範囲に私が引っかかった………という事みたいだ。召喚すべき悪魔を検索する範囲が権能の効果範囲内に限定されるので、これまで中々引っ掛からなかったらしい。
そもそも少年の異能は、異界を由来とする悪魔を召喚し契約するという………なんとも限定的な異能であるらしい。権能の効果範囲が異世界にまで及ばなければ何の意味もなく、かといって手軽な練習も出来ない………ちょっと不憫な子だ。
召喚のついでで行われる契約も、特に困るようなものではない。少年が主人の主従契約であり、私への命令権もあるものの、少年は私に命令する度に命令と相応の何か、つまり対価を支払わなければならないようだし、場合によっては命令を拒否する権利もあるようなので、私に対して一切不利な契約はないようである。
「まぁ………折角ですし、召喚されてあげましょうか」
異界出身の悪魔限定召喚能力だものね。私が今ここで拒否したら、少年は今後一生異能を扱えない人物として扱われるかもしれないし。それならまぁ、合法的にこの世界における私の立ち位置を確保するって意味で召喚されるのは全然アリだ。
召喚を受け入れた瞬間、私の視界は一気に切り替わった。駅前という屋外から、少年の部屋という室内へ。ただそれだけではあるが、充分な変化だ。
「………貴方が、私を呼んだのね?」
「き、君は………?」
私の眼前には、腰を抜かしている少年が1人。自然と見下すような目線になってしまうが、まぁそれは少年が初めて成功した召喚の様子に腰を抜かして倒れたのが悪いので謝らないでおく。
「あら、貴方が召喚したのでしょう?この私、キングプロテア・スカーレットを」
「召喚………?って事は………成功、したの………?」
召喚は自分で引き起こした事象だというのに、まだちょっと混乱気味らしい。君が小さな頃から待望していた召喚がせいこうしたんだから、もっと驚くといいよ?
「………やった。やったぞ。やってやった、やってやったんだ………そうだ!やってやったんだ!僕はやれたんだ!やったぁー!」
「あら、ふふふ」
時間が経って自分の異能が遂に結果を齎したことが理解できた少年は、それはもうはしゃいだ。私を召喚した事も完全に忘れてしまっていたらしく、ひとしきりはしゃぎまくった後にやっと思い出したのか、少年は私に気が付いてちょっと顔を赤く染めつつ、話しかけられた。
「ご、ごめんなさい。はしゃぎ過ぎちゃった。あー、それで君が………その、僕の召喚に応じてくれた異界の悪魔で、いいのかな………?」
「えぇ、そうですわ。改めて、私の名はキングプロテア・スカーレット。悪魔を支配する女神にして女王にして女帝ですわ。以後お見知り置きを」
「えと、僕は松村 翔太です。まずは………そうだ、契約を結びたいんだけど、良い?勿論、僕が優位なものじゃなくて、対等な契約なんだけど………」
「ふふ………良いですわよ、呑みましょう」
「え、いや、まだ契約の内容を見せてないんだけど………」
「良いですわよ、別に。どんな契約かはもう知ってますもの。私、女神ですので」
実際権能があるから分かったのはそう。
「女神?えっと、契約は………」
その後、初めてだからだろうが多少もたついたものの、翔太君は異能による契約を無事完了させた。私の方でも翔太君との繋がりが感じられるので、今度から名前を呼んでくれればすぐにでも駆けつけることができるだろう。
………ふむ。仮にも主従関係になったのだから、翔太君などではなくマスターと呼ぶべきだろうか?いやマスターはもう居るか………多分マイマスターに聞かれたらめっちゃ不満げにされそう。となると………うーん、ご主人様とか?
ご主人様、ご主人様………まぁこれで良いか。後で相応しい呼び方があったらその時に変えれば良いんだし。
「それで?私、どうして召喚されたんですの?」
「え、あ、そっか。ごめん、なんかいけそうだって思って咄嗟に異能を使ったから、特に用事とかないんだ………」
「まぁ………良いですわ。そういう事もあるでしょう。次からは私の名を呼んでくださればいつでも駆けつけますので」
「うん。ありがとうね、スカーレットさん」
「キングプロテアと、そう呼びなさいな。貴方は私のご主人様ですのよ?さん付けは不要ですわ」
仮にも主従関係なのだから、こうも謙られると調子が狂う。傲慢な主人になれと言っている訳ではなくて、契約上ご主人様の方が上なのだから相応の態度を取ってほしいというだけではあるが。
「そう?それじゃあ………えと、キングプロテア………さん」
「ふふ。まぁ、それで許して差し上げましょう」
ご主人様は恥ずかしかったのか、さん付けは取らなかった。まぁいいや。名前呼びに変わってるだけマシなんだろうし。まだ出会って少ししか経ってないけど、ご主人様の性格的にこうなるのはというか、似たような状況になるのは分かってたもの。こういうキャラクター多いし。
私はこの日、新しいご主人様である翔太君と色々と話してから、元の世界に帰還した。実は私がマジで異世界出身の悪魔だとは理解していなかったし、何なら私が異世界で普通に生活してるのとかも知らなかったっぽくて、今日は帰りますわね〜とか言ったらめっちゃ驚かれたけど、まぁ些事よね。
私の名前を言ってくれたら即座に駆けつけるよーとだけは言っておいたから、ご主人様に危険が迫ったら急行できるようにはなったけど………不安だからうちの子何体か置いて護衛させておこう。ご主人様を守るのも従者の勤め、ってね。




