真っ白な罪
薬物乱用を巡る、3人の過去。
恋情が引き起こす、犯罪を追う
「新島さん」
「割と早かったな」
「近かったので。あれが例の…」
「そうだ。これが資料だ」
「なるほど。薬をやってた方のもありますか?」
「手元にはないが口頭でいいなら。年は同じく21、高校卒業後に就職。彼女とは親しい関係らしい。進路は違えど度々会っていたようだ。薬は20の頃からやってるらしい。交際相手の男が通報して発覚した」
「ありがとうございます。ところで、彼女。何故あんなに怯えてるんです?」
「立川が取り調べていたんだ」
「余計なことしてくれますね…」
「俺ももう少し早く来るべきだったな」
「新島さんは悪くないですよ。では、そろそろ」
「あぁ、頼んだ。」
資料を粗方読み終えると、私はそれを片手に取調室に入った。
「はじめまして佐上さん」
「…」
「まず謝らせてくれ。本当に悪かった。警察も色々でさ、一個前の人みたいなのもいるんだ。なるべく無いようにはしたいんだけど、人手がなかなかね…」
「…」
「私は物上透。犯罪の動機を調べる専門でね。今回はこの事件を担当しているんだ」
「犯罪…」
「雲沢さんが違法薬物に手を出していたのは何故なのか。それについて知りたいんだ」
「違法…?」
「そう。それをあなたから受け取ったという話があるから、ここで確認のために、ね」
「私…渡してないです…」
「そうか。そうだよね。君はとても犯罪をするような人に見えないからね。それに彼女とは高校からの付き合いなんでしょ?悪いことはしてないと思ってんだ」
「え…」
「今日はそれだけ確認できればよかったんだ。思い違いがあったみたいだけど、大丈夫。明日には誤解も解ける。怖い思いをさせたこと、本当にごめんね。今日はこれで終わり。お疲れ様」
物上は微笑みながらそう言い残し、部屋を出た。
「どういうことだ。あれでいいのか?」
「はい、立川さんのおかげでややこしくなりましたが…まあ明日には解決ですよ。明日の17時、私が彼女に自白させるまで、誰にも尋問させないでください」
「明日には本当に解決出来るんだな?」
「もちろん。お任せください」
それから署を出て、物上は佐上の家に向かった。
インターホンを鳴らすと、男性の声がした。
「どちら様?」
「私、こういうものでして…」
「…どうぞ」
家に招き入れられたかと思うと御決まりの第一声が飛んでくる。
「私の娘は…眞衣は犯罪をやるような娘じゃありません!ましてや雲沢さんとは親友のように仲が良かった!だから…!」
「大丈夫です、私には分かっていますから。落ち着いてください。彼女は私の同僚が疑うようなことはやっていない。そうですよね?」
「その…通りです…。あの娘はとても優しいんです。」
「先ほど話してきました。そのときの様子からわかりましたよ。あなたの言うことは正しいことです」
「では何故疑うのです…?」
「食い違いがあるんですよ。それを解消するため、今日は伺いました。高校の卒業アルバムはありますか?」
「はい、少しお待ちください」
卒業アルバムには笑顔の佐上が写っていた。
「娘さん、三人組でよく写っていますね」
「はい、娘以外の二人が雲沢さんと波木さん。その三人は仲が良かったんです」
「三年生では雲沢さんとの写真ばかりですが…これはどうしてでしょうか?」
「どうやら二年の終わりに、波木さんと喧嘩をしたようで…」
「なるほど…」
「ただ短大在学中に仲直りしたと聞きました。実際、波木さんと街中で一歩いていましたから」
「それなら良かった」
「せっかく仲直り出来たというのに…雲沢さんが薬をやっていたなんて…」
「信じられませんよね」
「ええ…。雲沢さんは高校で初めて、娘と友達になってくれたんです。あの娘は内気なので、高校で孤独を感じていないか心配だったんです。だから親として今も感謝しているんです。いつもあの娘は、彼女の話をするときは楽しそうですから」
「なるほど。情報提供ありがとうございます。聞きたいことは以上です。私が必ずや誤解を解いてみせます」
「刑事さん、お願いします。娘は本当に良い娘なんです」
「お任せください。少しの間このアルバムをお借りしても?」
「どうぞ。どうか1日でも早く、娘をあそこから出してください!」
話を終え、帰路に就く。
何気なくスマホを確認すると、5件の不在着信があった。
「やっべ…」
慌てて掛け直す。
「すみません、調べ事してて気付きませんでした」
「18時には報告しろと言っただろ」
「すみません…以後気を付けます」
「で、状況は?」
「明日には解決します。私の担当の範囲は、ですけど」
「厄介事を増やしたのか?」
「思ったより根が深かっただけです。まぁ私の仕事が増える訳じゃないのでご安心を」
「わかった、とにかく任せる。今日はもう家に帰れ」
「そのつも…ああ」
切られた。
電話の主は上司の宮口望美。厳しいが、立川とは違い話が通じる。
目の保養は出来なかったがまあいい。やることがまだ残っている。
アルバムに目を配り、また早足で歩き始めた。
「やっぱりか…」
「何がやっぱりなの?」
「事件の話。関係無いんだから聞き耳立てない」
「女の心がわからなーい!とか言って泣きついてたくせに…」
「いつの話だよ…」
「口外もなにもどうせ明日には解決でしょ、聞いててもいいじゃん」
「それもそうか…。だがダメだ。仕事なんだ、察してくれ」
「じゃあ事件が終わったら、話せるとこだけでいいから話してね。泊めてあげてるんだからそれぐらい、ね?」
「わかったわかった。終わったらな」
彼女は大学の同級生、池ヶ谷瑞希。
ある相談に乗った際に知り合い、以降は家に泊まらせて貰ったりしている。
この仕事を初めてからはいろいろ参考にしてもらったものだ。
アルバムをわざわざ持ち帰ったのは、ある写真が目に留まったからだった。
10月の文化祭だ。雲沢と同級生らしき男が二人、笑顔で写っていた。
男の名は樋川諒。笑顔が素敵とはこういうことだろうか。中身の良さが滲み出ている。
彼は同年の5月、波木と写真を撮っていた。
(絶対これだよな…)
アルバムを閉じ、情報を整理するため付箋に書き出す。
それを書き終えると、物上は付箋を持って洗面所に向かった。
真ん中に顔が映るようにだけ注意して、鏡に付箋を貼っていく。
「風呂までには終わらせてね」
「わかってるって…集中したいんだ、だから」
「はいはい」
池ヶ谷を追い払い、集中する。
いつもこうやって…いるわけでもない。
事件の背景を個々人の関係に及ぶまで見たくなったときは、こうやって想像してみるのだ。
(喧嘩って言ってたな…)
3人だけが残る教室。
静寂なはずの空間に、衝撃が走る。
「なんで盗ったの!?」
「盗ったって…私は別になにもしてないよ!」
「二人とも…落ち着いて…」
「諒君は…私の…っ!」
「そんなこと言われても、未央が諒のこと好きだって知らなかったし…。告白もあっちからしてきたんだって…」
「好きでもないのに…!」
「好きではあるよ…」
「嘘…!泥棒!」
波木はそう言うと走り去っていった。
「待ってよ未央!あぁ…どうしよう…」
「眞衣が気に病むことじゃない…。私が悪いんだし」
「でも沙矢…」
「いいの…。未央も今は混乱してるだけだから…」
「このまま離れ離れ…なのかな…」
「わかんない…。そのうち仲直りできるといいんだけどね」
(ことの発端はこんな所か。雲沢と、樋川諒。今はどうなんだ?それに二年間も…)
「もしもーし。そろそろお風呂に入りたいんですがー」
集中はノックの音と瑞希の声で途切れた。
「え?もうそんな時間か?」
「なんならいつもより30分遅いんだけど」
「それはすまん…」
「で、終わったわけ?」
「一応はね」
「ふーん」
「そんな目でみても教えないからな。事件が終わるまで我慢しろって」
「はいはい、わかってますよ。とりあえず、早く出てくれる?」
「付箋剥がすまで待てって」
「明日の朝でいいじゃん」
「付箋を見たいだけだろ」
「バレたか…」
「二回もやらかすかよ…。あぁそうだ、一つ聞きたいことがある。」
「何?」
「片想いの相手が友人に取られたとしたら、どんな気分なんだ?」
「さあ…」
「例えば、恨みとかって誰に向かうと思う?自分を選んでくれなかった人?それとも、好きな人を奪った友人か?」
「それは友人じゃない?俗に言う三角関係ってやつでしょそれ」
「そうだな」
「ただ人にもよるかな。例を挙げるなら、自分に自信がある人は好きな人を恨むと思う。私を選ばないなんておかしいって。でも普通は好きな人に当たるなんてしない。自分に自信がないなら尚更ね。そうなると、やっぱり友達を恨むしかないんじゃない?そもそもライバルが消えてくれないと、自分に勝ち目が無いって感じてると思うし…」
「確かにな」
「まあ私経験ないから、実際のところはわかんないけどね」
「いや、十分参考になったよ。ありがとう」
(瑞希の意見とも一致した。間違いなさそうだな。明日は樋川に話を聞いて、それから…)
「あのー、早く出てくれない?」
朝の6時。瑞希の家を出てすぐ、物上は新島に電話を掛けた。
「もしもし。新島さん、こんな早くにすみません」
「いやいいんだよ。しかし珍しいなこんな時間に、急ぎか?」
「はい、雲沢の交際相手についてです。連絡先とかってありますか?」
「携帯と住所ならわかる」
「両方お願いします」
「わかった、番号は…」
「もしもし、朝早くにすみません。樋川さんですか?」
「はい…。誰ですか?」
「物上と言います。薬の件について調べています。少し確認したいことがあるんですが、お時間よろしいですか?」
「少しだけなら…」
「ありがとうございます。単刀直入にお伺いします。最近、波木さんと会ったりしましたか?」
「波木って…あの波木ですか?」
「はい、同じ高校の」
「彼女ならたまに後をつけてきてるんですよ…。そちらにも相談したのに全然対応してくれないじゃないですか」
「それは…申し訳ありません。今回の件と合わせて、私が対処します。もう一つよろしいですか?」
「どうぞ…」
「雲沢さんとの交際関係についてなんですが」
「彼女とは高校の時からの付き合いです。僕が大学を卒業して就職したら結婚しようと約束していました。彼女、職場でいじめにあっているようで…。だから結婚したら、すぐに引っ越そうと言ってたんです…。なのに…。僕がもっと寄り添ってあげるべきでした…」
「樋川さんが悪いわけではありません。ご自分を責めないでください、聞きたいことは以上です」
「沙矢は…雲沢はどうなるんですか?」
「それは…わかりません…。ですが私も、出来る限りのことはします」
「お願いします…」
「情報提供ありがとうございます。では、失礼します」
電話を切り、頭を整理する。
(予想は合っている。波木には樋川に対する執着心があった。あとは佐上に事実確認をして終わりだろう…)
途端にやることが無くなった。
(17時まで何をしようか…)
暇潰しを考えていると、着信音が耳に入った。
スマホを取り出すと、そこには宮口の文字があった。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう。状況は?」
「あとは佐上に自白させて終わりです」
「予定通りか」
「特に詰まることもありませんでした。予想的中といっていいでしょう」
「そうか。17時だったか?」
「はい」
「他に報告は?」
「ありません。そうだ、お昼一緒にどうです?」
「空いてない」
「そうですか…」
「話はそれだけか?切るぞ」
「はい、ではまた」
(いつなら空いてるんだあの人…。いよいよ暇だなあ。報告書でも書くか)
暇潰しを決め、物上は署に向かった。
署に戻ると、不意に雲沢のことが頭を過った。
(そういや一度も話してないな…)
物上は新島さんのいる課に向かった。
「新島さん、雲沢と話ってできますか?」
「出来るが、どうしてだ?」
「特に理由は無いですけど、話せるなら話しとこうと思いまして」
「そうか、確認してくる」
「お願いします」
雲沢はどんな思いだろうか。
友人に裏切られ、その身は薬に侵された。
(人間不信が加速するなぁ…)
「一時間だけだ」
「わかりました。ありがとうございます」
新島さんにお礼を言って、面会室に入る。
「こんにちは雲沢さん。私は物上透。少し話がしたくて来たんだ」
「こんにちは…」
「話したいことって言うのは、君の友達のことなんだけど」
「もう友達じゃ…ありません…」
「そう思うのも無理は無い。ただ、君は一つ誤解をしている。それだけは知ってほしいんだ」
「誤解…?」
「佐上は君に、薬物を渡してないんだよ」
「でも…」
「そこが誤解なんだ。君が貰ったのは確かに薬物。だが佐上は渡してないんだよ」
「どういうことですか…?」
「君、佐上になんて言われて渡された?」
「えっと…」
「差し詰め、元気出して、とかだろ?」
「はい…」
「それが、高度な皮肉ってやつだと、本気でそう思うのか?」
「…」
「佐上は本心で、君に元気になってほしいと、そう思ってたんだよ」
「なら…どうしてっ…!」
「バカだったからだよ」
「…は?」
「バカだったから、それだけ」
「どういう…」
「そのままの意味だ。佐上は頭が悪かった。普通に考えれば、波木から渡された元気になる薬ってのがおかしいって、そう気付くもんだろ。わざわざ君に渡すようにまで言ってさ。怪しいにも程がある」
「波木の名前が…どうして…?」
「薬を買っていたのは波木だ。確認はこれから取るが、辻褄は合ってる。それに、波木に恨まれる心当たりはあるだろ」
「…」
「別に君が悪いわけじゃない。完全に波木の逆恨みだ。犯罪は頭の悪い人間がやることでさ。君は運が悪かったんだよ。ただ、それだけだ」
「そんな…」
「佐上のことまで悪く言うのは気が引けるけど。ただ、人を大切にするなら、友情だとか愛情だとかも必要だけど、それだけじゃ足りないんだ。彼女には、友人を守るだけの知識が無かった。それがあまりにも致命的だった」
「眞衣…」
「これを聞いた上で、君が誰を恨もうとそれは君の勝手だ。私は何も知らずに人を恨んで欲しくないと思っている。だから今回は、真実の方を教えたくて来た。事実上、佐上は君に薬を渡した。ただ、彼女は、渡していない。その、彼女が持つ真実を、君には知ってほしかったんだ。話はこれで終わりだけど…」
「眞衣…ごめん…ごめんね…、私…」
俯きながら、雲沢は謝罪の言葉を連ねる。
物上は何も言わずに席を立った。
「未央が…そんな…」
「波木は友達より好きな人を取るタイプだった。親友2人の関係を壊すような手段を取るほどにね」
「じゃあ未央が私にくれてたのは…違法…?」
「そういうことになる」
「私は…それを…」
「自分を責めないで。君は巻き込まれただけだ」
「でも…私…。沙矢…」
佐上が目線を外したのを確認し、物上は立ち上がった。
そして、マジックミラーに向かって業務の終わりを合図した。
「報告は以上です」
「感想を聞こうか?」
「簡潔に言うと、人間って信用ならないなって感じです。自分の目的のためなら法にだって触れる。恐ろしい生き物ですよ」
「どうすれば犯罪は無くなると思う」
「法を無くす以外ありませんよ。ほとんどの人間は加害者的思考を持っていて、ある日それが抑えられなくなる。人間はまだ、知的生命体と言えるほど進化していませんよ。ただ、今回の事件は一部違いますが…」
「どういう意味だ」
「今回は、大元こそ加害者思考がもたらした物ですが…。ですが、佐上の行動には、邪念が無かった。ただただ優しく、無知故に利用された。この事件で性善説信者にもなれそうですよ」
「そうか…」
「感想は以上です」
「なら今日は帰れ、これといって仕事もないしな」
「わかりました、お疲れ様です」
「お疲れ様」
なぜ、佐上は、友人というだけの他人を信じたのだろうか。
人を疑うようになる、そんな経験が一度もなかったのか。
或いは、信じたかったのか。
あまりに白い罪に思える。薬とは違う、無害な白さ。
いや、過剰であるなら毒にもなりうるのだろうか。だとすればいよいよ、優しさというのは報われないらしい。
物上は微かな怒りを胸に、瑞希の家に向かった。
思い立ったが吉日。
ということで、頭にあるうちに書き起こしてみました。