表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心理解剖手帳  作者: 衣谷面路
1/3

真っ白な罪

薬物乱用を巡る、3人の過去。

恋情が引き起こす、犯罪を追う

「新島さん」

「割と早かったな」

「近かったので。あれが例の…」

「そうだ。これが資料だ」

「なるほど。薬をやってた方のもありますか?」

「手元にはないが口頭でいいなら。年は同じく21、高校卒業後に就職。彼女とは親しい関係らしい。進路は違えど度々会っていたようだ。薬は20の頃からやってるらしい。交際相手の男が通報して発覚した」

「ありがとうございます。ところで、彼女。何故あんなに怯えてるんです?」

「立川が取り調べていたんだ」

「余計なことしてくれますね…」

「俺ももう少し早く来るべきだったな」

「新島さんは悪くないですよ。では、そろそろ」

「あぁ、頼んだ。」

資料を粗方読み終えると、私はそれを片手に取調室に入った。

「はじめまして佐上さん」

「…」

「まず謝らせてくれ。本当に悪かった。警察も色々でさ、一個前の人みたいなのもいるんだ。なるべく無いようにはしたいんだけど、人手がなかなかね…」

「…」

「私は物上透。犯罪の動機を調べる専門でね。今回はこの事件を担当しているんだ」

「犯罪…」

「雲沢さんが違法薬物に手を出していたのは何故なのか。それについて知りたいんだ」

「違法…?」

「そう。それをあなたから受け取ったという話があるから、ここで確認のために、ね」

「私…渡してないです…」

「そうか。そうだよね。君はとても犯罪をするような人に見えないからね。それに彼女とは高校からの付き合いなんでしょ?悪いことはしてないと思ってんだ」

「え…」

「今日はそれだけ確認できればよかったんだ。思い違いがあったみたいだけど、大丈夫。明日には誤解も解ける。怖い思いをさせたこと、本当にごめんね。今日はこれで終わり。お疲れ様」

物上は微笑みながらそう言い残し、部屋を出た。

「どういうことだ。あれでいいのか?」

「はい、立川さんのおかげでややこしくなりましたが…まあ明日には解決ですよ。明日の17時、私が彼女に自白させるまで、誰にも尋問させないでください」

「明日には本当に解決出来るんだな?」

「もちろん。お任せください」



 それから署を出て、物上は佐上の家に向かった。

 インターホンを鳴らすと、男性の声がした。

「どちら様?」

「私、こういうものでして…」

「…どうぞ」

 家に招き入れられたかと思うと御決まりの第一声が飛んでくる。

「私の娘は…眞衣は犯罪をやるような娘じゃありません!ましてや雲沢さんとは親友のように仲が良かった!だから…!」

「大丈夫です、私には分かっていますから。落ち着いてください。彼女は私の同僚が疑うようなことはやっていない。そうですよね?」

「その…通りです…。あの娘はとても優しいんです。」

「先ほど話してきました。そのときの様子からわかりましたよ。あなたの言うことは正しいことです」

「では何故疑うのです…?」

「食い違いがあるんですよ。それを解消するため、今日は伺いました。高校の卒業アルバムはありますか?」

「はい、少しお待ちください」


 卒業アルバムには笑顔の佐上が写っていた。

「娘さん、三人組でよく写っていますね」

「はい、娘以外の二人が雲沢さんと波木さん。その三人は仲が良かったんです」

「三年生では雲沢さんとの写真ばかりですが…これはどうしてでしょうか?」

「どうやら二年の終わりに、波木さんと喧嘩をしたようで…」

「なるほど…」

「ただ短大在学中に仲直りしたと聞きました。実際、波木さんと街中で一歩いていましたから」

「それなら良かった」

「せっかく仲直り出来たというのに…雲沢さんが薬をやっていたなんて…」

「信じられませんよね」

「ええ…。雲沢さんは高校で初めて、娘と友達になってくれたんです。あの娘は内気なので、高校で孤独を感じていないか心配だったんです。だから親として今も感謝しているんです。いつもあの娘は、彼女の話をするときは楽しそうですから」

「なるほど。情報提供ありがとうございます。聞きたいことは以上です。私が必ずや誤解を解いてみせます」

「刑事さん、お願いします。娘は本当に良い娘なんです」

「お任せください。少しの間このアルバムをお借りしても?」

「どうぞ。どうか1日でも早く、娘をあそこから出してください!」


 話を終え、帰路に就く。

 何気なくスマホを確認すると、5件の不在着信があった。

「やっべ…」

 慌てて掛け直す。

「すみません、調べ事してて気付きませんでした」

「18時には報告しろと言っただろ」

「すみません…以後気を付けます」

「で、状況は?」

「明日には解決します。私の担当の範囲は、ですけど」

「厄介事を増やしたのか?」

「思ったより根が深かっただけです。まぁ私の仕事が増える訳じゃないのでご安心を」

「わかった、とにかく任せる。今日はもう家に帰れ」

「そのつも…ああ」

 切られた。


 電話の主は上司の宮口望美。厳しいが、立川とは違い話が通じる。

 目の保養は出来なかったがまあいい。やることがまだ残っている。

 アルバムに目を配り、また早足で歩き始めた。


「やっぱりか…」

「何がやっぱりなの?」

「事件の話。関係無いんだから聞き耳立てない」

「女の心がわからなーい!とか言って泣きついてたくせに…」

「いつの話だよ…」

「口外もなにもどうせ明日には解決でしょ、聞いててもいいじゃん」

「それもそうか…。だがダメだ。仕事なんだ、察してくれ」

「じゃあ事件が終わったら、話せるとこだけでいいから話してね。泊めてあげてるんだからそれぐらい、ね?」

「わかったわかった。終わったらな」


 彼女は大学の同級生、池ヶ谷瑞希。

 ある相談に乗った際に知り合い、以降は家に泊まらせて貰ったりしている。

 この仕事を初めてからはいろいろ参考にしてもらったものだ。


 アルバムをわざわざ持ち帰ったのは、ある写真が目に留まったからだった。

 10月の文化祭だ。雲沢と同級生らしき男が二人、笑顔で写っていた。

 男の名は樋川諒。笑顔が素敵とはこういうことだろうか。中身の良さが滲み出ている。

 彼は同年の5月、波木と写真を撮っていた。

(絶対これだよな…)

 アルバムを閉じ、情報を整理するため付箋に書き出す。

 それを書き終えると、物上は付箋を持って洗面所に向かった。

 真ん中に顔が映るようにだけ注意して、鏡に付箋を貼っていく。

「風呂までには終わらせてね」

「わかってるって…集中したいんだ、だから」

「はいはい」

 池ヶ谷を追い払い、集中する。

 いつもこうやって…いるわけでもない。

 事件の背景を個々人の関係に及ぶまで見たくなったときは、こうやって想像してみるのだ。

(喧嘩って言ってたな…)


 3人だけが残る教室。

 静寂なはずの空間に、衝撃が走る。

「なんで盗ったの!?」

「盗ったって…私は別になにもしてないよ!」

「二人とも…落ち着いて…」

「諒君は…私の…っ!」

「そんなこと言われても、未央が諒のこと好きだって知らなかったし…。告白もあっちからしてきたんだって…」

「好きでもないのに…!」

「好きではあるよ…」

「嘘…!泥棒!」

波木はそう言うと走り去っていった。

「待ってよ未央!あぁ…どうしよう…」

「眞衣が気に病むことじゃない…。私が悪いんだし」

「でも沙矢…」

「いいの…。未央も今は混乱してるだけだから…」

「このまま離れ離れ…なのかな…」

「わかんない…。そのうち仲直りできるといいんだけどね」


(ことの発端はこんな所か。雲沢と、樋川諒。今はどうなんだ?それに二年間も…)

「もしもーし。そろそろお風呂に入りたいんですがー」

 集中はノックの音と瑞希の声で途切れた。

「え?もうそんな時間か?」

「なんならいつもより30分遅いんだけど」

「それはすまん…」

「で、終わったわけ?」

「一応はね」

「ふーん」

「そんな目でみても教えないからな。事件が終わるまで我慢しろって」

「はいはい、わかってますよ。とりあえず、早く出てくれる?」

「付箋剥がすまで待てって」

「明日の朝でいいじゃん」

「付箋を見たいだけだろ」

「バレたか…」

「二回もやらかすかよ…。あぁそうだ、一つ聞きたいことがある。」

「何?」

「片想いの相手が友人に取られたとしたら、どんな気分なんだ?」

「さあ…」

「例えば、恨みとかって誰に向かうと思う?自分を選んでくれなかった人?それとも、好きな人を奪った友人か?」

「それは友人じゃない?俗に言う三角関係ってやつでしょそれ」

「そうだな」

「ただ人にもよるかな。例を挙げるなら、自分に自信がある人は好きな人を恨むと思う。私を選ばないなんておかしいって。でも普通は好きな人に当たるなんてしない。自分に自信がないなら尚更ね。そうなると、やっぱり友達を恨むしかないんじゃない?そもそもライバルが消えてくれないと、自分に勝ち目が無いって感じてると思うし…」

「確かにな」

「まあ私経験ないから、実際のところはわかんないけどね」

「いや、十分参考になったよ。ありがとう」

(瑞希の意見とも一致した。間違いなさそうだな。明日は樋川に話を聞いて、それから…)

「あのー、早く出てくれない?」


 朝の6時。瑞希の家を出てすぐ、物上は新島に電話を掛けた。

「もしもし。新島さん、こんな早くにすみません」

「いやいいんだよ。しかし珍しいなこんな時間に、急ぎか?」

「はい、雲沢の交際相手についてです。連絡先とかってありますか?」

「携帯と住所ならわかる」

「両方お願いします」

「わかった、番号は…」


「もしもし、朝早くにすみません。樋川さんですか?」

「はい…。誰ですか?」

「物上と言います。薬の件について調べています。少し確認したいことがあるんですが、お時間よろしいですか?」

「少しだけなら…」

「ありがとうございます。単刀直入にお伺いします。最近、波木さんと会ったりしましたか?」

「波木って…あの波木ですか?」

「はい、同じ高校の」

「彼女ならたまに後をつけてきてるんですよ…。そちらにも相談したのに全然対応してくれないじゃないですか」

「それは…申し訳ありません。今回の件と合わせて、私が対処します。もう一つよろしいですか?」

「どうぞ…」

「雲沢さんとの交際関係についてなんですが」

「彼女とは高校の時からの付き合いです。僕が大学を卒業して就職したら結婚しようと約束していました。彼女、職場でいじめにあっているようで…。だから結婚したら、すぐに引っ越そうと言ってたんです…。なのに…。僕がもっと寄り添ってあげるべきでした…」

「樋川さんが悪いわけではありません。ご自分を責めないでください、聞きたいことは以上です」

「沙矢は…雲沢はどうなるんですか?」

「それは…わかりません…。ですが私も、出来る限りのことはします」

「お願いします…」

「情報提供ありがとうございます。では、失礼します」

 電話を切り、頭を整理する。

(予想は合っている。波木には樋川に対する執着心があった。あとは佐上に事実確認をして終わりだろう…)

 途端にやることが無くなった。

(17時まで何をしようか…)

 暇潰しを考えていると、着信音が耳に入った。

スマホを取り出すと、そこには宮口の文字があった。

「おはようございます」

「あぁ、おはよう。状況は?」

「あとは佐上に自白させて終わりです」

「予定通りか」

「特に詰まることもありませんでした。予想的中といっていいでしょう」

「そうか。17時だったか?」

「はい」

「他に報告は?」

「ありません。そうだ、お昼一緒にどうです?」

「空いてない」

「そうですか…」

「話はそれだけか?切るぞ」

「はい、ではまた」

(いつなら空いてるんだあの人…。いよいよ暇だなあ。報告書でも書くか)

 暇潰しを決め、物上は署に向かった。


 署に戻ると、不意に雲沢のことが頭を過った。

(そういや一度も話してないな…)

 物上は新島さんのいる課に向かった。

「新島さん、雲沢と話ってできますか?」

「出来るが、どうしてだ?」

「特に理由は無いですけど、話せるなら話しとこうと思いまして」

「そうか、確認してくる」

「お願いします」

 雲沢はどんな思いだろうか。

 友人に裏切られ、その身は薬に侵された。

(人間不信が加速するなぁ…)



「一時間だけだ」

「わかりました。ありがとうございます」

新島さんにお礼を言って、面会室に入る。

「こんにちは雲沢さん。私は物上透。少し話がしたくて来たんだ」

「こんにちは…」

「話したいことって言うのは、君の友達のことなんだけど」

「もう友達じゃ…ありません…」

「そう思うのも無理は無い。ただ、君は一つ誤解をしている。それだけは知ってほしいんだ」

「誤解…?」

「佐上は君に、薬物を渡してないんだよ」

「でも…」

「そこが誤解なんだ。君が貰ったのは確かに薬物。だが佐上は渡してないんだよ」

「どういうことですか…?」

「君、佐上になんて言われて渡された?」

「えっと…」

「差し詰め、元気出して、とかだろ?」

「はい…」

「それが、高度な皮肉ってやつだと、本気でそう思うのか?」

「…」

「佐上は本心で、君に元気になってほしいと、そう思ってたんだよ」

「なら…どうしてっ…!」

「バカだったからだよ」

「…は?」



「バカだったから、それだけ」

「どういう…」

「そのままの意味だ。佐上は頭が悪かった。普通に考えれば、波木から渡された元気になる薬ってのがおかしいって、そう気付くもんだろ。わざわざ君に渡すようにまで言ってさ。怪しいにも程がある」

「波木の名前が…どうして…?」

「薬を買っていたのは波木だ。確認はこれから取るが、辻褄は合ってる。それに、波木に恨まれる心当たりはあるだろ」

「…」

「別に君が悪いわけじゃない。完全に波木の逆恨みだ。犯罪は頭の悪い人間がやることでさ。君は運が悪かったんだよ。ただ、それだけだ」

「そんな…」

「佐上のことまで悪く言うのは気が引けるけど。ただ、人を大切にするなら、友情だとか愛情だとかも必要だけど、それだけじゃ足りないんだ。彼女には、友人を守るだけの知識が無かった。それがあまりにも致命的だった」

「眞衣…」

「これを聞いた上で、君が誰を恨もうとそれは君の勝手だ。私は何も知らずに人を恨んで欲しくないと思っている。だから今回は、真実の方を教えたくて来た。事実上、佐上は君に薬を渡した。ただ、彼女は、渡していない。その、彼女が持つ真実を、君には知ってほしかったんだ。話はこれで終わりだけど…」

「眞衣…ごめん…ごめんね…、私…」

 俯きながら、雲沢は謝罪の言葉を連ねる。

 物上は何も言わずに席を立った。



「未央が…そんな…」

「波木は友達より好きな人を取るタイプだった。親友2人の関係を壊すような手段を取るほどにね」

「じゃあ未央が私にくれてたのは…違法…?」

「そういうことになる」

「私は…それを…」

「自分を責めないで。君は巻き込まれただけだ」

「でも…私…。沙矢…」

 佐上が目線を外したのを確認し、物上は立ち上がった。

 そして、マジックミラーに向かって業務の終わりを合図した。



「報告は以上です」

「感想を聞こうか?」

「簡潔に言うと、人間って信用ならないなって感じです。自分の目的のためなら法にだって触れる。恐ろしい生き物ですよ」

「どうすれば犯罪は無くなると思う」

「法を無くす以外ありませんよ。ほとんどの人間は加害者的思考を持っていて、ある日それが抑えられなくなる。人間はまだ、知的生命体と言えるほど進化していませんよ。ただ、今回の事件は一部違いますが…」

「どういう意味だ」

「今回は、大元こそ加害者思考がもたらした物ですが…。ですが、佐上の行動には、邪念が無かった。ただただ優しく、無知故に利用された。この事件で性善説信者にもなれそうですよ」

「そうか…」

「感想は以上です」

「なら今日は帰れ、これといって仕事もないしな」

「わかりました、お疲れ様です」

「お疲れ様」



 なぜ、佐上は、友人というだけの他人を信じたのだろうか。

 人を疑うようになる、そんな経験が一度もなかったのか。

 或いは、信じたかったのか。

 あまりに白い罪に思える。薬とは違う、無害な白さ。

 いや、過剰であるなら毒にもなりうるのだろうか。だとすればいよいよ、優しさというのは報われないらしい。

 物上は微かな怒りを胸に、瑞希の家に向かった。

思い立ったが吉日。

ということで、頭にあるうちに書き起こしてみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ