一話 異世界へいきました
【人魔英雄物語オンライン】、それはVRMMOが一般化した現代においてかなりの人気をほこったMMORPGだ。
人型以外もある多くの種族、職業、クエスト、さらに9999まであるレベル上限など多くのやり込み要素も持っていた。リリース当初から多くの人々に愛され、やり込まれたゲームと言えるだろう。俺もそのうちの一人だ。
田中一郎、どこにでもいる平凡なサラリーマンだ。学校も普通の大学出。特にこれといった取り柄もない。収入も普通だ。そして実は【人魔英雄物語オンライン】以外のゲームをしたことがない。ゲームは【人魔英雄物語オンライン】が最初だ。
会社の友人からの誘いがきっかけだった。そこそこの値段のするVR機材、それを布教という名目で誕生日にプレゼントされ、一緒に【人魔英雄物語オンライン】をプレイしたのが始まりだ。
今でも思い出せる、初めてこのゲームをプレイしたときの感覚。何もかもが新鮮で、都心ではもう見られなくなった緑と青空が広がっていたのが一番の印象だ。いわゆる王道の剣と魔法のファンタジーが題材で、科学では説明できないような光景も沢山目の当たりにした。とてもリアルな没入感、本当にそこにいるかのようで、俺は最初のプレイからすぐにこのゲームの虜になった。
だが俺がこのゲームにさらにのめり込むようになったのはその没入感だけではない。NPC自作システムだ。
【人魔英雄物語オンライン】は1人につき3体までNPCを自作できるシステムがサービスされていた。3Dモデル製作の難しい部分は全て簡略化されていたので、そういうのを知らない俺でも簡単に作れた。そうして作ったNPCは、見事に俺の性癖を貫くようなものになっていた。
名前はルーシィ。種族はドラゴンゾンビで人間体の容姿は文字通りの白肌、膝裏まで届くツーサイドアップの白い髪、紅の瞳。そして140センチほどしかない体に不釣り合いな巨乳とデカ尻。さらに白と黒のツートンカラーで作られたゴスロリ。【人魔英雄物語オンライン】で拡張されまくったはずの俺の性癖にがっちりはまっていた。自分で作ったとはいえこんなに愛おしいものに仕上がるとは思っていなかった。自分で自分が恐ろしくなる。
こうして俺は所謂【NPC製作沼】にハマってしまい、この子を活躍させたい、もっと可愛くしてあげたいと、涌き出る欲望の沼へと頭から飛び込んだ。課金ガチャも大量に回して、その全てを彼女に注ぎ込んだ。文字通り持てる全てを。
そうしていると、ルーシィも俺も気がつけばレベルがカンストしていた。カンスト記念に婚約指輪をプレゼントし、その日の夜に俺は彼女に童貞を捧げた。
ここら辺りまで来ると友人にも引かれる様になってたが知ったことではなかった。もっとルーシィの側にいたい、もっと愛し合いたい。その一心で日々を過ごしていた。気がつけば冒険にもロクに行かなくなり、ログインしたらずっと彼女の側に居続けることが増えた。でもそれで満足だった、幸せだった。この日々が永遠に続けばいいと思っていた。だけれど始まりがあれば終わりもある。
【人魔英雄物語オンライン】のサービス終了が告げられた。理由は人離れだ。技術発展を止めることを知らないVRゲーム業界で、20年というとても長い歳月愛され続けたが、やはり古くさいところも出てきており新規獲得が困難となった。そうして引退者や新規獲得困難が重なり、【人魔英雄物語オンライン】は終わりを迎えざるを得なくなったのだ。つまり俺にとってはルーシィに二度と会えなくなるという死刑宣告にも近いものだった。
だが一個人、ましてや只のサラリーマンにできることなんてない。俺はこの終焉を受け入れることしかできなかった。
そして今、【人魔英雄物語オンライン】最終日に俺は自分のマイルームならぬマイダンジョンでルーシィと二人っきりでベットに寝ていた。二人にとっての最後故にこうして抱き合う位したかったんだ。ルーシィはNPCらしくこちらから話しかけないと話してくれない。VR再現の限界で、抱いても温もりは伝わってこない(そもそもドラゴンゾンビの彼女に体温があるのか疑問だが)。
まあ絵面は完全に魔物に襲われた少女になっているが。俺のアバターはルーシィと同じく種族はドラゴンゾンビだが、人間体でも頭だけは骨のドラゴン。格好いいが正直夜中に出会ったら泣く自信があるホラー仕様となっている。そんな怪物と少女が一糸纏わぬ姿でベットに仲良く寝ているようには普通見えないだろう。
「ルーシィ……今日が最後だなんて嫌だよ」
伝わる訳などないのに呟きながらルーシィの頭を撫で、そして胸に抱き寄せる。彼女はにこりと俺の胸の中で微笑む。その可愛らしい笑顔ももう二度と見ることが出来なくなると考えると、苦しくて仕方なかった。
時刻は午後11時59分。あと1分で強制ログアウトさせられ彼女と離れ離れになる。悲しくてどうしようもなくなる。だけれどもう仕方がない。人間に寿命があるように、ゲームにも寿命がある。それが来てしまった以上受け入れるしかない。
あぁ、ルーシィ……もう二度とその笑顔を見ることができないのか。募る悲しみに反比例して時間は無情にも過ぎていく。プツリと消えてしまうその姿を見たくなくて、俺は瞳を閉じた。まるで不貞寝でもするように。
時間はついに午前0時を告げようとしていた。夜型が増え始めた社会人にしては珍しく早寝の俺にとってはもう眠気が限界に近いものがあった。このまま寝てしまえ、もしかしたら小説みたいに目が覚めたら異世界でルーシィと一緒、なんてことになるかもしれないし、とありもしないことを考え出すほどには。抗う必要もない。ルーシィが死ぬところなんて見たくなかった。だから俺はそのまま深い眠りについた。
そして告げられる午前0時。奇跡は起きた。