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魔女と拾われた騎士

作者: 湊舞

初投稿で至らぬ点が多いと思いますが、読んでいただければ幸いです。

 力が吸い取られるようだ。

 もう動かすこともできない四肢が、かすんでいる視界が、口に広がっている鉄の味が、自分が「死」に直面していると知らせる。どうにか呼吸をしようとするが、自分の耳に届いたのはゼヒューという空気が抜けるようなものだった。


 ……ここで、俺は、死ぬのか。


 やっとそれを自覚し、自嘲気味な笑みがこぼれる。それすらままなっていない気がする。きっと今の自分の顔は酷いものだろう。死ぬ間際に走馬燈があるというが、実際頭には何も浮かばない。……ああ、いや、違うな。あいつらの顔が、血まみれの母さんの声が、憎々しいことに鮮明に浮かんでくる。胸の奥が憎悪で焼ききれそうだ。

 もうあげている力のない瞼が下に降りてくる。すでに痛みは遠のいていた。


 ……生きなきゃ、いけな、いの、に。


 俺の意識は暗闇に飲まれた。


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 さく、と落ち葉を踏んでいく。色鮮やかだった樹々は姿を変え、まとっていた葉は地面に落ちている。閑散としているが、独特の穏やかさや静けさが広がっていた。活動的だった動物たちはなりをひそめ、一帯には私たちしかいない。東の空が白んでいるが、遠くを見るには暗すぎる。肌が出ている箇所を寒さがチクチクと刺しているようだった。


「ねえローガ。本当にいるの?」

「間違いないはずだ。もう少し進めばいるはず」


 自分の足元を歩くオオカミに呼びかける。灰色と白が入り混じる毛が、わずかな陽光を反射してきらきらとしていた。……ほんとに綺麗な毛だ。

 ローガは鼻をひくりと動かし速度を上げて私の前を進んでいった。彼が回り込んだ樹に私も追いつく。錆びた鉄のような、渋いにおいがした。


 そこには、血で真っ赤に染まった少年が倒れていた。体が上下していることから、かろうじて呼吸をしているようだ。

 私はすぐに少年を抱え、できる限りの治癒をした。ローガに近くにいる仲間を呼んできてもらう。その間に止血と傷の処置を施した。血まみれな人間を見るのはなんとも形容しがたい感情がわいてくる。

 私だけの力では完璧な治療ができそうもないため、ローガに少年を運んでもらい、村のほうへ帰還することにした。本人に生きる気力があれば、あの見た目の年頃なら回復は早いと思うし。

 人が目の前で死んでいるさまというのは嫌なものである。当然死ぬべき奴はいるだろうが、それでも目の前、というのは少しばかり気味が悪い。血の色はあまりいい色ではないから。


 家に着くと、先に帰っていたローガが水浴びをして血の汚れを落としていた。私はすでに水魔法で汚れを取っていた。やってあげればよかったなあ。


「あの子は?」

「アリフィの処置が的確だったのと、治療のばあさんが魔法をかけてくれたおかげで怪我はふさがっている。今は寝ているが」

「ありがとう。じゃあ、起きるまでご飯でも食べよっか」


 体を震わせて水気を飛ばし、風の魔法で乾かした。ふわふわになったしっぽでするりと私の足を撫でた後、機嫌がよさそうなローガは私を誘導する形で階下の台所へ向かった。

 冷蔵庫にしまってあった卵と野菜、豚肉を取り出し、ローガが出しておいたフライパンに油を敷く。材料を混ぜ、卵で包む形にした。まあ、いわゆるオムレツである。どういうわけか、私はこれ以外に作れるものが少なく、食卓に頻繁に登場する。レパートリーが増えるよう努力はしているのだけれど。


 できた料理をローガに渡し、テーブルに並べてもらう。その間に、友人からもらったリンゴを切り分け、小皿に乗せて持っていく。食器類はすでにローガがそろえていた。有能な使い魔をもてて嬉しい。


「じゃ、たべよ」

「おう」


 いただきます、と手を合わせてオムレツに手を付ける。今回も我ながらいい出来だ。ちょうどよくとろっとした卵とコショウがきいた炒め物。単純で簡素だと思うが、そんなことはおいしいからどうでもよい。

 ローガとオムレツのレパートリー増加計画について話していると、不意に上の階からドタン、という物音がした。あの子供が起きたのだろう。私はローガに目をやり、ダイニングから出た。ローガには目で伝わっているだろう。何しろ二百年の付き合いだ。そういえば、ローガは昔、もっととんがっていたっけなあ。思い出すと笑みがこぼれる。


 部屋について扉を開けると、なんというか、その、悲惨な光景が広がっていた。主に私の家具に対するダメージがひどい。腰に携えていた剣、抜き取っておいてよかったと思った。ほんとに。花瓶われてるし窓にひびは言ってるしクッションやカーペットはガキの傷からにじんだ血で汚れている。あーーー、ほんとこれ、戻すのいくらかかるんだろ……。修理魔法使える人いたかな……。金いくらぼったくられんだろう。あ、いやせっかくだし新しいの買うか。今までと少し変えて暖色とか取り入れたり、植物でもおいてみたりしようか。本棚置くのもいいかな。流行りの冒険小説とか読んでみたいし。

 現実逃避に走ろうとしていた思考をなけなしの矜持と多大な恨みで引き戻し、突っ伏してどうにか動こうとしている少年に目をやる。

「……こ……す」

「ん? なんて?」

「……ころ……す」

「あー……。とりあえず君、もう一回ベッド戻ろうか。寝起きくらいもう少し静かにしてくれない? ほんっとに頼むからおとなしくしてて」


 最近の子供は物騒な言葉を吐くなあ……。そう思いながら私は少年を担ぎ、とっ散らかったベッドに寝かす。少年は私から逃れようと抵抗するが、その力は弱い。怪我人が傷開いてどうするんだか。


「ほい。とりあえず落ち着きなさい、少年。私は君を害さないから」


 少年の頭をゆっくりとなでながら落ち着くように言い聞かせる。水魔法でコップに水を出し、少年に渡す。彼はなぜか私が魔法を使っているのを目を見開いて凝視していた。その反応からすると、王国の出身者とわかる。……それでも、この子供が倒れていた背景は謎だけれど。


「……」


 少年は手に持たされたコップと私を交互に見ていた。その瞳には疑念がこもっていた。そりゃあ、知らない人から水を渡されたら困るか。……毒は入れていないんだけどなあ。

 私は少年にかいつまんで状況を説明する。彼はじっと黙ってこちらを見ていた。それは私がどんな人物なのかを探るような眼で、時折水を飲んでいた。……危険人物と判断されなかったようで何より。


「で、傷はふさがった? ファレリア王国の騎士さん」


 からかうような笑みを浮かべて少年に問いかける。少年は磨いた金属と同じように光る灰銀の目を見開き、パクパクと口を動かす。それは、どうして、と問いたげな表情だった……この子、さっきから驚くことしか反応してない。


 私が口にしたファレリア王国とは、この森に隣接する国の名前だ。その歴史は深く、今年は建国して五百年だとか。少年が身に着けていた剣には王国の騎士の象徴である鷹の紋様が刻まれていた。


「まあ、見ればわかることだしね。ファレリアに魔力持ちは存在しないでしょう?」


 もともとこの世界には魔力というものが存在する。それは個々に宿るもので、魔力の量や質によって使える魔法が異なる。しかし、魔力持ちはファレリアでは疎まれる。それは畏怖の念から生じるもので、法で禁止されているわけではない。だからこそ、王家は魔力持ちを保持し、戦争に投入する。……私は嫌いだけどね、あの王家。口にするのすら忌々しい。


「で、名前をきいてもいいかしら、少年」

「……カイン」


 それはまだ声変わり途中のようなきれいな声で。その表情は硬く、また必死に無表情を装うとしているようだった。

「カインくん、ね。私はアリファレット。魔女の一人」

「……魔女」

「そう。君たちがだいっきらいな魔女。で、ここは魔女の村。カインくんは森に倒れていたの」

「……助けていただき、感謝する」

 その言葉に、少しばかり驚いた。まさかお礼を告げられるとは思わなかったのもそうだが、何より魔女と名乗ったのにおびえたり、声を荒げたりしなかったのだ。ましてお礼など。

「……どういたしまして」


 ……会話ってどうやってつなげるんだっけ。今日は天気がいいですね?いや違うな。怪我が治ってよかったですね? いやそれも違う。

「魔女……殿、と呼べばいいだろうか」

「あぁ、それだとほかの人たちと区別しにくいから……そうね、アリファレット、でいいわ」

 我ながらめちゃくちゃ長いし言いにくい。両親に不満を言うつもりはないが、どうにかならなかったのか。……結局不満になってしまったけど。


「で、君はこれからどうする? 国には戻れないでしょう?」

「……まあ、どうにかする、しかないだろうな」

 介抱した際、少年にあったのは剣で切り付けられたと思しき傷だった。魔女の森には人は立ち寄らない。ましてや剣を構える怪異もいない。つまり、王国の誰かに傷つけられた、と考えるのが妥当だろう。

「ふーん。……資金は?」

「どっかの用心棒……も無理か、まだ動けそうにはないしな」

 私は彼を拾った時から考えていた案を口に出す。

「……ねえ少年、私に雇われる気はない?」

 私は魔女らしく、妖艶にほほ笑む。彼の身柄をどうしようか、楽しみだ。



お読みいただきありがとうございました!(^^)/

誤字脱字等々ありましたら、気軽にお知らせください。直します。

初短編なので、すごく短くなりましたが……。

これを広げていった長編を載せたいと思ってます。

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