騎士王 その06
猫がいる空間は、鏡写しの世界だった。
左右が反転しており……右に在ったはずの川が左側に、左に在ったはずの森が右側にとかだな。
うん、これだけでも凄いと思う。
しかし、それ以外にも初期の場所とは異なる点があった。
「……あれ、こんな山あったっけか?」
島の中央に巨大な山がそびえ立っていた。
色は闇夜のような黒、昼である今ではありえない山の色である。
──嗚呼、もうなんか分かった気がする。
『ウニャアアアアアアアアアア!!』
「これがシュパリュ、なのか……デカすぎるだろ!」
超巨大な猫、その一言で目の前にいる化け猫を纏めることもできるのだろう。
しかしそれは傍観者のみの特権であり、当事者にはそう思えない現実がそこにはある。
「ワ、ワタシ、オイシク、ナイy──」
『ニャァ』ザシュッ
定番のセリフを言おうとしたのだが……猫が俺の体をそっと爪でなぞった瞬間、体がはじけ飛んで死んでしまう。
だが、今回はこうなることを予想していたので、結界の魔道具を使わずにそのまま死に戻り──この場で蘇る。
これもまた、『生者』の効果に含まれているんだよな。
俺の体はまるで何も無かったかのように,
猫の前に立っている。
……あ、このままだと無限ループじゃん。
『ウニャ?』
「うわぁ──、死ぬかt──、思っt──よまったく……どうするんだ、昔のおr──」
一言一言発する度に、猫は俺の体に優しく触れていく。
猫はまだ、俺をおもちゃとして丁寧に扱ってくれているんだろうが……すみませんが、それだけで壊れる繊細な者なんです。
『ニャッニャッニャ!!』
「あっ、この、でも、まだ、……よしっ、あとこれ、と、それも、……うん、いけ、る」
俺の扱い方にだいぶ慣れたのだろうか、少しずつ俺に触る速度が上がってきている。
そうして攻撃をされる前の一瞬、肉体の再構築の時間の隙にやれることをやっていく。
それから手順を少しずつ踏み、ついにこの瞬間が訪れた。
調子に乗って、太鼓で連打の譜面が流れた際のように俺を殺し続ける猫は、突然濁った悲鳴を上げる。
『ウニャニャニャニャニャ……ニ゛ャァ!?』
「──ハァ、また何回死んだんだろうな。いや、お前に聞いているわけでもないんだけどさ、ただこう愚痴でも零さないとやってられないんだよ」
『フーフーフー!』
荒い息を吐く猫。
少しずつ、ゆっくりと顔色を青く染めていく姿は、死の病に侵された人の顔を早送りで見ているようでもあった。
「元々、死ねば死ぬ程強くなるみたいなチートでも、死んだら平行世界に飛ぶ能力でも無いんだよ。ただただ器を別の物に取り換え、もっとも神の力が届く場所に送られる……これが死に戻りの原理だったんだ」
『……ニャー』
結晶には、神が力を籠めたという設定があるらしい。
だから死んだプレイヤーは、その結晶がある場所か同様に神の力が濃い場所──教会などで蘇ることができる。
「『生者』の効果はさ、それを無理矢理別の場所でやるだけだったんだよ。要は昔作った魔道具を、全世界対応版にアップグレードしただけ。まあ、そのお蔭でこの場所で何回でも死ぬんだけどな」
『…………』
猫は俺を見ていない。
虚ろな瞳はゆっくりと濁り、息を吐くことも無くなっていく。
「結構時間が掛かったんだぞ。そうして死んでいる隙を突いて毒を盛るのはさ。まあ、もう聞こえていないんだろうけどな」
ズドンッ! という音と共に、猫は地面に倒れ伏す。
盛った毒は、『SEBAS』が考えた最強の毒である。
耐性を生むこともできず、魔法による回復もできない──殺戮兵器として扱うのが一番な危険なアイテムだ。
ただ、俺は称号の効果で状態異常がかなり効きづらかったので、並大抵の毒ではまったくと言っていいほどにダメだった。
そのためこのような劇毒でなければ、俺にはいっさいの効果を齎すことはできない。
「俺は毒に掛かってもすぐに戻るから、関係ないんだけどな」
いちおうの策として、空気中に散布された瞬間に死滅するようにしてあるんだが、その一瞬で毒に掛かってしまったモノは必ず死ぬことになる。
……うん、俺も含めてだが。
「さて、そろそろ帰りますか」
猫の死骸を片付け、鏡の世界から出ることにする。
あっ、そうそう、猫の通れないサイズで用意された水溜まりから出れるんだよ。
猫は、これを拡大しようと頑張っていたんだよな。
だが残念、それも一度ここで失敗。
再配置されて再度励んでくれ。