09:生理的に無理だわ
現れたのは全身が黒光りする小人のような生き物だった。
体長は一メートルもなく、コボルトよりも小さい。
潰れた鼻と尖った耳のどこか醜悪な面構えで、何故か笑顔だ。
毛髪皆無なハゲ頭の額からは二本の触角のように垂れた角が前方に伸びている。
「なんだろう、生理的というか本能的にすさまじい嫌悪感を感じる……!!」
見た途端にゾワゾワと肌が粟立つのを感じた。
見たくないものを直視してしまった感覚だ。
そいつはカテゴリーがFだったため、すぐにステータスが確認できた。
ゴキブリン
レベル:4
HP:320/320 SP:190/190 MP:10/10
生命力:32 持久力:19 集中力:1
筋力 :11 技力 :6 理解力:3
信仰 :0 呪怨 :0 血統 :0
幸運 :5
名前までダメだった。
一匹見たら三十匹くらい隠れてそうだった。
丸めた新聞紙かスリッパを用意して欲しくなる。
威嚇する熊みたいなポーズで「ピギー!」と叫ぶゴキブリンに、ウチのコボルト達も威嚇するように吠えて対抗する。
良かった。
鳴き声が「ジョウジ」とかだったらアウトだった。
色々とアウトだった。
「いけるか?」
「ワン!」
同格の相手だからか、マロとハチは俺の指示を待っている。
チラチラと俺と敵を見比べていて、早く戦いたくてウズウズしているように見えた。
カテゴリーFとの戦闘は初めてになる。
しかも一つ違いとは言えレベルも上の相手だ。
生命力や持久力では相手が上回っているが、他のステータスではこちらが勝っている。
その上、(俺は戦力外なので)二対一という数の優位もある。
体格的にもコボルトの方が大きく、やはり有利に見える。
ゴキブリンは武器のようなものも持ってはいないようだし、そこまで危険は感じない。
俺は問題ないだろうと判断し、指示を出した。
「よし、行け! できれば迅速に排除して欲しい! というか追い払って欲しい!」
俺の命令というかお願いを聞き、二匹のコボルトは弾かれた様に飛び出した。
鋭い爪を振り上げ、左右から挟みこむように振るう。
カテゴリーGが相手なら一撃必殺の爪だ。
しかし相手はこれまでの数倍の生命力を持っている。
これまでのようにはいかないだろう。
そう覚悟はしていたものの、戦闘は予想外に長引いた。
相手の生命力が高いのも理由の一つだが、何よりゴキブリンは素早かった。
出会った時からセットだったマロとハチの動きは事前に打ち合わせでもしたのかと思うくらいに見事に連携が取れている。
その連携攻撃を、ゴキブリンは器用に躱す。
跳ねたり屈んだり、身を捩ったりとにかく素早いのだ。
その上、持久力もあるせいで行動に隙ができにくいようだ。
それでも縦横無尽に攻め立てる二匹の連撃を完璧に避けきれているわけではなく、ゴキブリンのライフはジリジリと削れていた。
決定打になるダメージが無いだけで、優位はこちらにある。
そもそもゴキブリンは回避に精一杯の様子で、攻撃をしてくる素振りがない。
負ける要素はないようだ。
あとはどれだけダメージを与えていくか、それを考えるだけで良い。
俺も攻撃をサポートした方が良いかもしれない。
ダメージは期待できなくても、相手に隙を作る事ができれば、後はコボルト達が仕留めてくれる。
「何か、良い手は……?」
持っている木の枝で攻撃に加わるか?
それとも投擲で注意を引く?
なんて考えてる間に状況が変わった。
ゴキブリンのライフが半分を下回った時、その様子が変化したからだ。
急に俺達に背を向け、走り去ろうとする。
「待て! 追わなくて良い!」
マロとハチが追いかけようとしたのを俺は制止した。
ゴキブリンはそのまま「ピギー!」と奇声を上げ、森の奥へと消えていった。
「もう大丈夫だから。よしよし、良くやってくれたな」
俺のもとに戻ってきた二匹を労う様に撫でてやる。
気持ちよさそうに目を細めながらの「クーン」が愛おしい。
可愛い奴らだ。
多分この二匹はコボルトの中でもトップクラスの可愛いさに違いない。
親バカ?
いや飼主バカか?
ふ、なんとでも言ってくれ!
結果としてモンスターには逃げられてしまったが、深追いするよりは良かったハズだ。
コボルト達は匂いで相手を追えるかもしれないが、その間に俺は迷子になる。
断言しても良い。
絶対、迷子になる。
それにしてもゴキブリンとの戦闘に時間がかかりすぎた。
もう夜が近い。
今夜は一応、さっきのゴキブリンが戻ってこないか警戒をする必要があるだろうが、野営のスキルがあるから大丈夫だろう。
睡眠中の俺は警戒状態になっているハズだ……多分。
「なんか嫌なモノみてしまった気分……。あいつ生理的に無理だわ……」
どこかに隠れている気がして不穏だ。
あの見た目が悪い。
いや、名前も含めてとにかくアレはダメだ。
生理的に無理だもん。
「うぅ、とにかく寝る場所を探そうか」
「ワン!」
気を取り直して寝床の確保だ。
寝床に最適な開けた場所を探してしばらく適当に歩いていると、木々の少なくなる場所に辿り着いた。
その辺りだけ獣道のように草木が少なくなっていて、その先にはまだ遠いようだが開けた場所があるみたいだった。
奥には、他の木々よりも巨大な木の陰が見える。
「お、ちょうど良さそうだな。良い場所かも……」
向かおうとした途端、コボルト二匹が噛みついてきた。
もちろん俺ではなく、俺の服にだ。
俺を噛まれたら多分死ぬ。
一撃で死ぬ。
「おい、どうした?」
そのままグイグイと制服の裾を引っ張ってくる。
二匹相手で、そもそも筋力で負けているわけで、俺はドンドン引きずられる。
力の差が悲しい。
俺がご主人様なのにね。
「よし、待った、待って。わかったから! おすわり!」
どうやらこの先に進むのを嫌がっているようだ。
なつきMAXでいつも従順なコイツらにしては珍しい。
というか初めてだ。
いつも元気に揺れている尻尾も今は力なく垂れさがっていて、何かに怯えているようだった。
全体的にしょんぼりした感じになっている。
野生の本能なのか、それともモンスター同士で感じるものがあるのか。
俺には分からないのだが、どうやらこの道は危険らしい。
「何か、感じるのか?」
二匹に聞いてみるといつもより元気のない「ワン……」が返ってきた。
良く分からないが近寄らない方が良いみたいだ。
推測してみるなら、もしかしたら大型モンスターの通り道か何かなのだろうか。
それなら二匹が怯えるのも、そこだけが道のようになっているのも辻褄が合う。
地面には足跡のようものは見当たらないが、木々が少ないのは何かが通って折られたか、あるいは食まれたか。
本当に獣道なのかも知れない。
もしそうなら、それは格上の獣だろう。
同じカテゴリーFであるゴキブリンには全く怯えていなかった二匹が怯えるくらいなのだから、コボルト達より遥かに格上のモンスターが通る道という事になる。
うん、関わっちゃダメなヤツだ。
間違いないわ。
「よ、よし。とりあえず離れるか……」
俺達はそそくさとその場から離れ、別の場所を寝床に夜を明かす事にした。
相変わらずこの森の夜は冷え込む。
焚火でも起こして暖を取りたいのだが、火おこしの成果は上がっていない。
毎晩練習しているのだが、未だに煙すら上がらないのだ。
スキルも習得できていない。
多分、根本的に何か間違えているのだろう。
何かヒントになるスキルでもあればいいのだが……。
まぁ、マロとハチがいるから暖には困らないんだけどね。
寝床を決めると二匹が俺にすり寄ってくる。
二匹ともモフモフで超あったかい。
好き。
結局、今日の戦闘ではマロとハチがダメージを負う事はなかったため回復スキルの出番はなかった。
早く試したいのだが、明日にお預けだ。
ちなみにペットのライフが全快の状態で使おうとしても使えなかった。
無駄撃ちは許さない世界らしい。
どんな仕組みなのやら。
野営のスキル効果を信じて、俺はマロとハチに挟まれる格好のまま瞼を落とす。
初めての戦闘で疲れていたのか、すぐに意識は閉じた。
モフモフ、最高。