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06:幼女ごっこしてる場合じゃないぜ

 筋トレが思っていたより楽しい。

 腕立て、腹筋、背筋、兎跳び。

 ステータスが全く成長していないのは残念だが、暇つぶしには最適だった。

 なにより己の体一つで出来るというのが素晴らしい。

 そんなこんなで異世界(森)生活五日目という水を飲むだけのぬるいサバイバルを続けていた所、新たなスキルを取得した。


< スキル:腕力増強を取得しました >


 筋トレの成果がでたね! やったね!

 というか腕だけかよ、成長したの。


「は~~~、つまんね」


 楽しいと言っても正直言って一日中やるほどではない。

 飽きたら次の日課である迷子ごっこをする。


「ふぇ~~~迷ったよぅ~~~! ママ~~~!」


 別に頭がおかしくなって幼児退行したわけではない。

 あまりにも暇だからシチュエーションを変えながら森から出られないかを試しているだけだ。

 昨日は大学の卒業旅行で富士の樹海に迷い込んでしまったパリピギャル。

 一昨日はは異世界に迷い込んだJKという設定だったが「JKである事以外が設定じゃなくて現実」だと気づいた途端に辛くなったのですぐに止めた。

 今日は家族でキャンプに来て迷子になった幼女の設定だ。


「ふぇ? ん? ……何だコレ?」


 ふと目に付いた木に傷跡があった。

 刃物で抉られたような傷が四本並んでいて、俺はなんとなく爪のようなものを連想した。 

 サバイバルナイフみたいに巨大で鋭い四本の爪。

 同時に、野生の熊が何かが縄張りを示すために傷を残すみたいな話を思い出してゾッとした。


「いや、待てよ? こんな傷、いつ付いたんだ……?」


 そもそもこんなものは初めて見た。

 昨日までは無かった気がする。

 少なくとも俺は気が付かなかった。


 傷は丁度、俺の目線くらいの高さにある。

 普通に注意してみていれば気が付くと思うのだが、なにせ昨日は設定によりパリピモードだったためテンションだけアゲアゲで周囲への注意は怠っていた感じがするので、断言はできないのだけれど。


 いや、そもそも俺はどれくらい歩いた?

 空高く伸びる木々はどれも杉に似た針葉樹で、気を付けていないと距離感が狂う。

 どうせ元の場所に戻るだろうと気を抜いていたおかげで、自分が今どこにいるのか曖昧だった。


 そう、いつもならすぐに拠点としている最初の場所に戻るのだ。


「……もしかして、いつものループから抜けたのか?」


 心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。

 もしかしたら、やっと森を抜けられるかも知れない。


 俺は一度、急いで来た道を引き返した。

 邪魔な草木を払うために持っていた木の枝で地面を擦り、現時点までの線を引いて行く。


 元の場所から、今度は気を抜かずに線を辿っていく。

 何度もループした道だ。

 元の場所に戻るまでの感覚は体で覚えている。


「間違いない……抜けてるぞ!」


 いつもの歩数を超えても目印として立てた木の枝にぶつからない。

 そのまま進むと、先ほどの木の傷まで辿り着いた。


 理由は分からないが、とにかく俺は森のループから抜け出せたらしい。

 もしかして俺の幼女っぷりが効いたのか?

 幼女に優しいループだったのかも知れない。いや、意味わからんけど。


「バカな事かんがえてる場合じゃないな」


 とにかく、すぐに移動した方が良いだろう。

 ループから抜け出せた理由がわからないから、逆にいつまたループにハマるかも分からない。


「ただ、この傷跡は要注意だな……」


 人が何かの印につけた物なら良いのだが、魔物の可能性もある。

 人間だから安心して良いわけでもないし、とにかくあまり目立たない方が良いだろう。

 これまでそんな心配をする必要がなかったのは、皮肉にもループのおかげで逆に守られていたからだ。


「幼女ごっこしてる場合じゃないぜ」


 俺は息を潜め、出来るだけ音を立てないように前に進むことにした。

 草木を掻き分けるのも慎重に、周囲の音に耳を澄ませる。


 そして見つかった。

 目の前には白い大型犬らしき生き物がいた。


 レトリーバーみたいにフワフワした毛並みで、愛嬌のある人懐っこそうな顔立ちをしているが、どこか違和感がある。

 それは鋭く発達した前足の爪だったり、二足歩行の生き物が四つん這いになってるみたいな明らかな体形の差があったからだ。


< 鑑定不可:知識スキルが不足しています >


 試しに鑑定してみるも、やっぱりステータスは確認できない。

 友好的だったりしないかな?

 なんて希望的観測は、グルルと牙を向いたその表情を見てすぐに砕け散った。


 これ絶対おそってくるヤツじゃん。


< スキル:無警戒を取得しました >


「言ってる場合かよ!?」


 警戒してたもん!


 奇妙な犬が「ワン!」と元気良く吠えて、俺に飛び掛かってくる。

 同時に鋭い爪が振り上げられた。


「うぉっ!?」


 咄嗟に横っ飛びに躱した俺の肩に、その爪がわずかに触れた。

 激痛と共に鮮血が舞う。


「切れ味やばすぎるだろ……!」


 名前:イセヤ ナルコ

 状態:正常

 HP:56/110 SP:30/40 MP:10/10


 視界の片隅に浮かべたステータスが変動している。

 色々とヤバかった。


 まずダメージがヤバイ。

 かすっただけでライフが半分くらい減っている。

 さすがはゴミ以下のステータスと神に認定されただけの事はある。

 HPも低ければそもそも防御力も低いのだろう。


 緊急回避でスタミナもかなり減っている。

 今まで飛んだり跳ねたりする機会などなかったが、少しは確認しておくべきだった。


 スタミナは時間と共に回復はするが、座ったり楽な姿勢を取らない限り急速には戻らない。

 連続で回避できるのはあと三回。

 走ればさらに減る。

 実質、二回ってことか。


 もしもスタミナが0になったらどうなるかも確認していない。

 時間は余るほどあったと言うのに、昨日の自分が恨めしい。


「くそ……!」


 手にしていた木の枝を投げつけて牽制し、そのまま俺は走り出した。

 とにかく逃げるしかない。


「ワンワン!」

「速っ……!?」


 すぐに追いつかれた。

 背後から再び鋭い爪が飛び掛かってくる。


 なんとか回避。

 今度はノーダメージだが、スタミナの方がヤバイ。


 名前:イセヤ ナルコ

 状態:正常

 HP:56/110 SP:16/40 MP:10/10


 半分を下回ったせいで疲労感が一気に押し寄せてくる。

 休まなければ動けなくなりそうだった。


 とても逃げ切れない。

 恐らくステータスが違い過ぎる。

 あるいはレベルそのものが桁違いなのかも知れない。


 だからと言って隠れる場所なんてない。

 辺りにあるのは木、木、木。

 そもそも犬だから鼻が利くはずだ。

 姿を隠すだけでは意味がない。

 なんとか、犬達が追ってこれない場所に……


 そう、木だ。


 俺は手頃な高さにあった枝を掴み、体を引き上げる。

 そのまま更に上に、できるだけ高く登る。

 急な思い付きだったが、するすると登ることが出来た。

 たぶん筋トレの成果だ。

 さすが筋肉。

 筋肉は己を裏切らないってのは本当だった。


< スキル:登攀を取得しました >


 これで一安心だろう。

 木の幹に背を預け、体を休ませる。

 呼吸を整え、スタミナを回復させて行く。

 

 ついでに新しいスキルまで手に入った。

 急な遭遇にヒヤっとさせられたが、なんでも諦めずにやってみるものだ。


「新しい事に挑戦するって大事だよな」

「ワン!」

「……ってうおおおっ!?」


 犬らしき生き物も当たり前のように登ってきていた。


「なんで登れてんの!? 犬じゃん!? そういうのは猫の分野だろ!? 自分のキャラ考えてよね!?」


 慌てて隣の木に飛び移るが、犬も追ってくる。

 むしろ俺より身軽で、こっちは足元にも気を遣うせいで余計に逃げ切れる気がしない。


 ヤバイぜ、スタミナもないってのに……!


 襲い来る爪を必死で躱す。

 その時、不意に体が軽くなった。


 思考が追い付いていなかった。

 攻撃を回避する事に集中しすぎ、俺は足元を見失っていたのだ。


「しまっ――」


 落下していると気付いたときには、ガツンと衝撃が体を襲っていた。

 明滅する視界の片隅で、ごっそりとライフが削られているのが見えた。


 ヤバイ、速く起き上がらないと――!


 この体勢では回避など出来ない。

 体の痛みを堪えて上を見上げると、そこには降りようと顔を下に向けたまま固まった犬の姿があった。


「ク~ン……」


 犬は何やら悲しそうな声を上げるばかりで降りてこない。

 これ絶対に登ってみたのはいいけど怖くなって降りられなくなったパターンだ。


「猫かよ!?」


 ツッコミどころが多すぎるが、とにかく助かったらしい。


 名前:イセヤ ナルコ

 状態:正常

 HP:21/110 SP:12/40 MP:10/10


 改めてステータスを確認すれば、ライフもスタミナもギリギリだった。 

 とにかく逃げよう。

 今は怯えてフリーズしているようだが、あの犬もいつ降りてくるか分からない。


 他にも似たような犬っころがいるかも知れないし、はやく森を抜けるべきだ。


 そうして立ち上がった俺の目の前に、さらにもう一匹の大型犬。

 若干顔つきが違うが、木の上の犬とよく似ている個体だった。


 木の上にはアイツがいて。

 地面には新入りのコイツがいて。


 あ、これダメだ。

 これヤバイ奴だわ。


 犬の怪物がその爪をギラリと光らせながら飛びかかってくる。

 俺は何かないかと思考を全力で回転させ、そして一つのアイテムを思い出した。


 それは神の猫じゃらし。


 相手の見た目は犬だがここは異世界だ。

 犬が犬とは限らない。

 猫かも知れないんだ。


 言ってる自分でも意味不明だがそういう事だ。

 可能性はゼロじゃない!


 とにかく一縷の希望をかけ、俺は猫じゃらしを振り上げた。

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