02:都会じゃないじゃん!
ピョエーとなんだか間抜けな鳥の鳴き声を聞いて、俺は目を覚ました。
「…………ん?」
目を開けると見渡す限りの緑、緑、緑。
右を見ても左を見ても木、木、木。
前も木。後ろも木。上は空。下は土。
「えっと、どこだ、ここ……?」
少しだけ考えてみて、思い当たるのはやっぱり一つだけだった。
恐らく俺はあの世とやらに来たのだろう。
女子小学生の部屋みたいな神様空間から放り出された事は覚えている。
そして気づいたらここにいたのだから、ここはあの世に違いない。
ここで俺は、生き返るための試練をクリアしなければならないハズだ。
「でも森じゃん!?」
のっけから聞いていたのと話が違う。
あの世はもっと都会化していて、俺の生きていた元の世界と変わらないという話だったのだが、ここはどう考えても森の中である。
しかも人間の手が入ってない感じがすごい。
道らしきもの見当たらないし。
空気もめっちゃ美味しいやつだった。
というか、広さも分からないこんな森の中で一匹の猫を探し出すなど無理な気がする。
ヒントなさすぎて無理ゲーだろう。
都会なら野良猫がいそうな場所くらいはいくつか思いつく。
路地裏とか、ゴミ捨て場とか、とにかくそんな場所から探そうと思っていた。
それなのに、こんな森の中に放り出されてはどうしたらいいかわからなくなってしまう。
「森の中って……いや、猫はいるか。動物だし」
そもそも、森の中にいたら野良猫とはまた違うではないか?
それただの野生動物だよ?
都会にいるから野良猫なんじゃないの?
いや、野良猫の定義なんて詳しくは知らないけどさ。
「ってことは、都会がないとおかしいよな……」
野良猫がいるんだから都会、少なくとも集落はあるはずだ。
転移された場所が悪かっただけで、ちゃんと都会が別の場所にあるんじゃないだろうか。
そう考える方が辻褄は合う気がした。
「まてよ?」
もしかしたら、これも試練の一環なのかも知れない。
野良猫というターゲットもヒントなのではないだろうか。
「うん。我ながら名推理だな」
一先ずこの森を抜け、人里らしきものを探してみよう。
そう思って歩き出した矢先、聞き覚えのある声に引き留められた。
「我はアルちゃん。神である」
「いや、知ってるけど……」
いつの間にか、目の間にアルちゃんが現れていた。
神様空間で見た時と同じ、ブカブカのプリントシャツにミニスカ&ニーソという俺の性癖を狙い撃ち……じゃなくて、ギャルっぽいスタイルだ。
「なんだ、ノリの悪い奴だな。もっと驚く所だろうに」
「うわー、神様だー(めんどくさい神様だな……)」
「こらお主、いま我の事をめんどくさいと思ったな?」
「えっ!? いや、思ってないけど!?(バレた!?)」
「アホか、猿芝居にも程があるぞ。それ以前に、まったく、我は神だぞ? 下界の生物の思考を読むなど容易いことよ」
「さ、さすが神様……!」
「うむ。今、お主が考えている事などお見通しよ。お主は今、なんだよココ森じゃん! 都会じゃないじゃん! と思ってただろう?」
合ってる。
確かにそう考えていた所だ。
「確かにそう思ってました……」
「そうだろうな。当然よ。実はお前に一つ、言っておくことがあってな」
なるほど、と俺はピンと来た。
もしかしたらこの神様、俺を助けに来てくれたのかも知れない。
こんな説明不足な状態で放り出されたら誰だって困惑する。
そこで助言の一つでもしに来てくれたのだろう。
意外と優しい所のある神様だ。
それに可愛いし。幼女だし。なんかエロいし。
以前は神様なんて信じていなかったが、無事に現世に蘇ったら少しは信仰してやろうかな。
俺はロリコンじゃないけどね!
「実は、この場所なんだが……」
森の世界に来たと思ったか?
甘いな!
都会は近くにあるだけなんだよ!
とか言い出すのだろう。
だが、問題はもう自力で解決済みなのだ。
そんなことはお見通しよ。
悪いな、神様。
出てくるのがちょっと遅かったぜ!
我ながら自分の頭脳が恐ろしい……。
「すまん。転移中にジャックされたわ。なんかココ、我も知らん世界」
えぇ~……。
* * * * * * * * * *
とある城の一部屋。
コンコンと扉が叩かれた。
「誰か」
「セバでございます」
「入れ」
姿を見せたのは白髪をキッチリと整えた初老の男性だ。
歳を感じさせないほどピシャリと伸びた背筋のまま、ゆっくりと扉を引いて部屋に入ると、奥のベッドに腰かけていた少女の眼前に静かに立った。
「姫様、ご報告が」
「申せ」
「転生の儀は無事に完了したと、巫女長より連絡がございました」
姫と呼ばれた少女は、その報告に安堵の溜息をゆっくりと吐いた。
三日三晩に渡った儀式が、ようやく終わったらしい。
それも成功という形で。
大事な儀式だ。
素直に喜ばしいが、儀式の終わりは、同時に始まりでもある。
「そうか。良かった……」
「ですが、ジュジュ様が儀式の報酬として我が城の宝物庫より二割の宝を持ち帰るなどと申しておりまして……」
セバが困ったような顔で伝えると、少女も困ったような顔をしたが、すぐに笑って溜息を吐いた。
「良い。全く、相変わらずでおられる……いや、あの偏屈なババ様にしてみれば、むしろ優しいくらいではないか。好きなだけ渡せ。財は他にも充分にある」
「は。かしこまりました」
半ば諦めるような表情でセバが扉へ戻り、待たせていた伝令に「自由にさせよ」と伝える。
伝令が駆け去るのを見送り、少女がセバに視線を戻した。
「して、異邦人たちの様子は?」
「ジュジュ様の声の通り、揃いの格好をした若い男女でございます。混乱している様子は見受けられますが、騎士達に歯向かうような馬鹿な真似はしておりません」
ジュジュという名の祈祷師は、少女の先祖の代からこの国を陰で支えてきた老婆である。
声という名の予言で大事を言い当て、何度も国を助けてきたという。
そして今もそうだ。
一月前。
滅びの予言と、それに抗う術をジュジュは城へと進言してきた。
そして、少女はその進言を受け入れた。
「よし。では早速、揃って謁見の間へ連れてまいれ」
「姫様、まさか直接お立合いになられるおつもりですか? まだ得体の知れない相手でございます。それも、魔王に対抗しうるような力を秘めているかも知れないのです。ここは代役の物を……」
「ならん! この世界の命運を預ける事になるやも知れん相手だ。私が、この目で見極める!」
少女にしては珍しく、厳しい声音だった。
向けられた瞳の炎の揺らめきに、セバは何も言い返せなかった。
同時に「強くなられた」と感動すら覚えるが、決して表情には出さず、静かに頷いた。
「かしこまりました。であれば、くれぐれもお気を付けくださいませ」
「分かっておる。それに、セバ。お前がいてくれるなら私は安心であろう」
「老兵には過ぎたお言葉でござます。私も、若くはございません」
セバは窓の外へと目を向けた。
少女もそれにつられるように空を見る。
遠い空に、禍々しく渦を巻く紫がかった暗雲が広がっている。
それは闇の力の象徴ともいえる雲だ。
日に日に拡大するその暗雲に抗うための手立てが、今、揃った。
これから一世一代の大仕事が自分を待っている。
少女はそう理解して、ブルリと身を震わせた。
恐怖ではない。
ただの武者震いだ。
これから私は、後世に語り継がれるような大仕事をこなすのだから。
そう自分に言い聞かせた。
「セバ、久しぶりに着付けを手伝ってはくれぬか」
「は。喜んで」
少女はこの国の王の証である獅子の印を施された鎧を纏い、王家に伝わる宝剣を腰に携える。
「姫様も随分と大きくなられました。昔は、この宝剣がそれは大きく見えた物です」
「フフ、くすぐったい話をするでない。私ももう子供ではないのだ。そして、ただの姫でもな」
少女の小さく震える肩を、セバの地から強い手が優しく抱き留めた。
「くれぐれも無理はなされないで下さいませ。危険だと判断した場合には、すぐに退避を。姫様を失っては、我々は……」
「わかっておる」
その手を取り、少女は力強く頷いた。
「だが、やはりこれは私の役目であろう。もしも異邦人達が平和ではなく、危険をもたらす存在ならば……」
宝剣を鞘から滑らせ、その美しい刃に反射する自分自身を見据える。
「私が玉座に相応しい存在かどうか、今こそ確かめて見せよう!」
少女が部屋の扉をくぐる。
セバはその勇ましい背中に続いた。
己も腰に携えた剣を強く握りしめる。
――その敵が、例え神であろうと悪魔であろうと。
何が合ってもこの小さな背中を守り抜くと、強い覚悟を決めながら。