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13:ゆっくりしていってね!

 イオディさんの表情に氷のような冷たさが宿ったのはほんの一瞬の事だった。


「アハハ! ナルコさん、もしかしたら森の精霊にからかわれたのかも知れませんね! オグィスの森に住むアマドゥーク達は美しいエルフに化けると言われてるんですよ!」


 相変わらず嵐のようなハイテンションで、イオディさんは喋りまくった。

 最初はその勢いに圧倒されてしまったが、慣れてくるとそれは楽しい時間だった。


 イオディさんは土地勘のない俺に、このアクナミンの事と、周囲に広がるオグィスの森の事を教えてくれた。


 アクナミンはエルフの隠れ里だ。

 森を抜けた反対側に真人(マト)の暮らす大きな町があるらしく、そこから逃れてきた祖先が作った小さな集落が始まりだと言う。

 やはり真人(マト)の町では亜種人(アスト)への差別があるようだ。

 オグィスの森はマナと呼ばれる魔力の源を大地に豊富に含んでいて、アクナミンのエルフたちはそれを森の恵みと呼ぶ。

 エルフは魔法を得意とする種族らしく、魔法が里の基盤を支えているそうだ。

 アクナミンはオグィスの森の恵みを受けて、マナがあふれる森の奥で静かに、けれど豊かに暮らしている。


「その町の名前はわかりますか?」

「さぁ、名前はわかりません! 私たちアクナミンのエルフは、ほとんど森から外には出ませんから。たまにこうしてナルコさんのように森に迷い込んだ旅人さんからお話を聞くだけなんです」


 イオディさんは首を捻って、記憶を探るようにしばらく眉間に皺を寄せていたが、やはり記憶にはないらしかった。


「実は、テオドール王国っていう場所を目指しているんです。他の記憶は曖昧なんですけど、その国の名前だけはハッキリを覚えていて……何か理由があった気がするんです。その国に行かないといけない理由が」


 俺は出来るだけ深刻そうな顔でそう言ってみた。

 半分以上本当の話だ。

 その表情を真似してか、何故かマロとハチも切なそうな表情をして見せながら「クーン」と鳴いていた。


「うーん、テオドール王国ですか……すいません、やっぱり私にはわかりません。何せ、私の世界はこのアクナミンと森の中だけですからね!」


 イオディさんは自嘲気味に笑った。

 その笑顔はどこか悲しそうに見えた。


「そうだ! ナルコさん、私で良ければアクナミンの村を案内しますよ!」


 何かを思いついたらしいイオディさんの行動は速かった。

 俺が返事をする前に、すでに俺の腕はガッチリと掴まれていて、もう案内される以外の選択肢はなかった。


「あ、そうだ。一つだけ、忠告しておきますね! この村で、ユーフレイという名は口にしないほうがいいですよ。この村では、それは不吉な名前ですから」


 宿屋を出る直前、真剣な表情でそれだけ言って、イオディさんはそれ以上の事は言わなかった。


 アクナミンの町は、宿屋の窓から見た印象の通り、やはり小さな集落だった。

 町の真ん中を流れる小川に沿って、ログハウスのような木造の小さな家が点在している。


「あらイオディ、お客さんかい?」

「旅人さんだよ! 無一文らしいけど、おもてなししなくちゃね!」

「ほぅ、無一文かい。そりゃあ良いや。お客さん、どうぞゆっくりしていってね!」


 無一文の何が良いのかわからないが、とにかく歓迎はされているらしい。


 町で出会うエルフはみな美しい容姿をしていた。

 男女比率は女性が大きく上回っているようで男のエルフの姿はほとんどなかった。

 エルフというのはそういう種族なのだろう。


 ちなみに一夫多妻制らしい。

 そりゃそうだろうね。


 これだけ男性が少ない集落で、これだけ美しい女性に囲まれて、これはもしかしてハーレム状態になってしまうのではないかと俺はちょっと期待してしまった。

 許してくれ、ユーフレイちゃん。

 男の性なんだ。

 でも、心配しないでね。

 心に決めた女性はユーフレイちゃんだけなんだからね!


「あらぁ~! かわいいワンちゃん!」

「やーん! つぶらな瞳! なんてクリクリなのかしら!」

「モフモフ……モフモフ……!」

「オレ、イヌ、スキ!」


 ハーレムなんてなかった。

 俺よりもコボルト達の方が大人気で俺はなんだか切なかった。


「案内って言っても、この村には案内するような場所はないんですけどね!」


 イオディさんが冗談めいて言った通り、お店のような物はイオディさんの所の宿屋と、武具職人を名乗っているという店の二つだけだった。

 その武具職人は今は留守にしているらしく、結局はアクナミンの住人に挨拶して回っただけだ。


 アクナミンでは自給自足の生活が基本で、通貨のような感覚は希薄みたいだ。

 外からの来訪者に対しては、通貨の支払いにも応じているようだが、この村の通貨は長老にまとめて預けられ、どうしても真人(マト)の技術が必要になった時にはお使いが出て、その通貨を使って買い出しをしてくるらしい。


「最後に長老様のところに案内しますね! お屋敷はこっちですよ!」


 長老の屋敷と呼ばれる建物は、全然お屋敷じゃなかった。

 周りの建物よりもちょっとだけ大きなログハウス程度の大きさだ。


「ようこそ、アクナミンの里へ」


 外見と違い、その内装は動物の毛皮や宝石で飾られた、なんとも豪華なものだった。

 窓の無い暗い部屋に不思議な明りが灯っていて、一歩踏み入った瞬間、不思議な空間に迷い込んでしまったような錯覚を起こす。


 長老と呼ばれるエルフはゆったりとした長椅子に一人、腰かけていた。

 イオディさんはノックもせずにズカズカ入っていったのに、まるでそのタイミングが分かっていたように、その視線は俺を見ていた。


「私はアクナミンの長を務めております、オロウィトと申します。皆からは長老と呼ばれていますが」


 長老は座ったまま、小さく笑い、頭を下げた。

 イオディさんがお辞儀を返すのを見て、俺も慌てて名乗り、頭を下げる。


 長老は俺が予想していたよりもずっと若く美しいエルフの女性だった。

 ユーフレイちゃんにも迫る美しさだ。


 イオディさんが俺はテオドール王国を目指しているという事を説明してくれて、長老も知ってることは教えてくれると答えた。


「なるほど。ナルコ様はテオドール王国を目指して旅をなされているのですね。でしたら、何かの事情で道を誤ったのでしょう。王国は、この森からは遠く離れていると旅人に聞いた事があります」

「遠く、ですか」


 なんとも曖昧な答えだった。

 ただ、森を抜けた所にある町の事ではないらしい。


「えぇ、遠くです。それ以上の事は分からないのです。ナルコ様のお力になれないのは残念ですが、私どもは真人(マト)の世界とは隔絶されたこの里で暮らしておりますから、持っている情報は少なく、信憑性にも欠けるものばかりです。王国を目指すのでしたら、アクナミンを囲むオグィスの森を抜けると、ヨーミヤムという真人(マト)の町がありまから、一度、そこで詳しく王国について調べるのが良いと思いますよ」


 イオディさんが言っていた森の向こうの町はヨーミヤムと言うらしい。

 確かに、テオドール王国とは別物のようだ。


「ヨーミヤムですね。わかりました。その町を目指して見ます」

「里の狩人に森を抜ける地図を用意させましょう。明日の朝には用意できますから、今日はイオディの宿でゆっくり休んでいってください」

「わかりました。ありがとうございます」


 長老の心遣いに、俺は素直に感謝した。


 地図が貰えるのは正直、助かった。

 最初は、町へ行く用事のある人が居れば付いていくつもりでいたのだが、アクナミンのエルフはよっぽどの事がなければ森を抜けることがないようで、どうしたものかと頭を捻っていた所だったからだ。


「はい、長老! ナルコさんは記憶喪失らしいんだけど、なにか記憶を蘇らせる方法はないですか!?」


 俺と長老の話が終わったのを見計らって、授業中に発言する小学生みたいな勢いでイオディさんが挙手をした。


(あぁ、そういやそういう設定だったよ。もう必要な話は終わったんだけど……)


 すっかり忘れていたが、イオディさんは気にかけてくれていたらしい。

 その優しさがその時は辛かった。


 なぜなら、その発言のおかげで俺は怪しい儀式に巻き込まれてしまったのだから。

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