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12:なんて幸運な旅人さんなのかしら

「ごめんなさい。今の言葉は忘れて下さい。他人を巻き込むなんて……」


 重たい沈黙が続いた。

 それを破ってくれたのは二匹のペット達だった。


 それっきり口を閉ざしてしまったユーフレイちゃんに代わって、マロとハチが元気な声を上げて戻ってきたのだ。


「マロ、ハチ。おかえり……ってうわっ!」


 お決まりのように、二匹は俺に飛び掛かってくる。

 重くなりかけた空気を打ち破ってくれたのは助かるのだが、だからといって毎回、こう押し倒されていてはたまらない。

 ダメージはないから良いんだけどさ。


「ぷっ……あはは! ナルコさんは、変な人です。だけど、きっと良い人なんですね。こんなにコボルトに懐かれている人、初めて見ました」

「そ、そうかな?」


 まだ変な人と思われているらしいが、なにやら褒められた。

 それだけで純粋に嬉しくて、体が火照るようだった。

 なにより、初めて見せてくれたユーフレイちゃんの満開の笑顔は、真夏の太陽よりも眩しかった。

 体が火照って、心臓が焦げてしまうかと思った。


「はい。魔物使いに悪い人はいないって、昔に教えてもらったことがあります」


 言いながら、せっかくの笑顔に陰りが射した。

 その瞳がどこか遠くを見るように虚ろになった気がした。


「ごめんなさい。私、もう行かないと。私には大事な役目がありますから。さようなら。短い時間でしたけど、ナルコさんとおしゃべりするの楽しかったですよ」

「え? ちょ、ちょっと待って……!」


 一方的にそう告げると、ユーフレイちゃんはくるりと背を向けた。

 そして弓を拾ってフードを被り直すと、そのまま森の中に走り去ってしまった。


「ユーフレイちゃん……」


 俺はコボルト二匹に押し倒されていたままで、その背中を負う事も、手を伸ばすこともできなかった。


「私の体は神様のもの、か……」


 そう言葉をこぼした時のユーフレイちゃんの表情は、とても悲しそうだった。

 宗教の類かとも思ったが、それにしてもあの顔は悲しすぎる。

 その顔が脳裏になぜか焼き付いて、しばらく俺の頭の中から離れなかった。


「どういう意味なんだろうな?」


 俺の問いかけに、二匹のコボルトは首をかしげるだけだった。




 結局、その日はその場所で夜を明かす事にした。

 ユーフレイちゃんが残してくれた地図をしっかりと確認し、夜が明けたら町まで一気に出てしまいたかったからだ。

 町を訪れるなら、活気の溢れる昼間が良い。

 夜中に訪問して、夜盗の類と誤解されても困る。


 夜が明けて、ユーフレイちゃんに教えてもらった通りに西へ森を向かって歩くと、すぐに道らしきものに辿り着いた。

 一昨日に見つけた道と違い、マロとハチも特に妙な反応は示さなかった。


 そう言えば、ユーフレイちゃんが誤解して攻撃してきた時も、この二匹のコボルトは応戦する構えを見せなかった。

 判断を仰ぐように、俺とユーフレイちゃんを交互に見ていたのを思い出す。


(マスターである俺以外の人間でも、それを敵とは思わないんだな。これってペットになったからか……?)


 となれば、この道は人間が主に使用する道なのだろう。

 あとはこの道を辿っていけばユーフレイちゃんの町、アクナミンに辿り着くハズだ。


 道沿いではモンスターと出会う事もなかった。

 日の頃から察するに、お昼を過ぎたあたりで、町の影が見えてきた。


 木造の建物が遠めに見え、近づくと、入り口らしい木版のアーチがあった。

 木版を組み合わせただけのシンプルな作りではあるが、細かな模様が目を引く、どこか芸術的なものに見えた。

 アーチの中に、アクナミンという文字が彫られているのが見て取れる。

 異世界の文字で書かれているのだろうが、俺にはいままで使っていた日本語にしか見えなかった。


 恐らく、神様がくれた加護の力なのだろう。

 俺は元の世界とこの異世界とでの言語の壁に困る事はないらしい。

 ユーフレイちゃんが可愛すぎて色々と忘れていたが、そういえば普通に会話が出来ていたし、読み書きだけでなく、聞く話すも全て網羅してくれているに違いない。


 アーチを潜ると、一人の女性に出くわした。

 ユーフレイちゃんと同じ、金色の髪に白い肌で、そして尖った耳を持つ女性だった。

 手には青い果実の入った籠を持っている。

 エルフだ。


「あら、珍しいお客さまね! ペットまで連れて、こんな森の深くに、迷い込みでもしたのかしら?」

「えぇ、まぁ、そんなとこです」


 当たっているので素直に答えると、エルフの女性が驚いたような顔になった。


「アハハ! 本当に迷子さんだったのね!」


 女性がからかうように快活に笑う。

 整った顔つきに、美しく伸びるシルエット。

 文句のつけようがなく美人だ。

 エルフには美しい人が多いのだろうか。

 まぁ、ユーフレイちゃんには敵わないけどね。


 女性はユーフレイちゃんと違って、ローブというよりもワンピースのような恰好をしている。


「すごいわ! このタイミングで、オグィスの森を無事に抜けて来られるなんて、なんて幸運な旅人さんなのかしら! きっと疲れているでしょう? 良かったらウチで休んでいってくださいな」

「え? えっ?」

「大丈夫、大丈夫! ウチはペット同伴オッケーなの!」


 興奮した様子で手を引かれ、俺は流されるままに部屋に案内されてしまった。


 女性はイオディと名乗った。

 宿屋の一人娘らしく、空いている部屋を貸してくれるらしい。


「こんな森の中、お客さんなんてほとんどこないから。今日と明日は自由に使っていいよ」

「ありがとうございます、イオディさん」

「ワン!」


 お礼の言葉を述べると、照れ隠しのように髪を弄りながら、イオディさんは部屋から出て行ってしまった。

 嵐のような人だった。


「なんか勢いに流されてしまったな」

「ワン」


 宿屋は町の入り口に立っていた。

 大きめのベッドが一つと、机が一つだけの簡素な部屋だが、狭くはない。

 部屋の奥に大きな窓が一つ、開いていて、そこからは町を流れる小川が見えた。

 

 アクナミンは森を流れる川の側で、木々を少しだけ切り開いて作ったような、小さな集落みたいだ。


「これからどうしようか?」

「ワフワフ」


 町に来たのは良いけれど、これからどうしたものか考えあぐねていた。

 ユーフレイちゃんは記憶喪失を医者に診てもらったらどうかと提案してくれていたが、実際には記憶喪失ではないわけで、医者に行く意味はあまりない気がする。

 それよりも、もっと世界全体の事を知っている人が良い。


「ナルコさん!! お食事は済ませましたか? 良ければ、アイオの実はいかがですか!?」


 バーン! と僕の部屋の扉を開け放ったのはイオディさんだった。

 手にはお皿が乗せられていて、皮を向かれたリンゴのような果実が用意されていた。

 

 この世界に来てから、俺は水しか持っていない。

 それを思い出すと、真っ白に磨かれた皿の上で瑞々しく光るその果実の一片一片が、異様なまでに魅力的に見えた。


 だが、待て。

 そう簡単に手を出すわけにはいかない。


 なぜなら、そもそも俺はこの世界の通貨を知らないからだ。

 つまり、当然、持ってもいない。

 いわゆる一文無しの状態だ。


 宿の食事なのだから、もしかしたら有料かもしれない。

 部屋代はいらないと言われたが、かといって食事まで無償で提供するとは聞いていない。


 まずはその事実確認をしてからにしないと、異世界に来て早々の借金を背負ったりしてしまうじゃないか。


「ワン! ワン!」

「あら、ワンちゃん達も食べますか? 可愛いなこのやろう! はい、アーン!」


 そんな飼い主の葛藤もいざ知らず、ペット二匹は美味しそうに果実をペロリ。

 うまいぞ、ご主人! とでも言いた気な顔で俺を見やると元気に「ワン!」と吠えた。


「いただきます……」


 リンゴに似ていると思ったアイオの実は、味も触感もナシに似ていた。リンゴよりも甘みが強く、瑞々しい。

 うまい。久しぶりのまともな食事に、手が止まらなかった。

 こうなったら、たとえ有料だろうと皿洗いでもなんでもする覚悟だ。


「うーん、良い食べっぷりです! もう一つおまけに行っときましょうか!」


 イオディさんはどこからともなく青い果実を取り出すと、見事なナイフ捌きで皮を向いていく。

 アイオの実って、あの籠に持っていた青い果実の事だったのか。


 青と言っても青りんごの青とはまるで違う。

 もう完全に青。

 どちらかというと光沢のある紺色って感じだ。


 部屋にある机を真ん中にもってきて、そこでちょっとしたお茶会が開かれている状態だ。

 いつの間にかこうなっていた。

 だいたいイオディさんのせいだけど、もてなしてもらっているので別に悪い気はしない。


 二人と二匹が座るとさすがに少し部屋が狭く感じるが、イオディさんはまるで気にする様子もない。

 俺に貸し出された部屋のハズだが、まるで自分の部屋のようにくつろいでいる。

 いや、実際そうなんだけどね。

 宿屋の娘だし。


「それで、どうやって森を抜けて来たんです?」


 イオディさんは目をキラキラさせて聞いてきた。

 どうやら旅の話が聞きたいらしい。


「どうって言われても……」


 よくよく考えてみると、俺自身は何もしていない気がする。

 まぁ異世界から転生されてきた時点はちょっとおかしいが、森に来てからはペットになってくれたコボルト達のおかげって感じだった。

 この町に辿り着けたのは、ユーフレイちゃんが教えてくれたからだ。


 あの後、ユーフレイちゃんはどうしたのだろう。

 大事な役目があると言っていたけれど、この町にはいつ戻るのだろうか。


 また一目で良いから会いたかった。


「ユーフレイちゃんって言うすごく可愛いエルフの子に助けられて、この町を教えてもらったんです」


 異世界の事は隠したまま、イオディさんにもユーフレイちゃんにしたのと同じような話をした。


 記憶喪失で、気づいたら森で迷ってしまっていたと。

 コボルトが懐いてくれたお蔭で助かったこと。


 そしてユーフレイちゃんに出会ったと言った途端、目を輝かせて話を聞いていたイオディさんの空気が変わった気がした。


「それは、記憶喪失とは難儀な事でございます。……しかし、このアクナミンに、ユーフレイなどという名の娘はおりませんよ?」

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