10:オレ、魔物使い。コイツラ、仲間。
翌日の昼下がりだ。
腰掛にちょうど良さそうな倒木を見つけた俺はそこで休憩を挟むことにした。
遭遇するモンスターは相変わらずカテゴリ―Gばかりで、危なげなく進んでいる。
あの生理的にダメなヤツにも出会っていない。
うん、順調だ。
このまま森を抜けたい。
「ただ、迷ってないって確証はないんだよなぁ……」
森の全景を把握しているわけでもないのどこに進んだら出口が近いなんて事は知らない。
だからどこでも良いから出口に辿り着きたかった。
そのために出来るだけ真っ直ぐに進んでいるつもりだ。
真っ直ぐに進んでいれば、必ずどこかに辿り着くだろう。
以前のように元の場所に戻ってきたりはしていないようだが、それでもクネクネと無駄の多い道を辿っている可能性はある。
俺としては出来るだけ早く外に出て、この世界の事を知りたかった。
滅亡の危機にあるというこの世界の現状を把握したい。
神様が言っていた魔王の軍勢の事を考えても、あまり悠長にしてる時間はないハズだ。
「ま、焦っても仕方がないか」
そもそも俺は未だにレベルも1のままだし、魔王軍なんて相手に、とてもじゃないが戦えるわけがない感じだ。
スライムですら一人で倒すなら一日くらいかかりそうなのに。
魔王討伐クエストと神様は言ったが、そもそも魔王を倒すと言っても、何も俺が一人で倒す必要はない気がする。
要するに魔王の軍団がなくなって、世界が滅亡の危機を逃れれば良いわけなのだろうから、勇者的な仲間を集めるとか、なんか強い勇者がいるならその冒険の手伝いするとか、そんな方向で考えた方が良いかも知れないな……。
「ワン!」
なんて今後の事を考えていたらマロとハチが返ってきた。
口にはいくつかの魔石を咥えている。
二匹は元気が有り余っている様子だったので、周囲を探索してくるように指示していたのだ。
「よーしよし、おかえり」
なでなでもふもふ。
最初からだが、この辺りでは敵なしって感じだ。
最初は同種であるコボルトに遭遇した場合を心配したりもしていたのだが、一度も出会っていない。
「お前たち、もしかして珍しいモンスターだったりするのか?」
この森ではトップクラスの強さを誇るモンスターを最初に仲間に出来たのは幸運としか言いようがない。
しかも癒されるし。
「よーしよし!」
「ワン! ワン!」
マロとハチにペロペロされながら押し倒された。
もうほとんど襲われてる感じだけどジャレてるだけだから平気だ。
最初はちょっと怖かったけどな!
不意に、俺の耳元で風が鳴った。
静かな衝撃が地面を伝う。
「え?」
見ると、俺の顔のそばの地面に何かが立っていた。
細い棒のようなそれは、なんとなく俺も知っているものだった。
「……矢?」
矢だ。
矢尻は地面に突き刺さって見えないが、棒の先には矢羽らしき小さな羽がついている。
敵襲か――!?
そう気づくより先に、声がした。
「逃げて下さい!」
「えっ?」
緊迫した様子の女の子の声だった。
声の方向に視線を向けると、木々の間から小さな人影が飛び出してくる所だった。
「さぁ来なさい! 私が相手です!」
飛び出してきた薄茶色のローブ姿をした少女は、弓を構え、マロとハチの正面に立った。
困惑している様子の二匹に、少女の構えた矢が向けられる。
「え? ちょ、ちょっと待って!?」
矢を射ったのはこの少女なのだろう。
何か誤解されているらしいという事に気づき、慌てて立ち上がる。
俺はマロとハチを庇うように少女との間に割って入った。
「な、なにを――!?」
「弓を降ろしてくれ! こいつら俺のペットだから!」
「えっ?」
「オレ、魔物使い。コイツラ、仲間」
目を丸くして混乱してるらしい少女に、俺は出来るだけ簡潔に伝えたようとした。
なんか言葉を発明したばかりの原始人みたいになったのは気のせいだろう。
多分、気のせいだ。
「な、なんだ……そうだったんですか……」
少女はそう呟くとの同時に、その場にペタンとへたりこんでしまった。
そしてその肩が小さく震えていて、
「こ、こわかったよぅ~~~!」
突然、少女は泣き出してしまった。
「えっ!? ちょ、ちょっと……」
俺も突然のことに驚いて、とにかく近寄って声をかけてみると、うぅ、と呻く。
かと思えば顔を上げて一気に捲し立てた。
「だって! だって、コボルトなんて、こんな所にいるとは思わなくて! それで、人が襲われてるから、助けなきゃって、でも、コボルトに私なんかじゃ勝てるわけないし、もうダメだと思って!」
やっぱり、俺がコボルトに襲われていると勘違いして、俺を助けようとしていたようだ。
小さな弓矢一つで、この二匹のモンスターを相手にするつもりだったらしい。
コボルトの強さを知っていて、それが、勝ち目のない戦いだとも理解したうえで。
(この子は、すごいな……)
その勇気に素直に感心した。
俺よりもまだ年下で、少女というより幼女って感じなくらい幼いのに、そんなにも勇敢な行動を取れるなんて。
「ごめん。ありがとうね。俺の事、心配してくれたんだね。ごめんね」
「良いの。私こそ、勝手に勘違いして、ペットを攻撃しようとするなんて……」
出来るだけ優しく声をかけて、少女が泣き止むのを待ってから手を差し伸べると、少女も俺の手を握り返してくれた。
その小さな体を優しく引き、立たせてあげる。
その時、立つ拍子に少女の顔を隠していたローブのフードが落ち、美しい金色の髪が煌いた。
その金糸の間から覗く小さく尖った耳が印象的だった。
俺は雷が落ちたと思った。
落雷の如き衝撃は網膜から脳へ、心臓へと駆け抜けた。
心臓が破裂したと思う。
その瞬間、俺は恋に落ちたのだ。
一目惚れってヤツだ。
その曇り一つなく金色に光る髪がサラサラと柔らかそうに揺れるのも、磨き上げられた翡翠のように美しい瞳が涙に濡れているのも、鼻先が赤らんでいるのも、泣き顔を隠すように恥ずかしそうに俯く仕草も、俺の手を握り返す指先の細く柔らかい感触も、全てが俺の心を締め付けた。
「……好きです」
そして気が付けば、俺はそんなことを口走っていた。




