#2 蛍の光は終わりを告げる
吉田名言集
「今日カレーうどん食べたい。カレーうどん食べないと死ぬ。俺じゃなくてカレーうどんが死ぬ。カレーうどんを殺すな!」
「ホタルいねぇなー」
「ホタルおらんなー」
割とホタルの名所と言われる場所を2〜3回ってみたけど、ホタルのホの字も出てこない。
「つーか、この車大丈夫? サイドブレーキ以外にもエンジン変な音してるよ?」
「よー分からんけど、車検にはギリ通るんじゃね?」
「余裕でアウトだろ」
本当ならこんな整備不良な車で走行するなんて馬鹿の所業だ。
コンビニのアイスケース入ってSNS投稿したり、小便器に大便をカマしたりとするのと変わりないクソ馬鹿のやる事だと理解はしている。
友人として殴っても止めるべきだと思わないでもないが、そうしないのはもし吉田に殴り返されたら俺が死ぬからと、結局のところ俺も馬鹿だから、の二つで説明できてしまう。
「それにしても、何でホタルいねーの? このへん毎年うぜぇくらい涌いてたのに」
「そりゃそうじゃわ。だって今年は全然ホタルおらんて、昼の地方ニュースで言ようたもん」
「はっ?」
意味がわからなかったから、もう一回言ってみよう。
「はっ?」
居ないのが分かってて何故行動に移す?
「じゃって、おらん言われたら見てぇなるのが心情じゃろ」
「いやそれはそうかも知れないけど、最終的に見つからなかったらどうすんの? 罰としてお前の酒全部飲むよ?」
「このまま川を北上しときゃーどっかにおるやろ。
見つからん時は二人でミヤマクワガタでも採取しょーで」
「それ…は…それで楽しそう!」
ミヤマクワガタは男のロマンだからね。
なんならホタル見つけた後でもミヤマクワガタ探したいね!
それから40〜50分ほど車を走らせた時だ。
今や道は暗い山路で、外灯さえもまばらになっている。
「……これもう県抜けたんじゃね?」
「いんや、いま下りとる山の先が県境じゃから、もうちょい先やな。こんだけ暗いとホタルおったら分かりやすくてええぞ」
「そだねー。……ん?」
俺はドリンクホルダーの所に、何か淡い光を見つけ……
「おい吉田!! 窓! 窓閉めろ!ホタルホタル! ホタルが車内いっゾ!!?」
「マジかあ!? ていうか窓くらい自分で閉めぇや!」
でもそう文句を言いながらも結局は窓を閉めてくれる吉田君が僕は好きです。
「つー事はこの辺りにホタルいっぱいおるんかね?
山降りきったら車停めて探そうで!」
「応よ!」
ホタルが一匹、オンボロ軽バンの中で美しく光を放っていた。
「ひゃぁーキレイ。ホタルしゅっごいキレイー。俺もう死んでもいいって思っちゃうくらいヤバイー」
「くっそこっちは運転で見る余裕ねーのに。
あーもうカーブ多いなー…………あれ?」
「どうした?」
吉田は、しきりに左脚を動かしたあと、申し訳なさそうに呟いた。
「あーー、すまん。ブレーキも壊れたっぽい」
「マジで……? この先右急カーブって看板あるけど、曲がれる……?」
「頑張ってはみるけど、
……多分無理じゃなぁ」
「はぁぁ〜……」
ため息がでる。
その間も車は下りでグングン加速を続けていた。
左下は崖だ。落ちたらまず助からないだろう。
右側の山肌に車をぶつけるのが得策か。
そう吉田に進言するも。
「だから、ブレーキ『も』壊れたって言ったがーよ。この通り、ほら、ハンドルも壊れて言うこと聞かん」
吉田はハンドルをぐるぐる回して見せるも、悲しいことに車の進行方向には何ら影響していなかった。
あ、これ死んだわ。
幼い頃の記憶が走馬灯となり流れてゆく。
幼稚園で吉田と一緒に先生のパンツをめくり、
小学生で授業をサボって吉田と駄菓子屋で買い食いしたり、
中学生でプールの女子の着替えを覗こうとしたら教師に見つかって吉田と逃げ回ったり、
高校で綾波派かアスカ派かで吉田と口論して大喧嘩に発展したり、
ははは、何だよ。思えばいつもコイツと一緒にツルんでたんじゃねーか俺。
「ははは、あははははは!」
駄目だ。そう考えたらもう笑いが止まらない。
「なんだよ宮崎君、俺は本気ですまないって思っとんのに」
「あはは…は……いやー悪い悪い。くくく、まあ、な。
クソみてえな人生だったけど、それでもお前のおかげで、中々と楽しかったぜ」
「……ぷっ、なんじゃそりゃ。でも、そりは俺もじゃな。宮崎君がおってくれて面白かったわ」
「ふっ」 「ふっ」
ガシャァアン!!
車はガードレールを突き破り、崖下へと落ちていった。
最期に、たくさんのホタルの舞う姿が、見えた気がした。